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料理下手な私が、手違いでS級パーティーの調理師になりました。  作者: La Mistral


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第一話:暗黒のネバネバ大惨事

 「えっ……? 『調理師』、ですか……?」


 冒険者ギルドの受付で、私は自分の耳を疑った。


 私が応募したのは、薬草をすり潰してポーションを作る地味な『薬師メディック』の枠だったはずだ。しかし、ギルド職員が差し出してきた契約書には、最高位であるS級パーティーの【専属調理師】と、くっきりと大文字で書かれている。


 私の汚すぎる文字のせいで、『薬師』が『調理師』に誤読されて登録されてしまったのだ。


 「よろしく頼む! 我がパーティー『鋼鉄の嘶き』――通称『バカの集まり』へようこそ! 君のような命知らずな調理師が来てくれて助かる!」


 目の前に現れたのは、身の丈を超える巨大な斧を背負った、筋肉の塊のような大男だった。彼こそが国を救う実力を持つトップ冒険者でありながら、頭のネジが全員外れていると噂のリーダー、ガイルさんだった。圧倒的な熱量に気圧され、私は「料理なんてまともに出来ません!」という真実を、どうしても言い出せなくなってしまった。


 こうして私は、致命的な料理下手な身のまま、過酷なダンジョン遠征に同行することになってしまったのだった。


 遠征三日目のキャンプ地。


 私の目の前には、おぞましい【大惨事】が広がっていた。


 「どうしよう……お豆を完全に腐らせちゃった……!」


 みんなのために大豆に似た魔界豆を煮ようとしたのだけれど、辺境の薬草調合師だったじいちゃんの「豆を煮るときは目を離すな」という遺言をうっかり忘れ、居眠りをしてしまったのだ。


 慌てて飛び起きたときには、鍋の水分は完全に消え失せ、あろうことか、そこらへんに生えていた藁の干し草が鍋の中にドバドバと落ちて混ざってしまっていた。


 バレたら絶対にクビだ。最悪、この危険なダンジョンの奥地に置き去りにされる。


 そう恐怖した私は、ひとまず中身を木樽に隠し、数日後にこっそり捨てようと計画した。


 そして今日が、その数日後だった。


 おそるおそる樽の蓋を開けた瞬間、私はその場にひっくり返りそうになった。


 「う、嘘でしょ……!? なにこの匂い……!」


 ツンと鼻を突く、まるで一ヶ月くらい洗っていない足の裏のような、凄まじく強烈で不気味な異臭。おまけに、お玉で恐る恐るすくい上げてみると、お豆のまわりにドロドロとした怪しい白い糸がまとわりつき、持ち上げれば持ち上げるほど蜘蛛の巣のように際限なくネバネバと伸びていくではないか。


 「完全に禁忌の呪い物質になっちゃってる!! どうしよう、終わった、絶対に処刑される……!!」


 私が樽を抱えて涙目でガタガタと震えていると、ダンジョンの最深部で魔獣をボコボコにしてきた『バカの集まり』の面々が、お腹を空かせた様子でドカドカと戻ってきた。


 「おいルリ、飯はできたか! ……ん? なんだこの凄まじい邪悪な気配は!?」


 ガイルさんがピクリと鼻を動かし、途端にその鋭い眼光を鋭く尖らせた。


「おいお前たち、武器を構えろ! 周辺に未発見の暗黒系魔獣、あるいは魔王軍の特級毒ガス兵器が潜んでいるぞ!」


 「うおお! 確かに目がチカチカするほどの邪悪な臭気だ!」


「ルリ、危ないから俺たちの後ろに隠れていろ!」


 魔法使いの男の子や軽戦士の女の子までが、本気で剣を引き抜き、呪文を唱え始める。


 あまりの騒ぎの大きさに、私は恐怖で涙がボロボロと溢れ出してきた。もう誤魔化しきれない。


 「ご、ごめんなさいーっ! 敵じゃないんです! 私がお豆を煮るのを失敗して、腐らせて、糸を引く呪いの塊にしちゃったんです! ギルドに迷惑をかけた責任をとって、今すぐ私がこれを全部食べて消えますからっ!」


 私は処分される覚悟を決め、樽の中からネバネバと糸を引く暗黒の豆をすくい、そのまま白米の代わりに炊いていたカチカチの麦飯の上に乗せ、口に運ぼうとした。


 「待てーーーいっ!」


 ガイルさんが、私の手から猛烈な勢いでスプーンをひったくった。


 「そんな危険な暗黒物質ダークマターを、うら若き女の子に食べさせるわけないだろ! 毒見なら、この俺の鋼鉄の胃袋が担当する!」


 「あ、危ないですから止め――」


 私の制止など聞く耳を持たず、ガイルさんは男気あふれる顔で、ネバネバの豆を麦飯ごと豪快に口の中へ放り込んだ。


 「が……っ!? ぶ、ぶはっ……!?」


 一口入れた瞬間、ガイルさんの顔が苦悶に歪み、全身の筋肉がガタガタと震え出した。


(終わった、トップ冒険者が私の腐った豆で死んじゃう!)と私はギュッと目を瞑った。


 しかし、数秒経っても倒れる音は聞こえない。


 恐る恐る目を開けると――ガイルさんは、信じられないほど目をギラギラと見開いたまま、石のように硬直していた。


 「……ガ、ガイルさん……?」


 「――なんという、圧倒的な破壊力だ」


 ガイルさんの声が、地を這うように低く震えている。


 「口に入れた瞬間は、強烈な臭気が脳の髄まで突き抜けて気絶するかと思った。だが、噛めば噛むほど……大豆の凝縮された濃厚な旨味と、未知の発酵によるコクが爆発する! それに、このネバネバの糸……喉を通った瞬間、体内で滞っていた魔力の循環が、凄まじい勢いで活性化していくぞ……!?」


 「へ……?」


 ガイルさんは、私の制止も聞かずに、ものすごい勢いで樽から直接ネバネバの豆(※ただの納豆)をすくい、飯に乗せて貪り食い始めた。


 それを見た他のパーティーメンバーたちも、「おい、ガイルがこんなに夢中で飯を食うなんて初めてだぞ!?」と驚愕しながら、我先にとスプーンを突っ込む。


 「美味すぎる! なんだこれ、臭い、美味い、臭い、でもスプーンが止まらない!」


「おい見ろ! このネバネバの糸を引けば引くほど、すり減っていた魔力が全回復して筋肉がパンプアップしていくぞ!!」


「すげえ! 彼女は料理下手なんかじゃない! 料理の見た目と匂いをあえて最悪にして敵を油断させ、口に入れた瞬間に最強の戦闘バフをかける『天才的な軍事戦術家』だ!!」


 「ふぇぇ……?」


 呆然とする私をよそに、大樽いっぱいにあった納豆は一瞬で空っぽになった。


 ガイルさんは鼻息を荒くしながら私の両肩をがっしりと掴み、真面目な眼差しで私を見下ろした。


 「ルリ……君は、見たこともない未知の発酵魔術で、戦士のポテンシャルを極限まで引き出す『伝説の聖調理師』だったんだな。このネバネバこそが、俺たちの魔力を繋ぐ絆だ。安心しろ、君のような至宝は俺たちが命に代えても守る。一生、俺たちの側でその神技の腕を振るってくれ!」


 「ち、違います、本当にただの失敗で――」


 「謙遜するな! さあ、明日からも毎朝この『暗黒ネバネバ豆』を作ってくれ!」


 こうして、私の「大失敗作」は、異世界の脳筋エースたちの胃袋と理性を完全に狂わせてしまったのだった。

 それから一週間。


 毎日喜んで納豆をかき混ぜる『バカの集まり』だったけれど、重大な問題が発生した。


 あまりにもその匂いが強烈すぎて、拠点の宿屋から「魔術テロの疑い」で強制退去処分を食らい、ギルドの他の冒険者たちからも「あのパーティーは毎朝、禁忌の暗黒儀式をしている」と通報されて大騒動になってしまったのだ。


 「ルリ、すまない……っ! 君の神のネバネバは強大すぎた。この国はまだ、君の次元に追いついていないんだ。周囲の嫉妬(※ただの苦情)から君を守り切れない俺たちの力不足を許してくれ……!」


 ガイルさんは涙を流しながら、最高級の金文字の推薦状を私に手渡した。


 「やっぱり私の作った腐ったお豆のせいで、大迷惑をかけて怒られて、クビになっちゃったんだ……」


 私は激しく落ち込みながら、荷物をまとめて次のパーティーの元へと旅立つことになった。私の料理下手による大惨事の旅路は、まだ始まったばかりだった。

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