1-1 縁談話
1:噂の不細工姫
1-1 縁談話
マダル国の王女シオンはとても不細工な顔立ちをしているという。
直視することもままならない程の造型をしているそうだ。
だから、オランドール国の第三王子セファルは、その縁談を父王から伝えられると、唯一父王の意見を翻す事の出来る賢人アシムに、すぐに泣きついた。
「どうか彼方からも父上に言ってください。僕にはもっと素晴らしい女性がふさわしいと。ファジ侯爵の娘やタダール伯爵の娘など」
王子のセファルが今並べた女性たちは、確かに外見は美しいと評判の娘たちだった。しかし、アシムは言った。
「悪いがそれは出来ない相談だ。何故なら、この縁組を我が王に進言したのは、他ならぬ私なのだから」
その言葉にセファルは絶句すると、わなわなと唇を振るわせた。
「なぜ、なぜなのですか。理由を言ってください」
アシムは眉を顰めて言った。
「なぜ、とお前がその言葉を言うとは思わなかった。ならば言ってやろう」
そう前置きするとアシムは、セファルのこれまでの悪行の数々を並べていった。騎士学校での成績から、当時から止まぬ数々の女遊び。また、金遣いが荒く、多くの借金を抱えて、それをあろうことか国の財宝を売りさばくことで立て替えたこと。
「レプリカとすり替えておけば、気付かぬと思ったのか? これらの悪評は、すでに近隣各国に広く知れ渡っているのだ。ヘンリ国もタユル国もマヤセイ国も、年頃の王室の女性は皆、お前との縁組は嫌だと断ってきたのだ。幸い、マダル国は我が国オランドールの属国だ。こちらには何の利益もないが、あちらにはある。故に向こうも、渋々お前との縁談を承知したのだぞ。お前は外見のことしか耳にしていないだろうが、マダル国の第一王女はとても聡い女性と聞く。うまくお前を教育してくれることだろう」
そして、一旦息を吸い込むと、アシムは言った。
「お前に選ぶ権利はないと思え」
そう最終通告を言い渡すと、アシムは真っ青な顔をした王子の前から姿を消した。
◆ ◆ ◆
アシムはこの国を第一に考えている。
セファルが並べた娘たちは、彼の妻となるには失格であった。
彼女たちの父親が、セファルに対して悪影響しか及ぼさないであろう。
へたに彼に入れ知恵をして、何を起こすか分かったものではなかった。
アシムは、王の挙げた名前にあったマダル国のシオン王女に対しても、独自に内定調査を行った。
マダル国は国力に乏しく、発言力も強くない。
セファル王子の相手としてはかなり劣るが、これは彼自身が招いたことである。
あとの問題は王女自身が、どのような人物なのかである。
変に悪巧みを企むような知恵を持つ女であっては困るし、かといって害を及ぼすだけの能無しでも困る。
そして噂通りの外見ならば、色香を使って、国の重鎮を誑しこむ事も出来ないはずだ。
数日後、内定者が持ち込んだ最新のものだという肖像画を目にして、アシムは眉を顰めた。
「成るほど、直視することがままならぬとは・・・謂い得ているな」
アシムはため息をついて、他の報告を聞いていた。
王女の素晴らしい内面部を聞きながら、アシムはその可哀相な姫の肖像画を同情の目で見つめたが、ふとある物に目が止まると思わず呟いた。
「・・・これは、一体」
それから肖像画に己の手をかざして息を飲んだ。
不審に思った内定者が発言を止めるまで、彼はただ動きを止めていた。
そしてようやく顔を上げると、手にした報告書の一部を見る。アシムは言った。
「よく調べたな。だがあともう一つ調べてほしいことが出来た」
アシムの言葉を聞くと、「承知しました」と内定者は言った。
彼がそのまま礼をして、退室するのを見届けると、アシムはいかにしてこの婚姻が上手くいくかを念入りに考えるために、静かに目を瞑った。
◆ ◆ ◆
シオンは父のその話に目を丸くして言った。
「本当ですの、お父様。私に縁談の話ですって?」
自分が不細工で世間に名を知らしめていることは、当然シオン本人も知っていた。だから自分に縁談の話など来るとは思ってもみなかった。結婚はしないと常日頃から、宣言をしていた娘に、勧める縁談だ。よほどの相手とみていい。
「それで、どこのどなたですの、その勇気のあるお方は」
断る口実を探すために、シオンは父王に聞いた。すると、父はシオンが想像していたより、色々な意味で遥かな大物を挙げてきた。
「オランドール国の第三王子、セファル殿だ」
シオンは目を閉じた。セファル王子といえば、まさに駄目王子の鑑といえるべき存在ではないか。頭は悪く、礼儀もなっていない。剣術もまったくからっきしだと聞く。卑怯で臆病な自慢屋だと。外見だけは、現王の血筋を色濃くした色男と聞くが、それが何になるのだろうか。
しかし、腐ってもオランドールという大国の王子。マダルはかの国の十分の一ほどの力もない小国である。いくらシオンが王女だからといって、あまりにも釣り合いの取れない婚姻である。
「・・・その申し出は、側室でという事でしょうか」
シオンは聞いた。しかし、父王は首を横に振る。
「いや、正妃としてだ」
それではいくらセファルが王の座に遠い身とはいえ、断る理由がない。逆に誰もが羨む縁談だ。
しかしシオンはどうにかこの縁談を断らねばならぬ理由があるのだ。
なぜならば、シオンの心には一人の男性のことしか頭にないからにほかならない。
だが、その男性はどこの誰かも分からない、たった一度だけ舞踏会で出会った、それだけの人だった。
◆ ◆ ◆
あれはどの舞踏会にも顔を出さないシオンに対し、隣国の王女メーサが発案したものである。
「あなたが、その顔が原因で嫌だというのならば、今度私の国で開かれる仮面舞踏会に出席なさるのはどうかしら?」
仮面舞踏会ならば、顔を見られる事はなく、パーティを楽しめるという。
それでも乗り気のしないシオンに対し、メーサは「もしも出席しないのなら、お父様に、マダル国との今後のお付き合いを考えてもらうよう進言するわよ」と国交問題まで持ち出す始末だった。
メーサは夏の時期になるとマダル国に毎年訪れ、幼少の頃から共に学び、共に遊ぶ、気の置けない間柄であるのだが、たまに王女らしい我侭を言うときがある。
その発言が、冗談なのか本気なのか分からないまま、シオンは頷くしかなかった。
嫌々出席したシオンだったが、そこで彼女は運命的な出会いをしてしまった。
お互いの顔も分からないままシオンは初めての朝を迎えたが、そこに彼の姿はなかった。
ただ『必ずあなたを迎えに来ます』というメモだけが残されていたのだった。
その後、シオンの様子に気付いたメーサに問い詰められ、シオンは彼女に一部始終を話した。
そして、メーサはシオンの恋の相手を探すために協力をしてくれた。
その時の仮面舞踏会への出席者のリストを手に入れたが、彼が名乗った名前は存在しなかった。さらに独身者の欄の人物を調べてみたが、彼の外見に似た人は見当たらなかった。さすがに既婚者までは調べる気力はなくなった時に、メーサは「単に遊ばれただけよ。忘れなさい」と哀れみの表情で言った。
それからのシオンは、メーサの誘いも断り、外出をも毛嫌いするようになった。
しかし、もっとも憎らしい相手はシオン自身であった。騙されたのだと、頭では分かっているにも関わらず、シオンは今もなお、あの時彼が残したメモを、ロケットの中に大切にしまっているのだから。
◆ ◆ ◆
マダルからの馬車がオランドール城の正門をくぐると、ほどなくして前方からオランドールの従者が出迎えた。従者はうやうやしく最敬礼のお辞儀をしながら、口上を申し上げた。
「遠路はるばるようこそ、我がオランドール国へお越し頂けました事を、我が王並びに国民一同、お喜び申し上げ存じる次第でございます」
そして馬車の中からシグルが口上を返す間に、従者は姫の馬車を降りる手伝いをするべく手を差し伸べながら、顔を上げたが、その顔がそのまま凍りついて動かなくなった。
その従者の様子に、橋で立ち並び警護にあたる衛兵たちは、姫は一体どんな不細工なのかと肝を冷やしたが、彼女の姿を目にした次の瞬間、やはり従者のように凍りついた。
従者に手を取られ、優雅に馬車を降り立つ姫は、遠目でも分かるほどの、眩いばかりの美貌を持った、まるで女神のような女性だったからだった。
さらに衛兵たちは、今度は違う意味で凍りつくこととなった。
それは出迎えた背の高い王子が、
「ようこそお越し下さいました。オランドール第三王子セファルです。長旅でお疲れでしょう。お部屋までご案内致します」
と言い、それに対して姫が
「結構ですわ。それより私、早速ですが街に買い物に参りたいのですが、よろしいでしょうか?」
と無表情で返したことであった。
シオンは目を丸くした彼の表情に、内心ほくそえんだ。
この縁談は、シオンに断る理由がなかった。
だからシオンは考えた。王子の方からこの縁談を断らせるのだと。
彼に悪印象を持たれるようにするのだ。
最初の印象が良ければ、それだけその後の印象で受けるダメージは大きくなる。
だから、シオンは馬車の中で、侍女たちを総動員して、自分を最も美しく見えるように演出させた。
そして、悪女を演じるのだ。徹底的に。




