閑話 クロナの誕生日
書きながら「誕生日とは・・・?」となってしまいました
クロナのバックボーン自体が重いのでどうやっても暗い!重い!!となってしまいました・・・
ともあれ、誕生日おめでとう。クロナ。
この日、クロナはどこかそわそわしていた。
仕事をすれば珍しく計算ミスをし、気分転換に射撃をすれば過去最低点の更新。
ならばと書類を人に届ければ『ファルタナ』と『フェルナーダ』を見間違える始末。
普段クロナの奇行に慣れ、心配することのないカルマでさえも部屋に戻って休むように言うくらいだった。
今日は、クロナの誕生日である。
正確には育ちの家であるマルファン修道院の神父に拾われた日というのが正しいが、便宜上この拾われた日を他人
ひと
には誕生日と名乗っている。
――――神父のことは思い出したくなかった。
一人部屋に戻ると力なくベッドに横たわる。
一年に一度。クロナはどうしてもこの日だけは全てのことが身に入らなかった。
「孤児院にも、神父様にも感謝はしているけど……今はそれよりも……」
小さな声で呟き、そっと目を覆った。
クロナの育ての親であるマルファン神父は臓器売買の闇ブローカーだった。
マルファン修道院に集められた孤児は皆男女関係なく能力を図られ、不出来な人間は売られていた。
クロナは修道院の前に捨てられていた孤児ではあったが、幼いながらに読み書きや金銭計算ができていたことからマルファン神父に貴重がられ、売られずにそのまま修道院に残された。
修道院に残されたクロナには毎日毎日神父の仕事を手伝う日々が続いた。
様々な理由で孤児になり、同じように修道院にやってきた新しく姉弟となった子供たちが次々と売られていく。そんな日常の中で精神がすり減っていったクロナを救ったのが当時、先代に使えていたカルマだった。
協会の壁を壊され、育ての父を殺され、自分も同じように殺されるのだと少しだけ安心してしまったその時、光の灯らない自分の瞳に映ったカルマの姿がとても美しく、神々しく見えてしまったのだ。
「私は、まだ、忘れきれてないのかな……神父。私はまだ、貴方のことを……」
もう、寝てしまおう。
寝てしまえばすべて忘れられる。明日になれば、いつも通り働ける。
明日になれば、私の神様のために働ける。
ゆっくりとやって来る睡魔に身を任せて行く。もう寝てしまえばいい。誰か部屋にやって来ていたら明日謝ればいい。そう、謝れば……
完全に睡魔に墜ちきろうとした時、数度部屋の扉を叩かれる音に強制的に意識が戻された。
薄く瞼を開き、小さくため息をつく。
いったい誰だと言うのだ。いや、知らない。寝てしまおう。寝てしまえばいい。
「クロナ?まだ起きてるかな?」
「カルマさん!?」
思わず声をあげ、勢いよく体を起こす。勢いをつけすぎたせいか、近くに置いてあったものがバラバラと落ちる。
「ん~もし起きてるなら部屋にいれてほしいかなぁ……あれ?起きてる?」
「は、はい!起きてます!今開けます!」
慌てて扉を開けようとして行動を止める。部屋の方を振り返れば部屋の中にはカルマの写真
盗撮
が溢れている。
――――これを見られたら終わる……!
「か、カルマさんちょっとだけ待ってください!部屋片付けます!」
「俺はそんなこと気にしないけど……まぁ、待ってるよ~」
カルマの返事を待たずに片付けを始める。こんなこともあろうかとすぐに片付けられるように場所は確保していたのだ。手際よく写真を外し部屋を片付ける。
すべてを5分かからずに片付け、部屋の扉を開ける。開ければ目の前の壁に寄り掛かるカルマの姿がそこにあった。
「おはよ~もしかして起こしちゃったかな?」
「い、いえ!まだ寝ていなかったので大丈夫、です。どう、したんですか?」
「んー?ちょっと用事、かなぁ?じゃあま、おじゃましまーす」
クロナの頭を軽く撫でるとカルマが部屋の中へ入る。
――――大丈夫、ちゃんと掃除はできている。
「あっと、どうぞ。ソファ使ってください」
「ありがと。んで、早速だけどクロナ。体調は大丈夫?」
「……大丈夫、です」
「ながいねー。思考が長いよクロナ……まだ、悪夢をみる?」
カルマの言葉にクロナは言葉をつまらせた。言い返す言葉が、思い付かなかった。
しばらく黙り込むとカルマが困ったように笑った。
「そうだよねぇ……君のおとうさんを殺したのは俺だし」
「それは、そうですけど、けど、父の……マルファン神父のやっていたことがいけなかったんです。子供たちを売るなんてこと、許されるものではないですから……」
孤児だとしても子供を殺し、見目や頭の良い者は売られる。そんな非人道的な行いはいくら育ての親だったとしても許せなかった。そう言いながらカルマのマネをするように笑うとカルマはそれでも、と首を横に振った。
「それでも、君の父を殺して、君の居場所を奪ったのは俺だ」
「ちがう!ちがいます!カルマさんは私を助けてくれたんです!感謝こそすれど恨むなんて思ってない!」
「ほら、クロナ。それがきっと本音だよ。俺は居場所と育ての父を奪ったとしか言ってない。恨んでいるなんて、一言も言ってないよ」
「あっ……」
カルマの言葉に下唇を噛んだ。確かに、カルマは一言も恨んでいるのか何て言っていない。もしかしたら、自分は心の底では恨んでいるのか。そう思ってしまった。思わされてしまった。
俯き、黙り続けていると不意にカルマがクロナの名を呼んだ。
「ねえ、今日はなんの日か覚えてるかい?」
「……私が、マルファン修道院に、マルファン神父に拾われた日、です」
「ちがうよ」
カルマの否定の言葉にクロナは顔を上げた。
こちらをまんまるとした目で見つめるクロナを見て、カルマは柔らかく笑いかける。
「今日は、君の生まれた日。クロナ・マルファンが生まれた日だよ」
「それは、私が拾われた日を便宜上そう言っているだけで……」
「いいや、クロナ。俺は知ってる。今日は君の生まれた日。クロナ・ジャフマールが生まれた日だよ」
カルマの言葉にクロナはさらに目を丸くした。言葉が形にならないようでなんども口を動かしてはようやく形を作る。
「それ……私の……」
「うん、ごめんねクロナ。俺は知ってたんだ、君の名前も出自も。俺の家が主導となって、君の家を焼き払ったことも」
かつて地方部の自治を任されていた貴族たちがいた。一つは西の北部を、一つは西の南部を王より治めるよう命を受けた。
北部は善政を敷き、地方への資金を出すことを惜しまなかった。その結果、北部はカジノなどを建設し、賭け事の都として有名になった。
はたや南部は圧政を敷き、自身の懐ばかりを温める貴族であったという。
やがて北を収めていた貴族は王族より命を受け、南へと自身の軍を動かした。圧政を敷く貴族の存在を抹消するために。
カルマは、その時の出兵に絡んでいた。
カルマの発言にしばらく黙っていたクロナだったが、震える声でようやくつぶやいた。
「……知っていて、放っておいたんですか?」
「ごめんね、クロナ。あのときの俺にはどうすることもできなかった。バートンの家に使えて親の言う通り人形のように仕事をしていた10代のあの頃には君を……助けることなんてできなかった。せめてもと修道院に君を預けることくらいしかあの時の俺にはできなかったんだ」
ごめんね、と再度頭を下げるカルマにクロナはなにも言葉を掛けなかった。
――――かけられなかった、のほうが正解かもしれない。
幼かったかつての自分には何が起こっていたのか分からなかった。
気が付けば屋敷は炎に飲まれ、見知らぬ誰かに手を引かれた。
走って走って、誰かに手を引かれたまま走り続けて。気が付けばマルファン修道院の前に煤だらけでやけどを負った自分だけが残されていた。
――――自分の名以外答えないほうが良い。
手を引いた誰かに走りながらそう言われなければきっと、私はここにはいない。
クロナは何も言葉を発さなかった。カルマはゆっくりと立ち上がるとソファ横に置いていた大きな袋を机の上に置き、ジャケットのポケットから一枚の紙を出すと同じように机に置いた。
「どう思ってくれてもいいよ。それだけのことを俺はやったわけだしね。それじゃあクロナ、しっかり休むんだよ?happybirthday……Λυπάμαι. Μη συγχωρείς ποτέ τις αμαρτίες μου.」
それだけを言い残し、カルマは部屋から出ていってしまった。途中、何か違う言語で喋られたようだがクロナは全く聞いていなかった。
カルマが部屋から出て数分してようやくクロナは動き出すことができた。よろよろと足を踏み出し、先ほどまでカルマが座っていたところに同じように腰かける。
――――いったい彼はどれほどの覚悟を持ってこのことを伝えてくれたのだろう。
恨まれることも罵倒されることも今この場で手に掛けられる可能性だってあったのに、カルマは全くの丸腰でこの部屋に訪れていた。
ふと、クロナは机の上に置かれた大きな袋と紙に目をやった。とても大きな袋だ。少しだけ持ち上げれば重さを感じた。隣に置いてある紙はメッセージカードのようで裏返せば『happybirthday』の文字が印字されている。
恐る恐る重さを感じた濃い桃色のリボンで閉じられた袋をあける。リボンはそれほど強く絞められていなかったようで軽く引けばするすると簡単に解けてしまい、袋の中身があらわになった。
中に入っていたのは大きな魚をくわえたキツネの大きめのぬいぐるみと、ちょっと派手な宝石の付いたネックレスだった。ネックレスはキツネのぬいぐるみが首輪のように首から下げ、誇らしげに胸を張っていた。
それをみてクロナはしばらく考え込むとハッとし、そして顔を覆った。
「カルマさん、カルマさん……ありがとう、ございます。いままで、持っていてくれて……」
ひとしきり満足するまで涙を流し、クロナは人形に見守られるまま眠りについた。
* * *
クロナの部屋をあとにし、自室に戻るために屋敷の廊下をゆっくりと歩いていると自室の扉のすぐ前に一人の男が立っていた。先代からの付き合いのあるその人物はこちらの姿を確認すると姿勢を正し、こちらに歩を向けた。
「どうでしたか?アレで間違いないでしょう?」
「確かに間違いなかったよ。けど、不思議だよねぇ……なんで知ってた?」
「貴方が先代について討伐に出ていたように、私も先代の付き人として行動していました。それくらい知ることは容易です」
目の前の人物の発言に一瞬考え込むが、すぐに大きくため息をついた。
「そりゃあの時に情報操作するように俺が頼んだのはアンタだもんなぁ」
「そういう事です。一度隠した関連情報を引き出すことなんて容易い」
「……あと一つ、いいか?」
「どうぞ?」
「……今日は、髪紐の色が同じなんだな」
カルマの問いに身構えていたが問いが分からなかったのか大きく首を傾げた。カルマは「わからないならいい」とだけ告げ、自室に戻った。
宝石はアクアマリン。
水の象徴であるアクアマリンが南部を統治していた貴族の家宝である。




