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第0列車 プロローグ



―新幹線。


1964年(昭和39年)10月1日に東京駅 - 新大阪駅間に開業した東海道新幹線に始まり、国鉄時代には山陽・東北・上越の各新幹線が開業した。民営化後も、従来のNR線(在来線)と新幹線とで直通運転を行う新幹線として山形・秋田の2路線が開業し、高速運転が可能な本来の新幹線規格(フル規格)でも北海道・北陸・九州の3路線が開業に至るなど、新幹線網の拡大は半世紀にわたって続けられている。2016年(平成28年)の時点で、7路線(合計2,765 km)と在来線直通新幹線2路線(合計276 km)が営業中で、2015年度(平成27年度)の年間利用者数は3億6000万人に上る。


そんな「日本一安全な高速移動体」を、今日も安全に動かしている者々が居る。




«―まもなく、19番線に 回送列車 が到着します。この後、この電車は ひかり 501号…»


―なんで新幹線の運転士になったの?

私は、未だにこの問いに対する答えが見いだせない。憧れていたから? 在来線で頑張ったから? それとも親の跡継ぎみたいなもん? もしかして…なんとなく?


自分でもよくわからなくなりそうなのだけれど、実はどれも私の選択肢にはない。




遠くから、警笛の音がする。


「―構内信号確認っ。照査。」

ブレーキハンドルをしっかりと握りしめ、決められた時刻に決められた位置に的確に停車する。ホームは今日も多くの背広姿のサラリーマンと家族客が入り混じっている。

「180(m)…140…120――」



―理由がないのに、こんな仕事してるの?

…確かにそうかもしれない。

この仕事も楽なもんじゃないし、苦しい事・つらい事・面倒くさいことも多い。乗客の遺した汚物を素手で処理することも別に珍しい事ではないし。でも、私はこの仕事に就いたことを誇りに思っているし、決してこの仕事が嫌いではない。きめ細やかな慣れた手つきで、ブレーキハンドルを操作して減速していく。


「…東京着、15秒延。」


いつも通り停車し、非常ブレーキをかけると直ぐに折り返しの準備へと入る。



挿絵(By みてみん)



彼女は神代皐月(かじろさつき)

東海道新幹線の運転手で、正式な運転士になってから今年で2年半。新幹線業務は4年半。

今もまだ決して増えたとは言い難い女性の新幹線運転士だが、その中で彼女はトップクラスの業務成績を誇る。通常は新幹線の運転士になる為には在来線で一通り乗務をし続けてから新幹線駅員・車掌→運転士…となるのがこの新幹線などを運営するNRのスタイルだが、彼女はその行程を経て最年少で新幹線乗務員の仲間入りを果たした(欠員が出るまで募集は無い)。当時は、その躍進から新聞社などにも少し大きめの記事に乗るほどであったが、この社会に広く広がることは無かった。


彼女の特徴…いや、業務上の特徴とも言うべきか。彼女は、あるひとつの新幹線車両でしか運転を担当しない。というより運転できない特性がある。相当なことが無い限り、彼女がその車両以外のハンドルを握ることはないといっても良いし、むしろあったら乗務員皆が仰天するといってもいいかもしれない。


それは、N700系9000番台。通称:X0編成。東京大井新幹線総合車両センター所属の車輌。この東海道新幹線では8割方の列車がこのN700系と言う最新鋭の車両で運転されているが、その中でこの9000番台というのは、自動車やメカニックで言う所の「初号機・試作機」とも言えるような車輌だ。つい最近までは量産型車両との差異の観点から、営業運転には一切縁が無かったのだが、彼女との出会いで営業運転にも入るようになった。しかしながら、現在でも「一番新しい新幹線」として活躍する一方で、このX0編成は14年ほど前の新幹線車両である。



挿絵(By みてみん)



乗務員室を降り、ドアを閉め、車掌と場所を交換した。

「お、今日は神代ちゃんのN700かぁ!」

乗務員室窓に書かれた編成番号を覗き込むように見て、白髪の車掌は言った。

彼は佐久間徹(さくまとおる)

東海道新幹線時代の0系新幹線車両を知る、数少ない大ベテランの車掌で私の先輩だ。

どうも今日は彼が最後尾車掌を担当する様だ。

「…ど~も、佐久間さん。今日も特に問題なしです。宜しくお願いしますね。」

「この編成でやってくるのはちょっと問題かもしれないけどな、ははは。」

「む、私の相棒を問題児扱いしないでください~!」



車外に降りて、車両外見に問題がないか確認して廻る。

仕事の時間は、彼とともに居るのが一番好きだし、一番落ち着く。

好き嫌いってわけでもないんだけどね。


洗車してだいぶ綺麗になった新幹線のボディに、手を当てて、いつもの一言。

「…今日もよろしくね、X-RAY(エクスレイ)。」



これは、普段なら見向きもしない新幹線車両と、どこにでも居そうな一人の運転士の出会いから始まった、「当たり前」の裏の世界の物語。


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