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ノドの地  作者: 音切萌樹
第一章.バートンとトラグス
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04.突入

 ガタン、と大きな音を立てて屋敷の扉が開かれた。中にいた人間の視線が一気にアベルへと集まった。

その視線を一手に受けながら、アベルは悪ガキのようにニヤリと笑った。


「はぁ~い、どうもこんにちわ~」


 調子に乗った時に出す浮ついた声で屋敷の中へ挨拶を投げる。ニヤニヤした気持ちの悪い表情のまま中を見回すとエントランスの上階にいる一人がこちらを見てその動きを止める。


「なっ、誰だ!」


 男の傍に侍っていた紫薔薇のモチーフを身に着けた男が叫ぶ。怪しい白い粉の入った袋を堂々と受け渡ししている最中であった男は、それを隠す余裕などない。

 もっとも、隠す余裕があったところで受け取ろうとしている男は虚ろな目をしており、確実に廃人と呼ばれるほどクスリ漬けにされたのだろうと察しがつくが。

 紫薔薇の男の「誰だ」という言葉にアベルはわかりやすいほど首を傾げた。


「あっれぇ?俺のこと分からないかんじ?」

「わかるわけはないですよ。仕方ないことですが」


 取引現場を見られたと慌てる男たちをよそにニヤニヤとした表情を一切崩すことなくアベルはすぐ背後で控えているユダを目の端で捕らえた。

ユダは呆れたような、怒っているような表情で目の前で慌てる男たちを見つめ、諦めたように呟く。

 時折、聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で「末端が」と呟いているところをみると、どうやら目の前で慌てる男たちは自分の部下の部下のそのまた部下の部下あたりの人間なのだろう。

見ただけで判断できないために、これはすべてアベルの想像でしかないが。


「なあ、君たちさぁ、バートンの掟ってわかるかなぁ?」


 唐突にアベルはそう切り出した。

 掟。それはそれぞれのファミリーにおいて最も重要なものである。アベルが統べるファミリア「バートン」には先代のころより引き継がれた物とアベルが新規に制定した掟がいくつかある。


 一つ目は私闘の禁止。身内同士で決闘など馬鹿のすることだと。

 二つ目は他のファミリーへの接近禁止。無駄に小競り合いなどして戦争をするのなど言語道断であると。


「って、テメェ何もんだって聞いてんだよ!!」


 アベルの問いを無視し、白衣を着た男がこちらに向かって叫ぶ。

 その叫び声に不思議そうに小首を傾げながら何度かユダのほうを振り返った。


 やめろ、そんな風にこちらを見るな、と言わんばかりにしっし、と手を振られアベルはわかりやすく肩を落とした。

 そんなふざけた様子を見せられ、白衣の男は再度叫ぶ。


「おい!聞こえてんだろ!そこだよ!そこのに言ってんだよ!返事しろよ!くそ女!」


 『おんな』という言葉に一瞬、ユダの眉が動く。

そんなことはエントランスの上にいる研究員には見えなかったのか、再度、何度も同じ言葉を叫ぶ。

 なぜそのような命知らずなことがいえるのか。徐々に後ろから湧き出る殺気にアベルは冷や汗をたらす。


 ふと一人の研究員が目を凝らし、こちらを見つめる。目線の先にはユダがいた。

白衣の男はじっと見つめていたかと思えば急に眼を丸くし、はっとしたように飛びあがった。


「お、おい待てよ、ロン。その女もしかして……」


 研究員の言葉が最期まで言い切られることはなかった。いい終わりを待たずして、アベルの背後で控えているだけのはずのユダが勢いよく抜刀したからだ。


「おい、誰が女だ!よく見てからモノを言いやがれこの〇〇〇で〇〇な〇〇〇〇野郎!」


 髪を振り乱し、世間様やお子様のいる前では絶対に言えないであろう言葉を繰り返しながら怒るユダからまるで炎のようなオーラが見えた気がした。髪が逆立ち、心なしか鮮緑色の糸で編まれた髪紐が炎のオーラに合わせてゆらゆら揺れているようにも見える。

 実際のところ何度も何度も『おんな』と言われ、心なしかユダが涙目に見えるのは気のせいではあるまい。

 抜刀したまま一歩ずつ研究院のほうへ歩を進めるユダを見て、紫薔薇モチーフを持つ男の一人がユダを指さし、叫ぶ。


「や、やっぱり!やばいよロン!コイツ、憤怒のユダだ!」

「なっ、幹部!?本当かジル!?」


 施設の中にいるユダと男以外の人間全員に動揺が見て取れた。

 バートンファミリーの幹部七人にはそれぞれ固有の二つ名が与えられる。

 色欲、悪食、傲慢、嫉妬、怠惰、強欲。そして、憤怒。

それぞれの本質を示したものであり、バートンを守る七つの盾と矛である。

 バートンの幹部が出てきたと大騒ぎするロンと呼ばれた紫薔薇のブローチの男を見つめながらため息をついた。


「おーい、俺のことはわからねえの?」

「だから仕方ないでしょうって言ったじゃないですか、ボス」


 目の前の男たちの騒ぎように逆に落ち着いたのか納刀し、慰めるように声をかけながらアベルの肩を叩いた。ユダの言葉にその場にいた大勢の研究者や紫薔薇の男たちがいたるところで


「ボス?」「まさか、そんな」「あの男があの……」とこそこそと声を上げた。


 ようやく自分に注目が戻ったと思ったのかボスはまたニヤリと笑うと深々と腰を折る。


「どうもこんにちわ。バートンファミリーでトップはらせてもらってるアベルと言います。」


 アベルは育ちの良い貴族の好青年のように胸に手を当て、腰を折り挨拶をする。その印象の柔らかさから一瞬で研究員たちの緊張が抜けた。流石に礼節をしっかりと学んでいただけのことはある。がしかし、そのやわらぎも一瞬のことであった。


「ところで」


ニコニコとしていたはずのアベルが再び顔を上げるとその表情は悪鬼のように歪んでいた。


「俺のシマではドラッグ禁止だって言ったよなぁ!?」


 すぐ近くにあった木製の椅子を蹴り上げる。大きな音を立てて椅子が吹っ飛び、研究員の中から小さく悲鳴が上がった。


 バートンにはいくつかの掟がある。

 一つ目は私闘の禁止。身内同士で決闘など馬鹿のすることだとよく言っている。

二つ目は他のファミリーへの接近禁止。無駄に小競り合いなどして戦争をするのなど言語道断であると。

そして、三つ目は麻薬などのドラッグ類の流通の禁止だ。

先々代がドラッグに手を出し、破滅一歩手前までファミリーを追い込んだために先代から決まった掟である。

 これは、バートンの治める領地の人々にも影響が出るために死んでも守れと先代から引き継ぎ、アベルも自身の部下に耳にタコができるほどに言い聞かせていることである。

 

 そんな掟を破った者が出たのだ。アベルの怒りももっともである。

悪鬼のように歪んだ表情を見せたままアベルはあたりの人間を見境なく睨み付けた。


「わかってるよな?わかってやっていたんだよな?分かってやっているってことはここを治めてる俺に潰されてもいいってことだよな?んでもってお前らバートンの人間じゃないよな?トラグスか?グリーノか?ピーノか?まぁどこだっていいんだけどよ、俺に逆らうってことは俺に殺されても文句はねぇよなぁ?」


 にっこりと笑うアベルの表情はまるで地獄にいるとされる閻魔のようだったとのちにユダは語った。

自身の獲物であるグロックを取り出して一歩一歩前に進むアベルを止めようかとユダが足を踏み出そうとしたその時、バンッと勢いよく扉が開いた。


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