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3月30日 綾瀬先生によるコミカライズ2巻が本日発売です。
講談社KCx どうぞよろしくお願いいたします。
神官が帰った後で、フェルナンドが子どもの姿に変わる。訝しそうな顔だ。
「あの水晶はもう、聖力に反応するくらいだぞ」
誰が触れても、魔を浄化する力を得ることは絶対にないと断言する。そうなると、新たな聖女候補の登場はありえないことだった。
「想定外に、聖女の力に覚醒した可能性はないの?」
「ないな。魔を浄化する力は俺から得るしかない」
「でも水晶が反応したのよね」
「どんな風に反応するかを知っていれば、魔法でそれらしく見せられるだろ」
意図して、聖女の肩書きを得ようとした可能性があるということだ。
(やっぱりシナリオを知ってる転生者なの?)
以前学園で、アレクシアを睨んでいたのを思い出す。
絡まれてもいる。貴族の子女としての常識があれば、公爵家の者に対して、あれほどあからさまに敵対心を見せない。
それならば、聖女だと主張するのもわかる。そうであると知っているからだ。
聖樹が浄化されるなら、誰が聖女でもいいんじゃない? がアレクシアの考えではある。ただ役割を担う覚悟もなく、ジェフリー攻略のために聖女の肩書きが欲しいだけならば大惨事に発展する事柄だ。
「とりあえず、会ってみるんだろ?」
「そうなんだけど」
気持ちは自然と重くなる。こぼれるため息は深かった。
神殿と打ち合わせて日時を調整して、同行すると主張するサヴェリオとレイモンドを必要ないと説き伏せて当日を迎える。時間通りに現れたナタリーは、ベールで顔を隠した侍女を連れていた。
自らが聖女であると信じ、微塵も疑っていないのが伝わってくる。堂々と、自信たっぷりな佇まいだ。
「彼女は私の専属侍女ですが、幼い頃に火事に遭い、話すことができないばかりか、顔に酷いやけどを負っていましてベールで隠しています」
言及される前に、ナタリー自ら事情を説明する。それに立ち会いの神官が頷いた。
「あの、そちらの方がもうお一人の聖女候補ですか? なぜ顔をお隠しに?」
「現時点で、素性を明かすことはできませんゆえ」
神官長代理が答える。学園の演習で起きた事件はナタリーが編入する前だったとはいえ、念のためにリサもベールで素顔を隠していた。
まだ聖女としての立場を確立してもいない。
神官すべてが善人とも限らず、危機管理の面での配慮もあった。
「では、ロシェット様はどうしてこちらへ?」
突っ込まれるだろうと予想はしていたが、向けられる眼差しはやはり好意的ではない。意図してアレクシアがナタリーに何かをしたことはなく、理由がわからなかった。
「我が家が後見人となっている者でしたので、立ち会いを」
対面は果たしたが、これからどうするべきなのかアレクシアにはわからない。封じられている魔にかかわることで、国、ひいては世界の有事にも発展しかねず、迂闊な提案はできなかった。
「水晶はお二人に聖女の資質があると示しました」
ナタリーが触れたときにも、アレクシアと同じ反応を見せたと、立ち会った神官が証言している。再度触れた時にも、聖女の持つ色を見せたらしい。
「前例がなく、神殿内でも答えがでていない状況です。ですが、聖女様には魔を封じる聖樹を浄化する役割が何より重要となります」
あの、とナタリーが声を上げる。
「私、聖樹の浄化を試してみたいです」
前向きな発言だ。特に裏があるようには見えない。
けれど神官は、ゆるく首を振った。
「すぐには許可できません」
「なぜですか」
「神殿の中でも、限られた者以外立ち入れない場所です」
「でも、彼女は入ったのでしょう?」
「水晶が示した聖女様でしたので、浄化を試みてもらい効果がありました」
「私も、聖女候補ですよね」
「ええ、ですがそう簡単なことではありません。すでに力を示した聖女がいて、新たに聖女だと名乗りを上げた人がいる。本当に聖女たる資格を持っているのかもしれませんが、持っていないかもしれない。後者だった場合を鑑みると、迂闊に聖樹の庭には入れられないのが神殿としての方針です」
「わかりました」
あっさりナタリーが引きそうな雰囲気に、アレクシアは驚く。
聖女だと主張し、一歩も引かない態度を見せると勝手に想像していた。
「でしたら、協力だけはさせてください」
「協力、ですか?」
思いがけない提案で、神官が戸惑う。
「はい。国、ひいては世界の有事に関することだと知っています。だからこそ、私の聖力を彼女に渡したら、もっと一気に浄化できるのでは?」
「そんなことが?」
全員の気持ちを代弁するように、神官が疑問を口にする。アレクシアの魔力をフェルナンドが吸収していたので、それを考えればできそうではあった。
ただそれはフェルナンドが特別な存在であるからで――と考え、聖女も特別だったとアレクシアは思考が混乱する。手に持っている扇子に、今すぐに問いかけたい衝動に駆られた。
「聖女同士なら可能性があるのでは?」
問いかけに、誰も答えられない。
「試すくらいいいでしょ? ね、手を貸してください」
ナタリーは無邪気に、リサへと近づく。
試すくらいなら、そんな空気が流れ始めている。確認を取ることなくナタリーは手を伸ばし、リサの腕を掴むと強引に引いた。
「えっ」
思いがけない行動でリサが足を踏み出すと、ナタリーはその背を押す。
控えていた侍女が前に出て、魔法を展開した。
「これは、魔の力!」
神官が愕然として呟く。
禍々しさを感じると同時に、リサが障壁の中へ閉じ込められた。
抗う様子も、声を上げることもない。
「聖女は封じたわ。これでもう、聖樹の浄化はできないわね」
勝ち誇ったように、ナタリーが告げる。危惧したとおりに、聖女を騙っていたらしい。
狙いは、魔の解放だと窺える。次代の聖女が現れるまで、聖樹は封印を維持できない。
閉じたままの扇子を口元へ寄せ、アレクシアはどう動くべきか位置関係を確認する。まずは、リサを障壁から助けなければいけない。
平静を装っていても鼓動はうるさく騒ぎ、手が震えそうになる。リサはアレクシアの身代わりになった形だ。
魔の力に封じ込められ、どんな影響があるかわからなかった。
呼吸を整える。障壁に近づくのに、ナタリーは邪魔にならない。
アレクシアは静かに一歩踏み出して、ぐっと足に力を入れて魔の力を使った侍女へと駆け寄る。反撃される前に、扇子を遠慮なく首筋へ打ち込んだ。
「うっ」
聖の力を持つフェルナンドと魔が反発したのか、バチッと爆ぜる音がして、軽い悲鳴と共に侍女が倒れる。すぐに体勢を整えたアレクシアは、障壁へ扇子を突き立てた。
剣の姿ではなくても、効果は変わらないと聞いている。ぴしり、とひびが入り、それが全体へと広がって、あっという間に障壁は消滅した。
倒れ込むリサを、アレクシアは背に庇う。
ちらりと視線を向け確かめたが意識はあり、目に見えるダメージは受けていないようだった。
「ちょっと! 放してよ!」
ナタリーは、アレクシアとほぼ同時に動いたエリックに倒され、庇おうとした神官と共に、他の神官に拘束されている。特別な力は使えないようで押さえ込まれていた。
エリックは侍女を警戒するように、傍らに立っている。魔に関することはアレクシア――正しくはフェルナンド以外に対処はできないだろうが心強く感じた。
ぴん、と張り詰めた空気を感じるが、侍女に動きはない。
反撃のタイミングを窺っているのかと、警戒心を強めた。
「さて、どうしますか?」
未知の魔の力を使われると厄介だ。この場にいる者たちを、アレクシアは見殺しにはできない。
「もう、どうすることもできないわ……終わったのね。なんの成果も得られずに」
今にも消えてしまいそうな声だ。
倒れた際にずれたベールが、侍女が身体を起こすとはらりと落ちた。
「あなたは――」




