38, 助けるために
朝食を作っていたら魔物の鳴き声が聞こえてきた。窓から外を見てみると、街の方角に魔鳥が飛んでいるのが見えて、クロエは慌てて家を飛び出した。箒と間違えてお玉を握ったまま。
(本当に何が起こっているの?)
街の上空で静止して見回すと、街のあちこちに魔物や邪があふれかえっており、ところどころで住民の叫び声が聞こえる。クロエは闇魔法で邪や魔物を一纏めに自分の影に押し込んで後でゆっくり殺すことにした。
取り残しがないか見ているとふと、大通りの真ん中に佇みこちらを見上げるアイリッシュを見つけた。右手に剣を持っていることから邪や魔物と戦っていたのかもしれない。
(大丈夫かな。)
「アイリッシュ」
飛ぶのを止めて彼に近づくと、彼の状態がよく見えた。彼の左肩に大きな歯形があり、そこからパタパタと血が垂れていた。それは彼の足元で小さな水たまりを作っていて、彼が全然大丈夫じゃないことを視覚的に訴えている。
「クロエ、怪我はしてなさそうね。良かったわ。ありがと⋯⋯」
「アイリッシュ!?」
彼は私を見るとホッとしたように微笑んでその場に倒れた。
「アイリッシュ、アイリッシュ、大丈夫、ではないですよね。じゃなくて、私の声が聞こえますか?」
彼の傍に座り込み声を掛けるも返事はない。一瞬だけ嫌な未来を想像してしまったが、クロエは頭を振って意識を切り替えた。目視できるケガは肩のそれしか無い。服はところどころ白いし濡れているので、色が黒いわけではなくて全て魔物の返り血だろう。
病院や教会なら治せるだろうが、襲撃で壊れている可能性がある。
(森の家なら傷薬になる薬草を植えてる。)
「誰か、彼を運ぶのを手伝ってください。」
クロエは遠目にこちらを見ている人々に声を掛けたが、皆目をそらすか、どこかへ逃げるかばかりで誰も助けに来る様子は無い。
(やっぱり、期待するだけ無駄だ。)
人間なんてそんなものだ。助けてもらっても、その事実から目を逸らす。
「待ってて。」
クロエは彼の右腕の間に自分の体を潜り込ませ立ち上がる。意識のない成人男性の重さにすぐに限界がきそうだと思いながら家の方へ歩き始めた。
(私が黒髪じゃなかったら、みんなはアイリッシュを助けるのを手伝ってくれた?)
歩く度に彼の血が飛び散って、クロエの中に焦りが生まれる。早く帰りたいのに、帰れないことへの苛立ちが募る。
(私がいるから、彼に住民が近づけなかった?)
それらが自己嫌悪を呼び、不甲斐なさを思い知る。
「絶対死なせない。」
「嬢ちゃん!」
向こうの道から荷車を押す男性が走ってくる。
「これで運べないか?どこまで運ぶ?」
「⋯⋯、アイリッシュを、私の家まで。」
「よっしゃ!やるぞ。待ってろアリス。」
「アリス?」
「こいつのあだ名だ。」
「あの、アイリッシュを助けたい。だから。」
か弱い声しか出なかった。金髪の男性はそれを聞くと「俺はパトリックだ!後ろから荷車押してくれ。」と言ってアイリッシュをその中に寝かせた。
(アイリッシュの友人が来てくれた。アイリッシュを早く家に運べる。助けられる。)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今日もだいたい時間通りにできました。