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書籍2巻 一迅社アイリスNEOより5月2日に発売予定です。
各書店にて予約が始まっていますので、どうぞよろしくお願いいたします!
ベールの下は、知っている顔だった。
なんで? 疑問がまずアレクシアの脳裏に浮かぶ。
静かに立ち上がる姿を愕然と見つめていると、真っ直ぐに視線を合わせてきた。
「ごきげんよう。ロシェット公爵令嬢」
綺麗な笑みだ。
表情には清々しさも感じられた。
「ディアナ・レーマン伯爵令嬢……なぜ、こんなことを?」
理由について、アレクシアは仮定すら浮かばない。
聖女を障壁の中へ閉じ込めるなど魔の封印が――と考えて、ディアナが禍々しい魔力を持っていたと思い出した。混乱が酷くなる。
ふふ、とディアナが笑った。
「なぜ、にはありきたりな答えしか返せず、皆様をがっかりさせるでしょうけど、復讐がしたかったの」
確かによくある動機だ。
「復讐……神殿にかしら?」
目の前で聖女を失い魔の封印が解ければ、神殿の不手際だと糾弾される。けれどアレクシアは、しっくりこない気がした。
「いいえ。王家に」
「王家に、ですか?」
「ええ。王家の滅亡が私の望み。血筋すべてが絶えてくれたら最善ね」
ディアナは涼やかな笑みを浮かべて、淡々と告げる。けれど眼差しは強く、心から願っているのが伝わってきた。
「ねぇ、一つ提案なのだけど、ロシェット家が玉座に座らない? 武力を行使したら、簡単にできるでしょう?」
「お断りします」
制限の多い生活など、アレクシアは想像するだけでぞっとする。王太子妃候補から外れて、自由気ままなおひとり様生活ルートが解放されたのに、何が悲しくて重すぎる責務を負わなければいけない。
「そう、残念ね。本当にあなたを操れなかったのが悔やまれるわ。手に入れば選択肢が増えて、私の望みが叶う確率が高かったのに」
ディアナの嘆きで、まさか、とある可能性がアレクシアは浮かぶ。
点と点が繋がった気がした。
「演習での殿下への襲撃、私へ破落戸を仕向けたのはレーマン様なのね」
「襲撃に関しては私ではないわ。あちらはとある高貴なお方。詰めが甘いのにはあきれましたが」
とある高貴なお方に、アレクシアは真っ先に浮かぶ人がいる。むしろその人しかいない気がした。
けれど追及すべきは、そちらではない。
「復讐を望む理由を聞いてもよろしいかしら?」
レーマン家と王家に縁はないはずで、血筋を絶やしたいと願うほど強い恨みが何かを想像できない。
「以前、王家に殺された王妃の双子の妹なの私。だからその復讐。地位にあぐらをかいて、傲慢に生きる彼らからそれを取り上げたかった」
理由を聞いても理解が追いつかない。ディアナに兄弟姉妹はいないはずだ。
それに学んだ王家の家系図と、ディアナの年齢に齟齬がある。
「わからない、という顔ね」
悪戯が成功したような表情だ。
「当然よ。私は寿命にしばられることなく復讐するため魔と契約して魔女となり、正確な歳などもうわからないくらいに長く生きているの」
魔女という存在をアレクシアは初めて知る。文献にはなかったはずだ。
神殿側も知らないようだった。
「レーマン伯爵夫妻の娘でもないの。だから家名ではなく、ディアナと呼んでくださる?」
本当の娘は病気で亡くなっていて、魔の力で記憶を書き換え成り代わっていたらしい。名前は偶然同じだった。
「貴族社会に紛れて、魔が力を強める時期を待ち、王家へ復讐の機会を窺っていたの」
気が遠くなるほどの長い年月を一人過ごす孤独感を抱えても、復讐を選ぶ静かな怒りをディアナは抱えているのだとアレクシアは察する。
「姉はね。幸せな結婚をするはずだった。幸せな家庭を築くはずだった。それを壊したのが王家よ」
当時の国王が見初めた辺境伯家の娘――ディアナの姉には相思相愛の相手がいたが、王族の権力を使い無理やり既成事実を作って娶り王妃とした。
すぐに身ごもり王位継承権第一位の息子を産むが、彼女の最愛の人は国王により紛争地域の前線へ送られて戦死。それを知り、危うかった心を完全に壊して自ら命を絶った。
国王は王妃の生んだ息子には興味がなく、側妃が息子を産んだことにより、そちらを立太子させた。本来の王位継承者の王妃の息子は母がいないことから冷遇され、消息が不明となった。
聞いているだけで、理不尽さにアレクシアは憤りを感じる。
「謝罪なんてなかったわ。王家の駄目なところ全部受け継いだ側妃の息子は、学園の卒業パーティで無能を補うための令嬢へ婚約破棄など言い渡す救いようのない馬鹿だったのよ。けどそんな資質も覚悟もない無能を王家は庇い、そのまま王にした」
うわ、と顔をしかめたくなる。よく今日まで国が滅びなかったとアレクシアは驚いた。
優秀な者たちで固めた周囲が必死にフォローしていたのだろうが、舵を取った者は見事な手腕だ。傀儡の王だった可能性もあるけれど。
「王家と縁の深かったロシェット様でも知らない話でしょう? 都合の悪いことは隠蔽し、都合良く改ざんしているのだから」
辺境伯家が王都を訪れない理由がわかった気がする。国内の貴族が必ず参加する場にはさすがに姿を見せるが、最低限の身なり、挨拶で場を辞していた。
何代も前の話であろうとも、一度こじれた関係の修復は難しい。むしろ修復しようとすらしない王家だったと窺える。辺境伯家は閉鎖的な家だと噂されていたが、ディアナから聞いた話で原因がわかった。
(王家の闇が深すぎるんだけど)
国のトップが品行方正とは思わないが、権力を私利私欲に使い、忠誠を誓う臣下、守るべき民を苦しませるなどもってのほかだった。
「歴史は繰り返されると言うけれど、同じようなことが何代か前にもあったのよ。私に言わせれば血筋であり、傲慢に育つ環境が元凶よね」
何代か前の王太子も、公衆の面前で何の瑕疵もない公爵令嬢に婚約破棄を突きつけたらしい。
それ以降早々に王太子は婚約者を定めず、学園在学中に広く交流し、卒業時に相手を選ぶようになった。
「幼い頃から権力が身近で、傅かれ、敬われるのが当然の環境に身を置いているから、相手の気持ちを考えられない。それをよしとしているのだから本当に救いようがないわ」
ディアナの声に、侮蔑が滲んでいる。
「ロシェット様、心当たりありませんか?」
王太子妃の既定路線にいたアレクシアに、ジェフリーが歩み寄ろうとせずに冷たく接していたのは、交流会に参加していた者なら誰もが知るところだ。
「身分には責任が伴うと一番心に刻んでいなければいけないのに、好いた相手でなければ冷遇していい? 自分が選んだのだから当人含め周囲も従えばいい? 正しいのは王族である自分であり、他者が何を訴えても聞く価値などない」
ひどすぎて、誰が聞いても絶対にお断り案件だった。
「私が知る、王家の人間よ。ジェフリー様だけは違うなどと言わせないわ」
以前のアレクシアならば言いそうだ。
「ですが、魔が甦れば、この世界は滅亡へと向かいます」
「だから? 私の大切な家族を奪った者たちがのうのうと玉座に居座る国など滅びてしまえばいいわ」
心から、そう思っているのが伝わる。覚悟を決めた人の行動を、部外者が止めるのは難しい。
「姉の心を壊し、家族を悲しみのどん底に堕とした王家に、私は命をかけても復讐したかった」
気持ちを切り替えるように言葉を切ったディアナは、アレクシアたちへゆっくり視線を流す。ゆるりと、口角を上げた。
「さて皆様は、私が見てきた王家、擁護できまして?」
すべて本当であれば、アレクシアの心情としてはできない。過去の所業ではあるが、それを許してきたのが王家の持つ権力だ。
「できませんわね。王家は、討たれてあげたらいいのでは?」
「は?!」
神官の一人が声を上げたのが合図のように、全員の視線がアレクシアへと向けられる。ついうっかり本音がこぼれてしまったが、まあいいと開き直った。
「ディアナ様が言っていることすべて、正論なので私はちょっとそちらの側に感情移入を」
復讐したくもなる。現王家が転覆し、次代はどうすると言われると困るけれど。
「ロシェット様! 物騒なことを言わないでください」
縋るような眼差しを神官から向けられる。必死さが伝わり驚いて、アレクシアが魔を浄化する力を持っていたことを思い出した。
アレクシアの考え一つで、状況は簡単にひっくり返ると思われたのだ。
正しくはフェルナンドの意思による。さすがにアレクシアが浄化を放棄したところで、魔を復活させないはずだ。
「冗談です」
「本音でしたよね」
ぼそりと小さな声で、マリッサが突っ込む。エリックの眼差しにも同意が見えて、ほほほ、と笑ってアレクシアは曖昧に流した。
「国が混乱するので、さすがに王家を見捨てることはしません。が、ディアナ様が被害者であることは確かであり、まずは加害者側からの謝罪が最低限必要ではと思います」
過去の話ではある。現王家が、血筋を継いでいるとはいえ実際に関わっていたわけではない。
だとしても、祖先のやらかしが原因で不幸になった人が存在し、すべてを捨ててこの国を滅ぼしたいと願うほど精神的に追い詰めたのだから、関係ないは許されないはずだ。
決して誰も幸せにはならない復讐を推奨しているわけではないが、少しでも溜飲を下げてディアナの心が報われてほしい。
「王家が謝罪するはずがないわ」
瞳が憎悪の色に染まる。当時を思い出しているのかもしれない。
「もういいの。復讐の計画は潰えた。魔が消滅すれば、魔と契約し魔女となった私の寿命も終わりを迎える。これが運命だったと受け入れるしかないわね。ああ、処刑の方が先かしら」
潔く、ディアナが処遇を受け入れようとしている。魔の力はまだ残っているはずで、けれど抗う様子がなかった。
「私が抗わないのが意外なのかしら? ここで抗って姿を消したとして、正体がバレた今できることなどほとんどないでしょう? 私は姉の復讐だけが希望だった」
淋しさを覚える台詞だ。
一人は孤独だ――と考え、アレクシアは浮かんだ人がいた。
「ディアナ様には、ファール様がいるのでは?」
「色々都合がいいから操っていたの」
さらりと、ディアナが告げる。そうなのだろうか? と、アレクシアは二人を思い浮かべる。仲睦まじい空気、心配するように手に触れる光景、向け合う視線は温かかった。
「ねえ、ロシェット様。こんな私でも、巻き込んだ人が処罰されるのは心苦しいの。ファール令息も、ヴェルネ嬢も、私が操っていただけ。正気に戻るわ。見逃してくれるかしら」
その話が本当ならば、どうにかできるはずだ。
ただディアナ自身の救いは? と考えると、アレクシアはすっきりしなかった。
「ディアナ様。王家と、話し合ってみますか?」
「――え?」
想像すらしたことがなかったのか、ディアナが初めて表情を変化させた。




