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過去の傷 1


 その後ヴェルクルッドは、順調に回復していった。

 怪我を負った利き手も、多少傷跡は残るようだが、今では違和感なく動く。

 が、大事を取って、という理由で仕事復帰の許可をもらえていないヴェルクルッドは、暇を持て余していた。

 

 館に出かける前までは、トレフィナの訪問の頻繁さに困ったものだが、館から戻って以降は、トレフィナは数度見舞いには来たものの、それほど頻繁には顔を出さなくなっていた。なんの心境の変化か、ヴェルクルッドに誓いを求めることもなくなったため、実に平和な日々である。

 

 「……ん?」

 

 今日も今日とて暇を持て余していたヴェルクルッドが中庭を散歩していた時、シルディアの部屋をじっと見上げる男がいることに気がついた。

 金髪の若い男だ。手にピンクの花を持って、一心に見上げている。

 

 「……もし、そこの方」

 「……!」

 

 ヴェルクルッドの呼びかけに、男はびくりと身体を跳ねさせた後、振り返った。

 

 「あ……」

 「……姫に何か、用事でも?」

 

 ヴェルクルッドの視線は、知らず、鋭いものになっていた。パラデスと言う前例があったばかりだ。気が立つのも無理もないのだろうが――睨まれた男にとっては災難である。

 

 「っあ、いえその、私は、その……っ」

 

 騎士に睨まれて、男は慌てふためいた。わたわたと手を動かすので、ピンクの花びらがひらりと散ったりもしている。

 

 「……っこ、この花を、シルディア姫に……っ!」

 「何?」

 

 バッと突きつけられた花を反射的に受け取ってしまってから、ヴェルクルッドは問い返した。

 が、男はヴェルクルッドが花を受け取るなり身を翻しており、脱兎の如く駆け去っていた。

 

 「待て、貴殿は……っ」

 「まあ、ヴェルクルッド様、お散歩ですか?」

 「姫」

 

 男を追いかけようとしたところで、セイニーと、赤毛に緑の瞳の女性騎士――ダイアンを連れたシルディアが城から出てきた。

 

 「どうしました、ヴェルクルッド殿。花をお持ちになって」

 「まあヴェルクルッド様! もしかして姫様に贈り物ですの!?」

 「あ――はい、贈り物を、お預かりしました」

 

 ダイアンの疑問と、セイニーの輝く瞳を受け止めながら、ヴェルクルッドは花に視線を落とした。

 身元不明の男のものをシルディアに手渡すのは躊躇いがあったが、見たところ、花に怪しいところはなさそうだし、花一輪に出来る小細工というのも思い当たらない。

 ヴェルクルッドは、花を差し出した。

 

 「まあ……この花は……」

 

 ヴェルクルッドから花を受け取ったシルディアは、懐かしげに目を細めた。なにやら思い出のある花のようだ。

 

 「……ヴェルクルッド様からの贈り物ではございませんの?」

 「……はい、残念ながら」

 

 不満そうな声のセイニーに、ヴェルクルッドは苦笑しながら頷いた。

 セイニーが何故不満そうなのかは理解できていなかったが、ヴェルクルッド自身、あの男からの花を渡すことに、あまり良い気持ちを抱いていないことを自覚していた。近いうちに、自分が選んだ花を贈ろうかとも思う。

 

 「……ヴェルクルッド様、では、このお花は、どなたから……?」

 

 そっと花を胸元に寄せて訊ねるシルディアに、ヴェルクルッドは目を伏せた。

 

 「……申し訳御座いません、姫。名を尋ねる前に、去られてしまいました。若い、金髪の男だったのですが」

 「……!」

 「……姫?」

 

 何か思い当たることがあったのか、微かに息を呑んで目を瞠ったシルディアを、ヴェルクルッドは訝しげに見た。

 

 「っ」

 

 シルディアは忙しく辺りを見回している。が、男の姿は見当たらない。

 

 「……姫様? どうかなさいまして?」

 「……い、いいえ……もう、いらっしゃらないようですね……」

 「……申し訳御座いません、姫」

 

 シルディアの反応を見る限り、あまり喜んではいないようだった。

 やはり、見ず知らずからの贈り物を預かるのはよくなかったかと、ヴェルクルッドは後悔する。

 

 「いえ、良いのです。…………おそらく、……あの方です……」

 

 ぽつりと呟き、目を伏せるシルディアは悲しげだ。花びらをいつくしむように、そっとなでている。

 

 「姫……」

 

 ヴェルクルッドは、シルディアのその表情を見て、胸が苦しくなった。シルディアにそのような表情をさせたあの男に、怒りすら覚える。

 

 「――――姫、申し訳ありませんが、そろそろ」

 「あ……はい。そうですね」

 

 ダイアンの控えめな促しにシルディアは頷いて、セイニーを振り返った。

 

 「……セイニー、後で生けておいてもらえますか?」

 「あ、はい。勿論ですわ、姫様」

 

 シルディアから花を受け取って、セイニーは頷いた。

 

 「では……ヴェルクルッド様、失礼致します」

 「は。お気をつけていってらっしゃいませ」

 

 シルディアを一礼して見送り――やがてヴェルクルッドは、男が去っていったほうへと歩き出した。

 

 

 金髪の男を見つけ出すのは、予想よりもずっと簡単であった。

 何しろ、城門を出てすぐのところで、シルディアの部屋の方角をじっと見つめていたからである。

 

 「……もし」

 「!? す、すいません! 私は怪しいものでは……って、貴方は、先ほどの……!」

 

 既に一度不審者扱いされたせいか、反射的に謝ってから、男はヴェルクルッドに気がついた。

 

 「……少し、お時間を頂けますか」

 

 問いかけるヴェルクルッドの声は、憮然とした調子になっていた。

 

 「あ……は、はい……」

 

 不機嫌な様子のヴェルクルッドに、男は怯えを見せながらも了承した。

 


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