15 迷子の白ウサギ
エアリスのおかげで、魔境の手前部分には凶悪な魔物がほとんどいないということがわかった。
魔境は何もしなければどんどん広がって行くが、その広がり方には順番がある。
まずは魔境独特の植物が生息域を広げ、他の植物が生存競争に敗れていなくなり、消えていく。
そうすると、魔境独特の植物と相性がいい虫が繁殖。それを目当てに小動物、弱い魔物が定住化して増えていく。
弱い魔物の数が多くなると、それを主食にしている強い魔物が増えていく。
つまり、弱い魔物が多くいる状態の内に開拓してしまえば、弱い魔物を主食にする強い魔物は奥の方から出てこない。
エルフは森を開拓しているわけでも肉食を主食にしているわけでもないが、周辺にいる弱い魔物を狩ることで強い魔物がテリトリーに侵入したり繁殖するのを防いでいることがわかった。
「木を切るのは反対だが、強い魔物が出ない場所が多くなることについては歓迎だ」
「なるほど」
「水場を知っておくのも重要だ」
エルフは森の中に湧き出る泉を生活用に使うため、汚れないように守っている。
だが、水がほしいのは魔物も同じ。
水源近くには多くの魔物が出没する。
「川の中には湖や沼に通じているものもある。現在位置を把握しやすいよう覚えておいた方がいい。ただ、川沿いに歩くと魔物に遭遇しやすい」
「釣りの時にも魔物が少しだけいたな」
「小さく浅い川で遭遇するのは弱い魔物だ。水を飲みにくる。大きく深い川は水中に大型の魔物がいる。水中に引き込まれたら命はない」
「注意しないとだな」
アーネストは付近を見回した。
「キティ! リオン! 聞いているのか?」
二人は子どもだが、獣人だけに人間以上に身体能力がある。
加えて村長に選ばれた者の家族だっただけあり、生まれた時から身を守るための英才教育を受けていた。
両親が死んだあとも、村長の座をついた長女に厳しく育てられたため、二人の戦闘能力はかなりのものだった。
「聞いている」
戻って来たリオンの手には、両耳を掴まれたウサギがいた。
「こいつ、ちょっと珍しい」
「白ウサギだ」
エアリスが答えた。
「普通の魔ウサギは茶色だが、時々白いのが生まれる。絶対に殺すな。ウサギ族の子どもかもしれない」
「ウサギ族の子ども?」
アーネストは驚いた。
「ウサギ族は人型だろう?」
「白ウサギに変化する能力持ちがいる。大人は自らの意志で姿を変えることができるが、子どもは魔力や変身能力が未熟のせいで、うまく戻れないことがある」
「そうなのか」
「これ、どっちかわからない?」
「逃がせばいいだけだ」
「待ってほしい」
アーネストが止めた。
「もしこのウサギがウサギ族の子どもだった場合、魔物に襲われてしまうのではないか?」
「関係ない。ウサギ族の子どもであれば、勝手に村へ帰る。途中で魔物に襲われても、弱肉強食の世界だ」
エルフには長命種ならではの達観した世界観がある。
だからこそ、他者に対して厳しい部分があった。
「むしろ、ウサギ族の子どもを誘拐したと間違われると厄介だ。関わらない方がいい」
「そうかもしれないが、この辺りは魔ウサギが生息していそうな場所ではない気がする」
今回、アーネストたちはエアリスの案内でいつもよりも奥側の地帯にいる。
魔ウサギがいるのはもっと手前の部分ではないかとアーネストは思った。
「我々は勝手に魔物の生息域を決めているが、魔物は勝手に移動する。たまたまここにいるかいないかの差だ」
「白ウサギなら逃がせばいい気もするが、ウサギ族の子どもだと逃がすだけでは危ない気がする。ウサギ族の村がわかるのであれば、送り届けてはどうだろうか? このウサギの処遇はウサギ族に任せればいい」
「悪くない。だが、ウサギ族の村がどこにあるのかは知らない。互いにテリトリーを犯さないようにしているため、交流がほとんどない。稀に森の中で遭遇する程度だ」
「そうなのか」
「逃がして、あとをつけるとか」
リオンが提案した。
「それでもいいが、そもそも迷っているかもしれない。奥へ行くようだと、こっちも迷いかねない」
「それはウサギ族の子どもだと思う」
突然、アーネストが言った。
「魔ウサギにしては魔力が多い気がする。不自然ではないだろうか?」
「あ」
「なるほど」
リオンとエアリスは感じられる魔力で判断すればいいことに気づいた。
「ウサギ族だとすると、その持ち方は良くない。耳を大事にしている」
「抱きかかえようとしたら逃げた」
「私が持とう」
アーネストはリオンから白ウサギを受け取り、大事そうに抱えた。
「大丈夫だ。私たちの言葉がわかるだろうか?」
すると、白ウサギはこくこくと頷いた。
「わかっているみたいだ」
「ウサギ族の子どもだ」
「一人で村に帰れるか?」
白ウサギは首を横に振った。
「帰り道はわかるのだろうか?」
またしても白ウサギは首を横に振った。
「迷ってしまったのだろうか?」
今度はこくこくと頷いた。
「迷子らしい」
「面倒だ」
「寂しいにゃ」
アーネストはキティの頭を優しく撫でた。
「キティの言う通りだ。この姿では魔物に襲われやすいだろう。付近を捜索してみよう。もしかすると、迷子を捜しているウサギ族と会えるかもしれない」
アーネストたちは付近を歩いてみるが、ウサギ族もウサギ族の村も発見できなかった。
「これ以上は無理だ。日が暮れるまでに戻れなくなる。加速魔法を使ってもギリギリだ」
「目印を残して、一旦引き上げよう」
アーネスト、キティ、リオン、エアリスは浮遊魔法で浮かび上がった。
そして、アーネストが風を操り、真四角の小さな広場を作った。
真ん中に一本だけ、ぽつんと木があるため、人工的に作られた場所だとわかるようになった。
「この程度の広場なら、いずれ元通りになるだろう?」
「この程度は問題ない」
「看板を作ろう。メッセージを残す」
白ウサギの子どもを保護している。領都まで迎えに来てほしいという内容を、木の板に刻んだ。
「領都よりもヴィラージュと書いた方が通じる気がする」
他の種族から見ると、ヴィラージュは人間が勝手に決めた縄張り、つまりは活動範囲の名称。
人間は草原に住居を構えてきたことから、草原にある城の一帯がヴィラージュだと思われていることが判明した。
「人間、草原、城と書いておけばわかるだろう。当てはまる場所は一カ所しかない」
「そうか」
アーネストは書き直した。
「よし、帰ろう」
日暮れまでに森を出なければ、夜行性の強い魔物に遭遇してしまうかもしれない。
四人と一羽?は急いで領都へ帰った。