1-2 理由
1-2 理由
世間で不細工だと知れ渡らせたのは、父王の考えだった。
父の姉妹は皆、その美しさゆえに、年端もいかない内から、年の離れた大国にもらわれていった。それを不憫に思った父王は、我が娘には、己の意志を持てるようになってからの婚姻を望んだのだ。
そして、シオンに対して、幼少時に誰かが言った「直視出来ない程の美しさ」という賛辞の言葉を、後半部分を消し、父王はあえて広めたのだ。「直視出来ないほど」の後に想像するのは大概よい方向ではないのを見越してのことであった。
しかし、シオン自身は己がそれ程の美女だとは思っていなかったし、どちらかというと噂に違わぬ者と自覚していた。
城の者や侍女たちは、口を揃えてシオンの事を、綺麗だの美しいだのと誉めそやすが、それが、社交辞令なのだということは、きちんと教えてもらったし、笑うと更に気持ちの悪い事になる事も知っていた。
これまで、自分の造型が美しくなかったことに、困った事はないし、シオン自身もあまり結婚をしたいとは思っていなかったので、不細工姫という徒名はシオンにとって、苦にはならなかった。
だから、今日この時、シオンは内心はらはらしながら、どうか美しい女性に見えていますようにと願っていた。
そして、演じることにも慣れていなければ、特別性格が悪いという訳ではない自分に、果たして悪女というものになりきれるかどうか、とても不安を感じていた。
◆ ◆ ◆
そんなシオンの態度に、王子は驚いたのもつかの間、くっと笑いを漏らし、微笑んだ。
「それでは、今、ご婦人たちに流行りのお店に、いくつかお連れいたしましょう。移動はこちらの馬車をご用意致します。どうぞ、こちらへ」
シオンが結構ですと断りの言葉を発する前に、彼はなんなくシオンの手を取り、歩き出した。
彼の手馴れた女性のリードに、そのまま流れに任せて数歩あるき出したシオンだったが、はっと我に返ると言った。
「それでしたら、私、馬車ではなく、馬に乗っていきたいですわ」
セファルが、乗馬が苦手なことを知っての発言だ。
ぴたりと足を止めて振り返った王子の表情は案の定、眉が顰まっていた。
そのまま彼は、シオンの上から下までを眺め、またシオンの顔まで辿った。
その視線に何故だか落ち着かなくなったシオンは、虚勢を張って顎を上に向けて言った。
「何ですの」
すると王子は、困った顔で微笑むと言った。
「その格好で、ですか?」
シオンは改めて自分の服を見下ろした。裾のふくらんだ着飾ったドレスは、どうしたって馬に跨ることが出来ない。
「もちろん、着替えますわ。乗馬服に」
結局、シオンは彼に当初の予定通り、部屋まで案内され、乗馬服に着替え扉を出ると、彼もまた乗馬服の格好で廊下の壁に寄りかかって待っていた。
シオンは、彼の礼服姿を見て、噂通りの外見だと思っていたが、乗馬服姿もまた違うワイルドな雰囲気を纏い、格好良い人だと思った。
しかし、この外見に騙されてはいけない。
この後の乗馬の腕を見て、どんな嫌味を言ってやろうかと、シオンは笑顔の裏で考えていた。
しかしそのあては大きく外れてしまった。
彼の手綱さばきは完璧だった。途中、シオンは並足を、かけ足に換えた。これでもマダル国で毎年行われる馬術大会では、常に入賞をしている腕前なのだ。しかし、全速力で駆けたシオンの馬に彼はなんなくついて来ると、彼はそんなシオンの行いに、
「何を考えている! どれだけ馬の負担になると思っているんだ!」
そうシオンをきつく叱った後、シオンの乗っている馬の蹄を確認していた。
シオンはその様子に初めて、この石畳でのかけ足は馬の蹄を痛める行為である事を知り、「ごめんなさい」と情けない気持ちでいっぱいになり、目頭が熱くなった。
そんなシオンの様子に、王子は眉を顰めると、
「君の国は大体が土で舗装されているからな。知らなくて当然だ。言い過ぎたようだ。すまなかった」
と逆に謝られてしまい、シオンはさらに落ち込んだ。
しかし、馬から降りて、ショッピング通りを歩くうちに、シオンの気分も上昇した。
さすが世界有数の大国の中心部だけある。
様々な商店が軒を連ねている。
中でもシオンが驚いたのは、目の前にある高層建ての大きなレンガの建物の中が、すべて洋服店だけで構成されていた事だった。
階段の昇降口には、籠屋が待機しており、チップを払えば、上下階に移動してくれる。
シオンは面白そうだと、乗ってみたが、思ったより揺れて怖いし、普通に階段を登った方が早かったので、一度で十分だった。この乗り物は、ドレスで着飾ったご婦人向け、もしくは体力の無くなったお年寄り向けだと悟った。
そうして浮かれていたシオンだったが、当初の目的を思い出し、それを実行した。
シオンは王子に
「何かプレゼントをしてくださるかしら」
と笑顔で聞くと、彼は
「喜んで。好きなのをどうぞ」
と頷き返した。
シオンはお礼をいうと、辺りを見回し、とても高級そうなブティックに入った。
シオンは入って早々店員に、
「この棚のここからここまでを頂けるかしら?」
と、高飛車な口調で言った。
そして、店員が驚いた顔をして、シオンを見たあと、背後に立つ見目麗しい男性を伺いみると、彼は店員に頷き返した後、事も無げに
「この店の商品が気に入ったなら、店ごと買い占めることも出来るけど。どうする?」
とシオンににこりと笑顔で言った。
シオンは青い顔をして「結構ですわ」と震えそうな声を抑えながら言い返すのがせいいっぱいだった。
そして、ちらりと今自分が買った服の値札を見たが、ゼロがひとつ多いのではないかというものだったので、シオンはどんどん服を包み始めた店員に向かって、
「やっぱり、今包んだだけにして!」
と叫んだ。
そして、時間が止まったかのような店内の中、シオンは眉を顰め、消え入りそうな声で
「気が変わったの」
と呟いた。
王子は薄く笑みを見せると、店員に向かってすまなそうに
「だそうだ。もう少し早く包んでいたら、売り上げが伸びたのにな。残念」
と言うと、早々に店を飛び出したシオンの後を追った。
追いついた王子が手ぶらな事にシオンは気付くと、
「買った物はどうしたの?」
と首を傾げた。
王子も首を傾げてから、ああ、と一旦考え込んだ後、何か口にしかけたが、また口をつぐんで目を閉じてから、
「買ったものは、直接城に配達してもらうんだ。荷物になるからね」
と諦めたような口調で言った。
そんな彼の様子にシオンは、少し考えたあと、言葉を選ぶように、ゆっくり言った。
「私は環境の違いに、劣等感は感じないたちなの。だから、気にせずこちらの常識を正直に教えてほしいわ。そうしないと、後でまた疑問に思ってしまうもの。知らないより、知らない「まま」でいる方が、恥ずかしいことだわ」
シオンの言葉を色の無い表情で聞いていた王子は、突然破顔をして口元を緩めて笑った。
「了解。姫君のお気に召すままに」
シオンは完全にからかわれていると感じ、むっとした顔をすると言った。
「そのセリフは、騎士の言葉だわ」
すると彼はにやりと笑った。
「どんな人物も、大切な人の前では、騎士でありたいものですよ」
シオンはその女性慣れした物言いに、少しでも気を許したら駄目だという気持ちを新たにした。
その後、さすがに長旅の後の強行軍に疲れ果てたシオンは、帰りの際、いつの間にか彼が用意した馬車に乗ることを拒まなかった。馬車の中で、いくつか王子に政治的観点をついてみたが、彼がとても世界情勢に詳しいことが分かった。逆に、王子の話にシオンは感心することもしばしばだった。
部屋に帰ると、待ち構えていた侍女に捕まった。
「どうでした、セファル殿は?」
「お噂通りの見た目でしたけど、やはり他も噂通りのお方でした?」
「見事、悪女を演じきれました?」
次々と質問責めにあうシオンだったが、彼女たちに対して、シオンは肩をすくめてみせた。
「・・・どうも、噂通りとはいかないみたい。乗馬だって上手かったし、政治論も完璧だったわ。頭の回転もいいみたい。噂通りだったのは今の所、女性の扱いに関してだけだわ。一体、なぜあのような噂があったのか信じられないくらいよ。それに・・・」
そこでシオンは言いよどんだ。これは侍女たちにも話すことなど出来ない。
彼の持つその行動、雰囲気は、ある人物を思い出させられるのだ。
侍女たちは首を傾げて言った。
「私たちも、色々と宮内で調べてみましたの」
「でも、出てくる話は、お噂と大差ないものばかりでしたわ」
ねえ、と彼女たちは口々に言い合った。
「ただ、新たに手に入れた話ですと、この婚姻もまんざら悪いものではありませんよ」
「一番上の王子は、心優しく、非常に博愛精神をお持ちのお方で、国民に慕われていますが、病弱でもう嫡子を産むことは出来ないそうなのです」
「二番目の王子は、次期国王と謳われるお方で、非常に博学で理知に飛んだ人物なのですが、男色家だというお噂ですわ」
「そして三番目の王子は、王としての器はどうかと思いますが、確実に世継ぎを誕生させてくれるでしょう」
「「「つまり」」」
三人の侍女は声を揃えて言った。
「シオン様のお子が」
「将来オランドール国の」
「国王となるのです」
そこまでいうと三人は突然、力を抜いて言った。
「ただ、ダメ王子の妃よりもっと姫様には、良いお相手がいると思いますわ」
「私も同感です。セファル王子は、まるで我が国のドロル伯をさらに悪くしたダメ男の見本市のようなお方ですもの」
ドロル伯爵は、我が国で伝説となっているヘタレ貴族である。それまで代々続いた名家を、たった一代で没落させた人物として有名だ。シオンは、セファルがドロル伯爵に例えるほど、ひどい人だとは思えないと思ったが、口に出すのは止めておいた。
「とりあえず、計画通り、なんとか嫌われるよう努力するわ」
そう言ったシオンだったが、心の中は不安でいっぱいだった。
たった一日で、彼に持つ印象がこんなに変わってしまったし、なんだか上手く悪女を演じきれていない自分に気付いていていた。
そして、王子はあまりにも彼と似ている。
(うまく王子と距離を取らないと)
シオンは、胸のロケットをぎゅっと握り締めた。
しかし、次の日もそのまた次の日も、午後のひと時を王子と過ごすうちに、シオンは彼に惹かれていった。
彼はシオンがどんな悪女ぶりを見せても、それを軽くいなしてしまうし、彼自身がそれを楽しんでいるような節があった。
シオンは思い切って王子に疑問をぶつけてみた。
「どうしてそんなに寛大でいられるの?」
すると王子は首を傾げてから、
「そう見えますか?」
と逆に聞いてきた。
「ええ、とても。あなた、私の我侭に全然へこたれないんですもの」
眉を顰めて言ったシオンに、王子は笑っていった。
「私には、姉も妹もいますからね。彼女たちに比べたら、あなたのいう我侭など、我侭の内に入りませんよ。それに」
そこで意味深に言葉を切った王子はシオンに顔を近づけて言った。
「私に嫌われたいのなら、もっと嫌な女性を演じないとね」
シオンは背中に嫌な汗がつたるのを感じながら、
「・・・いつから気付いていましたの」
「さあ? いつからでしょう。とにかく、私から破談を申し立てることはありませんよ。他の手を探されては?」
「ご忠告ありがとうございます。一応、胸に留めておきますわ」
そうは言ってみたものの、シオンの頭の中には、他の手など思いつきもしなかった。




