解呪の手がかり
ヴェルクルッドは、街の郊外にあるユファの家を訪ねた。
「ユファ殿」
「ああ、ヴェルクルッドかい。来たね」
庭で草花の手入れをしていたユファは、まるでヴェルクルッドの来訪を予期していたかのように――満足げに頷いた。
「……お教えいただきたいことがあってお伺いしました」
「――いいだろう。中にお入り」
「はい、失礼します」
招かれるまま、ヴェルクルッドは家に入る。
一足先に入ったユファは、手早くお茶を入れて、「まあ、お飲み」とヴェルクルッドに勧めた。
「有難う御座います」
ヴェルクルッドが頭を下げた頃合に、ユファはヴェルクルッドの正面に座った。
「さて、それじゃあこの老いぼれに、何を聞きたいのかね?」
「……姫の呪いを、根本的に解決する手法に心当たりはないでしょうか」
「……ふうむ? その前に聞かせてもらいたいね、ヴェルクルッド。お前さんの気持ちを。お前さん自身は、シルディアをどう思っているんだい?」
ユファの瞳が、ヴェルクルッドを見据えた。
どんな嘘でも見抜きそうな、不思議な力のある瞳だ。
だがヴェルクルッドは、その瞳に飲まれることはなかった。
ただ正直な気持ちを、正直な言葉で、告げる。
「私は、姫をお慕い申し上げています。この気持ちが魔法によるものだとは思っていません」
「ほう? どうしてだい?」
「確かに私は、出会いのときから姫に好意を抱いていました。ですが、それは初対面の人間に対して抱く範囲を逸脱するものではありませんでした。私は、姫のお人柄に触れるに従って、姫への想いを抱くようになったのです」
パラデスのような強烈な愛情を、出会った瞬間に抱いたのではない。
それが、ヴェルクルッドの自己分析の一部であった。
「……じわじわと、魔法が効いていったのかもしれないよ?」
呪いは香水でいくらか抑えられたが、ゆっくりと身を蝕んでいった。
その可能性も、ヴェルクルッドは既に考えていた。
「そうかもしれません。ですがそれなら魔法であろうがあるまいが、大差はないと思います。私は、姫の人となりを知れば、魔法に関係なく惹かれたと思いますので」
優しく、気高く、聡明。美しく、女性らしい手先の器用さにも恵まれたシルディア。
ヴェルクルッドは、シルディアの欠点と言うものをあげることが出来ないでいる。
「……そう感じている今の気持ちこそ、魔法の効果であったなら?」
恋は盲目。ただでさえそういわれるのだ。魔法が目を覆ってしまったら、それこそ欠点など見逃すだろう。
そういうユファに、ヴェルクルッドは苦笑した。
「そういわれると困ってしまいますが――では、逆にお尋ねします。ユファ殿からみて、姫は、一人の男の好意に値しない方ですか?」
問いかけながらヴェルクルッドは、断じて否と、心内で呟いていた。
セイニーやダイアンの心酔ぶりを見ていてもわかるし、街で交流する人々の反応からも、それは明らかだ。
「…………さて、どうやら私の負けのようだね」
しばし考え込んだ後、ユファは笑った。だが、すぐにその笑みを引っ込めて次の問いを発する。
「だが、魔法であろうとなかろうと結果に大差がないというのなら、魔法を解く意味は、お前さんにはないんじゃないかね?」
「姫がお辛いです。姫の愁いを取り除きたい。それが、私が姫の呪いを解きたい理由です」
ヴェルクルッドは己の想いに疑問を差し挟む余地はないのだが、シルディアもそうとは限らない。
シルディアは、魅了の呪いでずっと悲しい思いをしてきた。
それを払うのは、シルディアの騎士である自分の役目だと、ヴェルクルッドは決めたのだ。
「――その結果、シルディアが他の男性と恋に落ちたとしても、かい?」
「…………」
今まで揺らぎを見せなかったヴェルクルッドが、その質問で初めて表情をゆがめた。
ユファは、じっとヴェルクルッドを見据えて、回答を待っている。
――やがて、ヴェルクルッドは重たい口を開いた。
「……それが……姫の幸せで、あるのなら……」
いいながらも、ヴェルクルッドの拳は、強く強く、握り締められていた。
ヴェルクルッドの言葉は、葛藤と強い自制の上で発せられたものだと、ユファは確信した。
ほう、と溜息のような、安堵のような息を吐いて、ユファは視線を緩めた。
「――いいだろう」
「……ユファ殿」
ヴェルクルッドは、己がユファの試験を超えたことを悟った。
ユファは冷めかけたお茶をぐいっと一口飲むと、ヴェルクルッドを見ていった。
「シルディアの呪いを無力化出来そうな知り合いが、一人いる」
「! では」
思わず腰を浮かせたヴェルクルッドに、ユファは「待った」と掌を見せて止める。
「ただし、少し気まぐれで気難しい。会えるかどうかも、保証はできない」
「ですが、その方なら、姫の呪いを解くことが出来るのですね?」
それくらいの障害、ヴェルクルッドにとっては何のためらいにもならない。ヴェルクルッドは身を乗り出して、何よりも大事な点を確認した。
「――ああ、その可能性はあるやつだよ」
「では、私はその方にお会いしたい。どちらまで行けば宜しいのですか」
「まあお待ち」
逸り、今すぐにでも駆け出しそうなヴェルクルッドを、ユファは苦笑しながら止めた。
「手ぶらでいっても追い返されるだけさね。何かいい手土産を見繕わないと……さて」
「……何が、お好きなのでしょうか」
やはり、その人の好きなものを手土産にするのが定石だろう。自分が手配できるものならいいが、と思いつつヴェルクルッドは訊ねた。
「好きなもの……あいつは魔法道具に目がない。いわゆるコレクターでね。しかし、昨今魔法道具なんてものはそうそうお目にかかるものではない。どうしようかねえ」
「…………魔法道具……」
それは確かに、そう簡単に手に入れられるものではないだろう。
だが――ヴェルクルッドはそこで思い出した。
隣国の侯爵が掲げて使っていた、不思議な光を放った水晶。
グラントと、魔法道具ではないかと語り合ったあの水晶だ。
「そういえばユファ殿。私は以前、隣国の館で、不可思議な水晶を手に入れたのですが」
ヴェルクルッドが簡単に事の経緯を説明すれば、ユファの瞳が興味深そうな光を宿した。
「……ほう、隣国? ……興味深い話だね。今、持っているかい?」
「いえ、自室に保管してあります」
処分の方法もわからず、しまいこんだままにしておいたのだ。
「そうかい、なら明日にでもそれをもっておいで。私が見てみよう。魔法道具なら、いい土産になる。会うことぐらいは出来るだろう」
「はい、了解しました」
思いがけずとんとん拍子に話が進むことに幸先のよいものを感じて、ヴェルクルッドの心は浮き立った。




