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魅了の香水 2


 シルディアは二種類の香水を使い分けているのだと思っていた。ただ気分で使い分けているのだろうと思っていたが――どちらが多かったかと考えればそれは。

 

 「……主に……薔薇の香りがいたします」

 「……!」

 

 ヴェルクルッドの答えは、シルディアの予想と違ったようだった。シルディアは驚いている。

 

 「……ですが時々、爽やかに甘い香りを感じたことも、あります」

 「…………そう、ですか……」

 「――姫?」

 

 ヴェルクルッドが付け加えた答えに、シルディアは目に見えて沈んだ。

 そのシルディアの感情の振幅は、ヴェルクルッドにとって不可解だった。

 戸惑うヴェルクルッドに、シルディアが俯き語る。

 

 「……その香りが、私の力の具現だと、先生は仰いました。先生に教えていただいた薔薇の香水で、魔法効果を押さえてきていたのですが……やはり、時間経過や何かの拍子で効力が薄れてしまうのです」

 

 薔薇の香りがしている間は、シルディアの魅了の力が抑えられている状態。

 そして、ヴェルクルッドが爽やかな甘い香りを感じたときは、魅了の力が効果を発揮している状態だったのだ。

 

 「……それが、爽やかな甘さの……」

 

 ヴェルクルッドは、とても好ましいと感じたあの香りを思い出した。

 香りは、人の好悪の感情に強い影響を与える。シルディアの魅了は、その香りを利用したものなのだ。

 

 「――人によって、それぞれが心地よいと思う香りになる、と先生は仰いました……」

 「……成程……」

 

 シンディと名乗ったシルディアに初めて出会ったとき、ヴェルクルッドとエストが違う香りの印象を抱いたのは、そのせいなのだろう。

 

 「――姫」

 「……はい」

 「……姫は、私の気持ちが、魔法によるものだと……信じていらっしゃいますか?」

 「……はい」

 

 シルディアは、ヴェルクルッドの気持ちを信じられないことが心底申し訳なくて、視線を合わせることも出来ないまま、か細く答えた。

 ヴェルクルッドの反応が怖くて、知らず身が強張る。

 

 「――そうですか」

 「…………?」

 

 だが、ヴェルクルッドの反応は静かだった。

 怒るでもなく、悲しむでもなく――ただ、事実を受け止めたような声。

 シルディアは思わず視線を上げた。

 

 「っ」

 

 そしてどきりとした。

 ヴェルクルッドは、シルディアを優しく見つめていていた。

 甘く穏やかで、包み込むような――暖かい微笑み。

 シルディアは、己の顔に熱が集まるのを自覚した。

 恥ずかしくて視線をそらせようとしたが、しかし、ヴェルクルッドの神秘的なヴァイオレットの瞳に魅入られたかのようで――逸らせない。逸らしたくない、とも思ってしまい、身動きが取れなくなっていた。

 

 「……では、どうしたら信じていただけますか? 私の気持ちが、魔法の影響下にないことを」

 「え……?」

 「姫は、ご自身そのままで、既に誰よりも気高く魅力的な方でいらっしゃいます。魔法の香りがなくとも、私は姫に奉仕を誓っていたと、断言できます。……どうしたら、信じてくださいますか?」

 「……私、は……それは……」

 

 シルディアは胸が詰まって、何も言葉を見つけられなかった。

 ヴェルクルッドの優しい言葉と微笑みも――ただただ、申し訳ない、と思うので一杯で。

 

 「…………すいません。私は……」

 

 シルディアは、己を不甲斐なく思いながら、ぎゅっと目を閉じ、拳を握った。

 だが、そんなシルディアに、またしてもヴェルクルッドは優しく語りかける。

 

 「――姫、私は、姫の魔法を……いいえ、その呪いを解きたいと思います」

 

 魅了の魔法、恋の助け、などという可愛らしいものではない。本人が望まぬ力、疎ましい力。もはやそれは呪いだ。

 

 「え……ヴェルクルッド様……?」

 

 戸惑うシルディアに、ヴェルクルッドは胸に片手をあて、微笑みを湛えつつも、真摯に告げる。

 

 「姫の呪いを解き、私のこの気持ちが魔法によるものではないと、証明したとき……また改めて、姫に奉仕を誓いたいと思います。その時は――受けてくださいますか?」

 「……ヴェルクルッド様……」

 

 驚きの余り、エメラルドグリーンの瞳をぱちぱちと瞬くシルディアに、ヴェルクルッドは笑みを深くした。

 

 「――もっとも、姫が受け入れてくださらなくとも、勝手に誓わせていただくのですけれど」

 

 例えシルディアが、ヴェルクルッドの想いを受け入れて応えてくれなくとも。ヴェルクルッドは己の誓いを取り下げるつもりはさらさらなかった。

 受けいれてもらえない。

 それだけで誓いを取り下げるような、そんなやわな想いではないと、ヴェルクルッドは知っていた。

 

 想いを口にするなといわれれば、口を噤もう。

 態度に見せるなといわれれば、騎士としての領分を守り、身を慎もう。

 だが、例え嫌悪されようとも、想うことは、ヴェルクルッドの自由だ。

 言葉にせず、態度にも見せずに、ただただ、シルディアだけを想おう。

 

 「そ、そんな、ヴェルクルッド様!?」

 

 ヴェルクルッドの宣言に、シルディアは慌てた。

 シルディアは、恋は報われてこそ幸せだと信じている。想うだけでも満たされるという想いを、恋の可能性を徹底的に潰してきたシルディアは、知らないのだ。

 ヴェルクルッドには幸せな恋をして欲しいのに、報われない恋をすると宣言されてしまったのだから慌てようというものだ。そしてその慌てようは、ヴェルクルッドにシルディアの善良さを改めて知らしめた。

 

 「――では、今日のところは失礼致します、姫。――必ずや、その呪いを、解かせていただきます」

 

 ヴェルクルッドは鮮やかに微笑んで、騎士として礼儀正しい一礼を残し、退室した。

 

 「ヴェ、ヴェルクルッド様……」

 

 一人部屋に残されたシルディアは――色々なショックで頭が回りきらず、彼の名を呟くことで精一杯であった。

 


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