~王都に召喚されました~
~王都に召喚されました~
3年間領地にいるはずの私に王都から召喚命令が届いた。詳細は記載されていないが思い当たる事しかない。
現在9歳の第三王子。ハイネル・ディ・カリオニア・ファー・ロンベルトを祝うパーティーがあった後の召喚だからだ。やはりマヨネーズを口にしてしまったのだろうか?ならば私は斬首刑に処されるのだろうか?
「キール。そうあわてることはない。世の中というのは何とかなるものじゃよ」
声をかけてくれたのはランベル・テル・ドカーケ。モンスター討伐で武勲を上げた私の祖父だ。長い白髪の髪を一つにまとめ白いひげ、少し伸びた白い眉が印象的だ。
武人であったのがわかるがっしりした体形をしている。年老いて見えないのはその背筋が伸びてしっかりしているからだ。
「でも、こればかりはどうしようもないかもしれないのよ」
私は自分が真っ青になっているのがわかる。「剣と魔法のストーレンラブ3」の攻略キャラであるハイネル王子はちょっと特殊だ。
まず、卵アレルギーのせいでお茶会には出てこない。社交的でないのだ。攻略の基本は料理スキルを上げて、卵を使わないお菓子を渡すことが必須だ。
ルーファス王子と同じ金髪に青い目をしているが、ちょっとひがみっぽくて扱いが難しい。第3王子という立場から政略結婚としての駒になる予定であったが、ある意味扱いが難しいと言われるロンベルト王国の最南端を治めているルークセニヤ公爵との関係構築のため、その娘、ユキシール・ネン・フォン・ルークセニヤと婚約をしているのだ。
このユキシールという子が、「剣と魔法のストーレンラブ3」の悪役令嬢ポジションだ。このユキシールは嫉妬深く、二面性があるのだ。周囲へ天使の顔を見せ、ふとした時に闇を見せる。その落差が激しいのだ。そして、ものすごく計画的なのだ。通称「嫉妬令嬢」だ。
もちろん今の私にはユキシールとの接点なんかない。ハイネル王子はアナフィラキシーショックで倒れてしまっても笑って許してくれる人だ。だが、周囲がそれを許さない。一番許さないのはこのユキシールだ。
あれ?ユキシールとハイネル王子は共に9歳だ。いつ婚約発表だったのだろう?
「その二人なら今回のハイネル王子の9歳の誕生日パーティーの時に婚約発表になりましたね」
振り返るとスティーブがそこにいた。気配なく後ろに立たないで。後独り言も拾ってくれるのはうれしいけれど、怖くもあります。
「とりあえず、すぐに王都に向かってください。側周りはアンという侍女をつけます。身辺警護はアイルだけでお願いします。ハッサムは道路整備を進めているので抜くわけにはいきません。当たり前ですがダリアをつけるわけには行きませんから。それと王都ではダリアの娘であるユーフィリアもそばに着きます。アンとユーフィリアに支えてもらってください」
スティーブにそう言われるなり馬車にぽんと乗せられた。目の前にはアイルと栗色のショートボブをした同じく栗色の瞳をしたメイド服を着た女性がいた。年齢はまだ若そうだけれど仕事が出来る感じが伝わってくる。目つきが鋭いのだ。
馬車が進みだすとアンがこう言って来た。
「キールお嬢様にはお礼を言いたかったのです。私の両親は昔パン職人でした。けれど、このドカーケでは小麦は貴重です。そんな中どんぐり粉でパンが作れると教えてくれたので両親に伝えました。試行錯誤をして久しぶりにパンが作れたと笑顔で言ってくれました。今では街の多くの方がどんぐりパンを購入してくれるようになりました。本当にありがとうございます」
アンはそう言って頭を下げてくれた。実際、どんぐり粉を作ることはできてもそこから先パンを作るのは結構難しい。
つなぎをどうするのか、水や塩などの配分など間違えるとぱさぱさになったり、おいしくなくなってしまう。
結果、ドカーケ領にどんぐり粉専門店が何店舗かできたのだ。助かったって思った。だって、私は酵母とかイースト菌とかよくわからないもの。
そして、このどんぐり粉で作られたパンで一番有名なのがこのアンの両親の店だということはスティーブが教えてくれた。
「アン。こちらこそお礼を言いたいわ。どんぐり粉を提案したけれど、それをきちんとパンにしてくれたのはアンの両親のおかげよ。いつかお礼を言いたかったの。ありがとう」
料理は私もする。けれど、日本にいた時は色々な商品に恵まれていた。パンを作りたかったらそういうキットも売っているし、イースト菌についてはこの異世界でどうしたらいいのかすらわからない。
だからこそパンはパン屋に任せるのが一番だったのだ。私はどこか抜けていて足りないところが多い。今回のマヨネーズだってそうだ。
食べたかったから作った。けれど、卵アレルギーの攻略キャラがいるのなら気を付けるべきだったのだ。だが、今さら言っても遅い。
「とりあえず、ダンデ茶を多く用意しましたが、こちらはよろしかったのですか?」
アンがそう言う。スティーブが持って行った方がいいだろうという意見で用意をした。だが、このダンデ茶はドカーケ領内ならばどれだけ消費しても問題ないが、それ以外の場所だとレッドアイ商会に納めることになっている。
「カチュアには手紙を送っているわ。ダメと言われたらカチュアにそのまま献上するから気にしないで」
カチュアは権力に逆らうことはしない。というか非効率なことはしないのだ。権力に逆らってまで何かをするなんて選択は絶対にない。レイリアなら違うかもしれない。
だが、このダンデ茶についてはレイリアにはサンプルは送ったが、基本クルル商会が仕切ることになっている。まあ、献上品として使う分は見逃してほしい。賄賂的な何かだ。
でも、ダンデ茶については失敗したかと思う事もある。レイリアはダンデ茶についてはクルル商会に任せると言っていたが、レイリアにも利権を絡めた方がよかったのかもしれない。
悩んでいても仕方が無い。これからの事を考えよう。まず、謝罪だ。今一番迷惑をかけているのは王都にいる父であるリック・テリ・ドカーケのはずだ。
家についたらまず謝ろう。そして、情報収集だ。何が起こっているのかがわからなさすぎる。一応カチュアとレイリアには手紙を送っているが、この二人が守ってくれることはないはずだ。
だって、私はトカゲのしっぽ切り要員だしね。カチュアに至っては全ての罪を私に押し付けて来るかもしれない。
でも、それは仕方がない。だって、私が配慮をしていたら防げた出来事なのだから。召喚された場合、ハイネル王子にも謝罪をしないといけない。
もちろん、王族や王城にいる方みなの前でだ。そして、命を狙ったわけじゃないことを伝えつつ罪については私だけでその他の人は関係ないと主張しよう。後はルークセニヤ公爵にも謝罪をしないといけない。
9歳のユキシールが何かをしてくるとは思えないが、その両親に謝らないといけない。謝罪を伝える場合頭を下げるだけでは許されない。
やっぱり死罪は免れないかな~死にたくないな~
でも、この世界に転生したのだってボーナストラックみたいなものだしな。そう思うようになった。だって、日本にいた時は木に挟まれて死んだのだ。死にたくないけれど、もうすでに死んだ経験があるのだ。仕方がない。そう思う事に決めた。
「お嬢様、王都のドカーケ家に着きました」
馬車を降り、屋敷の玄関にいる人を見てびっくりした。
「おそいじゃない。もっと早く来なさいよ」
「効率悪いんじゃないですの?」
そこにはレイリアとカチュアの二人が立っていた。もちろんそのすぐ後ろに両親も立って迎えてくれていたが、その表情は暗かった。
「皆さん、まずは謝罪をさせてください。私の行動で大変ご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした」
私はそう言って最敬礼の90度に腰を曲げて頭を下げた。
「キールちゃん。まずは中に入って。それからよ」
喜怒哀楽が激しいお母様が落ち着いた様子で館の中に入っていく。
「レイリア様、カチュア様。ご迷惑をおかけしました」
館に入る前に二人にも頭を下げる。
「あなたは自分の現状を理解していまして?」
レイリアにそう言われた。だが、私は首を横に振る事しかできなかった。状況が解らな過ぎるからだ。だが、思い当たることはある。このタイミングでの王都召喚。確実にハイネル第三王子についてだろう。
「はぁ。わからないのに頭を下げたのね。まあ、いいわ。説明してあげる。今回の召喚について。私も明確な答えが欲しいのです」
「私もですね。こんな非効率な事を本当はしたくないのです。でも、キールはまだ何かを持っている気がする。ここで手放すのは損と考えただけです。これは商人の勘です」
レイリアとカチュアがそう言ってくれた。そう言えば信愛度が低い中で断罪イベントを行った時のバッドエンディングの扉絵にレイリアとその仲間たちが事前に打ち合わせをしているものがあった。
これはそれなのだろうか?これから起こるバッドエンディングに向けての準備なのだろう。心臓が痛い。
「お二人ともありがとうございます」
私は頭を下げた。涙が出そうだ。
「まあ、それはあなたの返答次第よ。それでどうにかできるかどうかですわね」
レイリアが扇子をぱちんと鳴らしながら歩いて行った。キールはずっとこのかっこいいレイリア様の後ろ姿を見て学校生活を過ごしていたのだ。
ただの悪役令嬢ではない、主人公から見たら気高い完璧な令嬢。それがレイリア・ルン・フォルデ・カルディアという人物だ。改めてキールの記憶で思い出した。
椅子に座りドカーケ領から持ってきたダンデ茶を出してもらった。
「私、これ飲んでみたかったのよね。ありがとうキールちゃん」
お母様にそう言われてどきっとした。そう、今ドカーケ領では結構な量が毎日生産されているからだ。
「あなた両親に渡していなかったの?」
カチュアにそう言われて気が付いた。両親に贈答品としてダンデ茶を送っていなかったのだ。
「お父様、お母様申し訳ございません。今回幾つか贈答品用に持ってきておりますのでご使用ください」
「まあ、うれしい。キールちゃんが考えたお茶でしょ。これって何を使っているの?」
お母様それは言えません。察してください。私が沈黙で返答をしていたらレイリアが口を開いた。
「時間も限られておりますから本題に入りたいと思いますわ。でも、確認のためにキールに聞きたいの。今回の王都召喚。何が理由だと思っているのかしら?」
ずっと心臓が痛い。ゆっくり私は口を開いた。
「私が考えたマヨネーズには卵が使われています。そして、先日ハイネル第三王子の9歳の誕生パーティーでマヨネーズを使った料理が出されたと聞きました。ハイネル王子は卵アレルギーがあると聞いています。だから、その会場でハイネル王子が倒れ、私がハイネル王子の暗殺を疑われているのではと思っています。でも、誓ってそんな大それた思いは持っていません。マヨネーズはただ食事がおいしくなればいいな程度で考えて作ったんです。まさかこんなことになるなんて思っていませんでした。怖くていっぱい手紙を送りました。でも、回避できなかったんですよね」
「キール。あなた何を言っているんですか?問題はそんなことじゃありませんわよ」
レイリアがそう言いきった。私の今の問題ってもっと大変なことなの?一体何が起こっているのよ。




