第17列車 台風帰航
「…停車位置共通、14番構内よし……―」
「―…東京停車、66分46秒延着。」
「―えぇーと、東京も停車位置は共通の所であっとるっけ?…15番構内よ~し。」
「―…東京は停車位置共通だ。ドア配置が異なるからドアはしばらく開かないぞ。15番構内良し。」
「―………東京停車、えぇと、臨時スタフ見て…4分15秒延着。」
250A(のぞみ250号)の到着に数分の間をおいて、救済「のぞみ」も続いて入線となる。
ホームは、遂にお客様方でいっぱいとなった。
運転台の最終確認も終え、急いで今度は大井の車両基地に引き返すべく運転台を交換しようとすると、1人のまだ小学生くらいの男の子が寄ってきた。
「―ねぇ、お姉さん。運転すっごい上手だったね!」
「…えへへ~っ、ボクにも私の運転のうまさが分かっちゃったか~!」
「―こらっ、トモキ!…」
直ぐに新大阪方面…向うから父親と思わしき男性が近寄る。
その方は、新大阪で駅員たちに混じって私を宥めていたうちの一人だった。
「…あぁ、貴女でしたか…先刻は感情的になってしまって申し訳なかった。」
「いえ、こちらこそ…列車を遅らせてしまい申し訳ありませんでした。」
「…お姉ちゃん、よかったらこれあげる。」65
「ん~?…って、うっま!! 君、凄い絵が上手だね!」
小さな少年から受け取ったのは、普通の郵便はがきさった。
その裏に、形も質感もうまく再現し、陰影をままにうまくつけた、今にも飛び出しそうな正面顔の新幹線が…
「…お子さん、とっても絵がお上手なんですね…!」
「いやぁ、昔っから絵を描くことには長けててね…教えてもないのにこん
なになって。」
「へへ~っ」
「ふふ…じゃあこの絵は運転席に飾っておこうかな!」
「ほんと!?」
「もちろん!…って、こんなことしてる暇じゃなかった!早く向うに行かないと!」
「…お姉ちゃんバイバイ!」
「バイバイ!…今日は疲れただろうからぐっすり寝て、またいつか遊びに来てね。…はい、お返し。」
私はその小さき少年に、ポケットに入っていた新幹線のイラストの入ったバッヂを渡すと、そのはがきを大切に持って、東京駅から新幹線を回送すべく新大阪方の先頭1号車へ急いだ。
「ふっふっふ…ちょっとだけだけどうちも人気者や…」
「―って、さつき!」
「あっ、若菜!急いで、早く大井(車両基地)に脱出するよ!」
短い編成の若菜の500系は私のN700の半分くらいで直ぐに先頭車が見えた。
若菜は、多数のカメラが向けられている中ですでに1号車と移動していた。
21時50分。全ての任務を果たした「最後の望み」250Aは、列車番号を回送番号へと変更し、東京駅を品川方面へ向けて出発していった。
一方の「救済の望み」は、多数の旅客が雨の中カメラを構えている中、その短い編成を従えて多くの見物客に見守られて東京の闇へと吸い込まれていくように去っていった。
この時、東海道新幹線 新大阪~東京 の全区間にわたる台風前臨時終電が全て終了するとともに、2時間14分にわたる奇跡の疾走劇が幕を下ろした。
車両基地に向かう途中の区間。東京の臨海地区の夜景が小雨でもじっくり見れる。
大阪よりは気象はかなり良好になっていた。
台風から逃げることが出来る。これもまた、新幹線と言う高速鉄道の特徴である。
小雨の降る大井の車両基地に、実に数年ぶりに500系新幹線が戻ってきた。
終電の終わった今、それを歓迎する乗務員はどうも居なかったみたいだが、なんとなく凄いことが起きてるんだなぁと私は思っていた。
車両基地内のすべての新幹線車両が集電装置を降ろし、普段より早い就寝を迎えている。
普段ならまだ蓄電池を起動して尾灯や車内灯を点けている車両も多くいる時間帯だが、珍しく私たちの列車以外で電気の点いている車両は構内入替用のミニ機関車以外見当たらなかった。
運転区も、私たち以外の人は殆ど見当たらなくなっていた。
若菜と補助運転士の布川さんを連れて、博多に行ったときとは正反対の違和感漂う点呼を終える。
若菜と布川さんで何かあったのか、点呼を終えるとすぐ彼は更衣を済ませてすたすたと帰宅していった。
「なぁさつき…あの人めっちゃ感じ悪い人やな。」
「え、何かあったの…?」
「いや、ちょっと口論になっただけ。」
「口論って……あの人そうそう怒らない人だけど…」
「…そんな事もうどうでもいいの。これからどないすんねん?」
「どないすねんって…横浜の家に帰りたいところだけど…明日呼び出しがあるから今日は「泊まり」かなぁ…」
「―ついでに、明日の朝 台風通り過ぎたら新幹線がどうなってるかもわかんないし…」
「そか、じゃあうちも さつきさん とお泊りやな!」
「はぁ…小学生じゃないんだから。」
台風は今頃もう関西・中部圏に突入しているだろう。
きっと、明日の朝前にはここ関東にも最接近するだろうし、被害状況や具合もきっと判明する。
若菜には私の部屋の隣の空き部屋に入ってもらい、そのまま就寝した。
―明日はきっと、忙しくなる。
そう覚悟を決めて。