43 ミントの悩み
乾いた皿を片付けていたミントは、ため息をついた。
「どうしたにゃ?」
キティが見上げながら尋ねた。
「何でもないです」
「嘘にゃ」
ミントはため息をついた。
「レイディンとセレスティーナのことだ」
布巾を洗っているリオンが言った。
「気にしなくていい。ミントのせいじゃない」
「リオンは優しいですね」
ミントは立ち上がった。
「そろそろお茶を淹れます。新しい花茶にしますので」
「味見にゃ!」
キティは嬉しそうに自分の椅子まで行くと座った。
「いいにゃ!」
「準備は急ぎますけれど、ゆっくり淹れた方が美味しくなりますよ?」
「ゆっくりにゃ!」
「キティは優しいですね」
「食い意地が張っているだけだ」
布巾を干したリオンも自分の席へ向かった。
「ミントには正直に言う。二人が昼食を食べに戻らないのはいいことだ。興味のあることが見つかって行動範囲が増えた。いろいろな食事を食べるほど知識も増える。作る量も洗い物も少なくなる。ミントと僕の負担が減る」
「リオンは何でもお見通しって感じですね」
ミントはセレスティーナとレイディンが朝食を食べるとすぐに出かけてしまい、夕食まで戻らなくなったことを気にしていた。
「ミントは頑張り過ぎだ。昼食はもっと簡単でいい。アーネストもその方が楽だ」
「アーネスト様も?」
花茶を淹れたカップを置きながら、ミントは尋ねた。
「忙しい。昼食までに戻るのは大変だ。ミントが頑張って料理を作るほど、戻らないわけにはいかなくなる」
アーネストが昼食に戻る時間が遅くなっていた。
忙しいことはわかっていたが、自分のせいで無理をして戻っているのだということに、ミントはようやく気づいた。
「すみません」
「謝らなくていい。食事を作ってくれて、全員が感謝している。でも、ミントには薬師の仕事もある。昼食は各自で取ることにすればいい」
「でも、私は食事担当です。手抜きだって思われたくないです」
「思わない。アーネストはミントが凝った昼食を作るようになったせいで心配している。レイディンとセレスティーナが戻らないせいだと思っているけれど、二人に昼食を食べに戻れとは言えない」
「アーネスト様にそう言われたのですか?」
「僕から聞いた。気にしていそうだった」
「さすがアーネスト様の子どもです。本当にリオンは優しいです」
ミントは気持ちを落ち着けるために花茶を飲んだ。
「冷めてきましたけれど、キティはよーくふぅふぅしてくださいね」
「わかったにゃ」
キティはふぅふぅしながら、ちょっぴりだけ花茶を飲んだ。
「うまにゃ」
「良かったです」
「ミントも気になることがあれば僕に話してほしい。直接言いにくくても、僕からアーネストやレイディンたちに伝える」
「じゃあ、正直に聞きますね。私の作る食事ですが、美味しいですか?」
「とても美味しい」
「飽きていませんか?」
「全然飽きていない」
「本当に?」
「嗜好差はある。種族も違う。でも、僕はミントの作る食事が好きだ。一番美味しい」
「良かったです」
ミントは安心した。
「セレスティーナ様やレイディン様が戻らないのは、私の食事が美味しくないからとか、飽きてしまったのかなと思って……凝った料理を作ってみました」
「そうだったのか」
「私の料理はちょっと変わっているって言われます。美味しくするために工夫していたつもりでも、他の人には合わないのかなと」
セレスティーナやレイディンは高貴な身分。一流の料理人が作る食事を食べ慣れている。
庶民の料理は好まない。自分とは違う味覚かもしれないとミントは思った。
「アーネストもミントの食事が好きだ。大丈夫だと思う」
「でも、アーネスト様は優しいです。前に失敗した時も、美味しいって言って食べてくれました。だから、不味くても言わないかなと思って」
なるほどとリオンは思った。
「僕からこっそり聞いてみる。本当はどうなのか」
「お願いします」
「僕からも話がある」
「何でしょうか?」
「キティが一人で留守番をできるように練習させたい。昼食用のパンと水を用意して、薬師の仕事に行ってほしい。僕も外出する。仕事を探そうと思っている」
「それはちょっと……まだ幼いですし」
「猫族の村では、子どもだけ残して出かける。人間と猫族は違う。このままだと、キティは弱くて何もできない猫族になる」
猫族には猫族のやり方があるというのはミントにも理解できる。
だが、ミントの感覚からすると、キティを一人にするのは心配だった。
「でも、キティがお店の手伝いをしてくれるのも助かっていて」
キティは椅子に座ってお絵描きをしたり、絵本を読んだり、本をペラペラして遊んでいる。
誰か来たら教えてくれれば、それまでは別の部屋で作業ができることをミントは伝えた。
「キティ、留守番と店番、どっちがいい?」
「お店にゃ! お手伝いするにゃ!」
「ありがとうございます」
ミントはぺこりと頭を下げた。
「少しですけれど、これからは報酬を払いますね」
「えっ」
「にゃ!」
リオンは驚き、キティは目を輝かせた。
「お仕事にゃ!」
「僕より先に仕事を見つけるなんて」
リオンはちょっとだけショックを受けた。
「キティがお金、食材、薬草について知る機会にしようと思います」
「勉強のためか」
「私は人間なので、猫族らしいことは教えられません。でも、他のことなら教えることができます。領都に住むなら、留守番をするよりも役立つと思います」
「僕も教わりたいぐらいだ」
「リオンが一緒でもいいですけれど、報酬は微々たる額です。他の仕事の方が稼げると思いますし、将来的にもその方がいい気がします」
「わかった。取りあえず、他の仕事を探してみる。領都内の仕事を見つけたいとは思っているけれど、難しいかもしれない」
「リオンは優秀だと思うので大丈夫だと思いますけれど?」
「領都は人間ばかりいる。猫族には無理だと言われるかもしれないし、獣臭いって思うかもしれない」
「ええっ!」
ミントは驚いた。
「全然大丈夫ですよ! 獣臭くなんてありません!」
「そう? ミントは慣れてしまっただけかもしれない」
「最初から全然平気でしたよ。もしかして、よく水浴びしているのはそのせいですか?」
「臭いって言われたら嫌だなと思って」
単に水浴びが好きというわけではなかったのかとミントはようやく気づいた。
「全員かどうかはわかりません。でも、人間は猫族よりも嗅覚が鋭くないので、適度に清潔にしていれば大丈夫だと思います。むしろ、私の作った石鹸の匂いがきつくないかが気になっていました」
「ミントの石鹸は良い香りだ。キティも気に入っている」
「くんくん平気にゃ!」
「聞いて良かったです」
ミントはまた一つ気になっていたことがわかり、安心した。
「でも、個人差はある。種族の違いもある」
「そうですね」
「ミントの作るものは香りが少なくていい」
「ほのかに香るのが好きなので。でも、もっと強く香る方がいいと言われたことが何度もあります。ケチっているとか。原材料がかかる分を価格に反映しにくいので、確かにそういう理由もあるのですが」
「領都にある品は人間用ばかりだ。移住してきた猫族やウサギ族が好む香りの石鹸を作ったらどうかな?」
「あっ!」
「猫族もウサギ族も嗅覚が鋭い。お茶も同じだ。人間と違って香りは少ない方がいい気がする。材料費もかかりにくくて、儲かりやすいかもしれない」
「大名案です!」
さすがリオン、優秀だとミントは思った。
「エルフも嗅覚が鋭いですよね。エアリスにも聞いてみます!」
「それはやめた方がいい」
リオンは冷静な口調で言った。
「エアリスに限らず、エルフは香草が好きだ。臭いほどきつい香りがいいと言われる気がする」
「エルフあるあるですね……」
「良い香りだ。いつもとは違う花茶だな?」
うわさをすればとばかりに、外出していたエアリスが帰って来た。
「土産がある」
テーブルの上に置かれたのは大きな果実。
「エルフに人気の果実で、店にあってもすぐに売り切れてしまう。ミントが興味を持ちそうだと思って買って来た」
「臭い」
リオンは顔をしかめた。
「臭いにゃ!」
キティも鼻を手で覆った。
「ありがとうございます。すごく嬉しいです!」
鼻を手でつまみながら、ミントはお礼を述べた。




