72 引っ越し
引っ越しの日が来た。
アーネストはヴィラージュ城に集まっている人々を見渡した。
「個人的な事情もあり、私はヴァルールにも住む家を借り、二つの拠点を行き来することになった」
領主がいないことを不安に思う者もいるかもしれない。
しかし、アーネストが来る前は領主が不在の状態が長く続いていたが、それでも人々は力を合わせてきた。
その強さを思い出してほしいとアーネストは呼びかけた。
「現在は種族を超えて力を合わせている。これからもみんなで頑張っていこう」
「頑張ります!」
「余裕だよ!」
元気よく答えたのはウサギ族が住む地区長のモンウィーと猫族が住む地区長のプリメーラ。
「ヴィラージュの状況は安定しています。都市計画が行われ、長きに渡る種族間の認識違いも解決しました」
アーネストは領都とその周辺にある村をレイディンの計画に沿いながら区画整理を実施、領都としてまとめることにした。
そして、大都市になった領都の範囲を人間以外の種族がヴィラージュだと思っている草原地帯に設定。
それ以外の部分は中立地帯としての共有地とし、フォレスト・エルフやドワーフ族が主張する縄張りについては都市国家同等の自治区にした。
この決定は曖昧だった各種族の主張をしっかりと反映し、対等な関係を築きながら相互理解を深めていくための時代へ突入したことを意味していた。
ウサギ族や猫族も都市国家同等の自治区を作るかどうかの提案を受けたが、人口が少ないことや生活水準が向上しにくいこともあり、領民として保護を受けた方が得だと判断した。
「法ってやつもできたし、安心して人間たちと一緒に暮らせるよ」
アーネストは新たに種族の違いによる差別を禁止する領法を作り、ヴィラージュ領民が種族に関係なく同等の権利を持つことで、人々が平等や公正といった価値観を強く共有できるようにした。
「セリーヌも頼んだ」
これまではエアリスがヴィラージュとフォレスト・エルフの間を取り持つ役目をしていたが、エアリスはアーネストと共にヴァルールへ行ってしまう。
そこで後任としてセリーヌが選ばれた。
セリーヌはツリーハウス地区長兼ヴィラージュ森林警備隊長も兼任することになった。
「少しずつ魔物の発見数が多くなっている。フォレスト・エルフの協力が必要不可欠だ」
「任せてくれて構わないわ」
ヴィラージュに住む人間は魔物と戦う術として武器と火を使う。
フォレスト・エルフとしては火を使う戦闘は喜べない。そこで火を使わないための魔物討伐に協力することを了承していた。
「夜間は灯りとしての火が必要になる。それだけは見逃してくれ」
「そのぐらいわかっているわ。フォレスト・エルフも夜間は火を使っているのを知っているでしょう?」
「だが、最低限だ。人間は視力がよくない」
「わかっているわ。もう行きなさい。あの魔物が暴れないかのほうが心配だわ」
城の敷地にはアーネストが召喚した飛竜がいた。
アーネストは飛竜で通勤することから、自分の乗る飛竜については人々に公開し、使役している魔物であることを教えることで安心させることにした。
「大丈夫だ。凄腕の調教者によって完全服従している。魔力を食べることに慣れてしまっているせいで、保有者の魔力以外は欲しがらない」
「そうなのね」
「魔物も美味しいが好きだ。まあ、召喚士だからこそできることではある」
「アーネストが召喚士だなんて思わなかったわ」
「回復魔法が得意であれば、白魔導士と言えるのだが……」
「話が長い」
エアリスは我慢できなくなった。
「ここで時間を食うと、向こうに到着してからの時間が少なくなる」
「そうだった。では、数日後に戻る!」
「はい! どうかお気をつけて!」
「毛皮を高く売ってきておくれよ!」
「新しい植物を楽しみにしているわ」
「がっぽり稼いできてください!」
「わかった! 領主としてみんなの期待に応えられるよう努める!」
アーネストはヴィラージュとヴァルールを行き来することによって、ヴィラージュ領の生産品を売りに行き、珍しい品を持ち帰る輸送業を担うことにもなっていた。
アーネストとエアリスを乗せた飛竜が浮かび上がった。
「行って来る! 出発だ!」
目指すは魔境の中にある大都市ヴァルール。
「どのぐらいかかるのだろうか?」
エアリスは初めて飛竜に乗る。
ヴァルールまでどの程度かかるのかわからなかった。
「加速魔法をかけているせいで意外と早い。ただ、飛竜は老体だ。緊急事態以外は飛竜のペースに任せて飛んでいる。速度を上げるような指示は出さない」
「そうなのか。というか、命令で速度を上げることができるのか?」
「魔力次第だ。エサをやると元気もやる気も出るだろう? 回復魔法もかけるとより効果的だ」
「なるほど」
「空の旅を楽しんでいるかな?」
二人の後ろから声がした。
「ジス!」
「いつ頃来るのかわからないから、様子を見にきた」
ジスは微笑んだ。
「飛竜に乗ると風を感じられる。とても心地良いけれど、今日は引っ越しで忙しい。転移魔法で移動した方がいいと思ってね」
「わかる。だが、飛竜に乗れるなんてすごい。私は飛竜に乗っていきたい」
エアリスは飛竜に乗る体験に興奮していた。
「いつでも乗れるよ。私だって飛竜を持っている。ヴァルールの住居は飛行許可がある場所だ。毎日飛竜で散歩することだってできるよ」
「飛竜を持っているのはアーネストとジスだ。私は持っていない」
「召喚魔法を覚えればいい」
「そんな暇があるなら錬金術をしたい」
「ヴァルールに早く到着すれば、さまざまな素材がある市場を見にいく時間も多くなる」
「それは……迷うな」
エアリスは考え込んだ。
「カレーを食べられる店もあるよ? 昼食として食べたいなら、早く行かないと人気だから店が混雑する」
「むう」
「夕食はミントが用意してくれている」
アーネストが言った。
「引っ越しの日にはそばという植物から作ったものを食べたり、隣近所に配ったりすると縁起がいいと旅人から聞いたそうだ。そこで、夕食は全員でそばを食べることになった」
「そばを食べたい」
「私はその旅人に会ってみたい」
「どちらにも同感だ。まあ、ジスが早くエアリスをヴァルールに連れていきたい気持ちはわかる。気が変わらないか心配なのだろう?」
ジスは答えない。
だが、図星だった。
「私はかなりの覚悟をして町を出た。絶対にヴァルールに行く。さまざまな素材が多くある市場を見たい。金も用意した。リオンが仕分けてくれた」
「ヴァルールの物価は高い。小銭だとたくさんは買えないよ」
「薬もたくさん作ってきた。売れるといいが」
エアリスはヴァルールで薬を売るつもりだった。
「大丈夫だよ。私が所有している施設で売れば必ず儲かる」
ヴァルールには魔物討伐者用の薬を扱う店が多くあるが、美味しい薬を扱う店はない。
美味しく飲めるエアリスの薬は絶対に売れるとジスは確信していた。
「屋敷には大爆発が起きてもびくともしない錬金術用の作業場があるし、多種多様な素材を収納できる素材室もある。早く見せたい」
「飛竜に乗る経験も楽しみたい」
「アーネスト、もっと速度を上げてほしい」
ジスはエアリスを早くヴァルールに連れていきたくてたまらなかった。
「景色を楽しめなくなる。友人との会話を楽しむ時間も減ってしまうがいいのか?」
「よくない」
エアリスが答えた。
「このままでいい。私は空の旅を楽しみたい」
エアリスはそう言うと魔法の袋から袋を取り出した。
「いいものをやる」
渡された袋を開けたジスは眉を上げた。
「森イチゴか」
「ヴィラージュで株分けをして栽培することになった。好きだろう?」
「ヴァルールへ行けば美味しい果物が多くある」
「この森イチゴは特別だ。食べろ」
「エアリスが食べればいい」
「これはジスにやる分だ。私は自分の袋から食べる。受け取れ」
ジスは袋を受け取ると、森イチゴを一粒食べた。
「酸っぱい」
「甘そうなものを選べ」
エアリスは自分の袋を取り出すと、森イチゴを食べた。
「甘い」
ジスは袋をじっと覗き込むと、森イチゴを食べた。
「……水っぽい」
「ジスは本当に見る目がない。森イチゴを見分けられないようでは、良い素材かどうかを見分けられない。よくそれで行商ができるな?」
「行商の醍醐味は交渉だよ。森イチゴも扱っていない」
「関係ない。ただの言い訳だ」
エアリスはそう言うと、袋をじっと見つめて森イチゴを取った。
「これは美味しい。食べてみろ」
ジスはエアリスの選んだイチゴを口に入れた。
とても甘い……。
やはりエアリスはすごいとジスは思った。




