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第8列車 時速300キロの相談室


―「新神戸、発車。(定刻)12時52分。38分57秒延。」

この様に会社間をまたいで運転する場合は、その会社の換呼や社則などに従わなければいけない為、結構面倒くさい。


「新神戸、発車。」

「さつきちゃんさぁ、ちびっと見へん間に結構印象変わったな。初め窓からのぞおった時、誰かって思っちゃったよ。」


「へへーん、見習いだったときとはもう違うもん。…ATC180。」


「ATC180…せやで…なんか髪ショートにしとるし。…髪留め似合っとるなぁ…」



おおよそ40分遅れているのぞみ23号の終着博多までの定時到着は困難となったが、新幹線は「定時運行が不可となってもお客様を目的地までいち早くお届けする」という役目がまだ残っている。

山陽新幹線の区間は山を縫うように走る東海道新幹線と違い比較的なだらかな線形で、最高速度は300km/h。

622kmを概ね2時間30分前後で走破する。


久々に出会えた、西日本のよき友人と会話を交えながら、安全運行と遅延回復の精神を忘れずに徐々に加速していく。

若菜は根っからの大阪育ちで、少し冷めたようなところがあるが、誰よりも人思い。

見習いの時はよくお世話になった一人だ。



―「姫路通過…定時より36分延。」


「姫路通過、定時より36分延。」

「…へぇぇ~、さつきちゃんめっちゃ腕あがったね…噂通り。」


「げっ、西日本でも噂になってたりした…?」


「そらそやで。初号機を営業運転させてるすげー女運転士が居るって。」


「…そう。」

「―…やっぱり、私ってどこか嫌な噂に流れるんだよね。見習い期間も異様に短かった、会社に無理させてX0を営業入りさせちゃったし。社内でも―」

力行を定速に換えたハンドルを、ギュッと握りしめこう吐いた時。


「ちょい待てさつきちゃん、そらちゃうで。」

「―誰がさつきちゃんの事嫌ったん?」


「っあぁ、いやいや。西日本の人を悪く言ったわけじゃないよ。東海にも優しい人いっぱいいるし。ただ…」


「―そないに周りに縛られなくてもえんちゃう?悪く考えすぎやそれ。」

「―ATC270。…さつきはさ、どうしても真面目と言うか…優しい所とかいろいろあるから。きっとみんなが羨ましがってるんやで。」

若菜は補助運転士だというのに、横の窓に指をあてて、遠くを眺めて話している。


「んん~…」


「羨ましいから、みんな悪く言うの。癖の強い試作編成が営業入り?そんなの会社が許可したことやん?」

「―もしさつきがそれを望んだのなら、好きなようにしたらええ。もしそこまで居心地があかん職場やったら、いっそ西日本に来ちゃえばええやん!…うちも羨ましいよ。昔から運転が得意でさ、それに自分に合った試作編成を営業に就かせるなんてさ。」


「えへへ、そ、そう?でも癖めっちゃ強いよ…ATC300。」

「羨ましいか…ふふ、本当にそうならちょっと愉快だね。」

ヶハンドルを固めていた手が、再び加速位置である後ろへと引っ張られた。


「…ATC300。ねね、見てみてさつきちゃん。」

ふと、運転台の前に業務用のタブレット端末。


「えぇっ…なにこれ?」

そこには、はるか前に東海道新幹線から撤退したはずの500系新幹線と、若菜が写っていた。


「500系V8編成。私のペア。かっこいいやろ?」

彼女のしょっちゅう運転する車両なのか、さっきまでそっぽ向いていたのにいきなり自慢げに自分の愛車をアピールしてくる。


「へぇぇ…博多(総合車両区)かな?500系新幹線ってもう淘汰されたんじゃないの?」


「―はあぁ~…何ボケてんの、山陽新幹線じゃ現役バリバリやん。」


「ええぇ~…この時代は山陽新幹線もN700でしょ~?」


「な~にいってんねん、子供が描きにくい新幹線No.1な癖に~」


「むぅ…そっちだって敷かれたレールの上しか飛べない戦闘機な癖に~。…しかも「こだま」でしか営業してないし。」


「んなっ!弱いとこばっかりはっきり言いやがって!」

若菜から強烈に頬を引っ張られる。


「いだ!いだだだっ、こら、今まだ運転中!」

そんな小さな「時速300㌔の相談室」を開いている間に、列車は兵庫県を通り過ぎて、岡山県へと入っていた。


少しだけでも遅れを取り戻しながら。


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