魅惑の香り、その名もカレー。1
おかしいわ。
全て9歳児にいなされてしまった。
確かにカレーとガトーショコラは作りたいと言ったけど、何でエリオットに作る流れになったかは思い出せない。
約束は1週間後!らしい。
間に合うかしら。そもそも、この世界に香辛料ってどれくらいあるの?
とりあえず厨房に行ってトマスに相談しよう。
――――バンッ
部屋を出ようとしたら、ドアが勝手に開いた。こわっ。
「何っ?」
「シルヴィー!大丈夫かっ!」
むぎゅーぅ。
く、苦しい。
「アレン様、お待ち下さいっ。お嬢様はお休みに………。遅かったようですな」
はぁ。とスチュワートがため息を吐く。
スチュワート、助けて。息がっ。
「お、お兄様っ。離して」
「離すものかっ!私が側に居てやれなかったせいで、シルヴィーが倒れただなんてっ」
ギブギブ。落ちる。
「ちがっ、くるしっ……」
「んっ?
……すまない。強く抱きしめすぎたようだ」
「っぷはっ!構いませんわ、けほっ。お兄様」
「ああ、私の可愛いシルヴィア。こんなにやつれて」
それはお兄様とエリオットのせいというか……
「いいえ、お兄様にお会い出来て元気になりましたわ!」
新たな生イケメンの登場に、心踊るわ!
「なんて良い子なんだっ!
ごめんね。今回は急いで帰って来たから、お土産がこんな物しか用意出来なかったんだ」
やはり理想の兄!
心配して帰ってきてくれるだけでなく、心遣いも忘れない!
ゔっ、なんか臭うわ。お兄様から?
「お兄様、何か不思議な匂いが?」
「多分お土産だ」
匂い袋?
手のひらサイズの生成の巾着袋を指す。
「まあ、何ですの?」
「ルームメイトが持たせてくれたんだ。
妹が倒れたと言ったら、故郷の薬だって。
匂いは凄いが、良薬口に苦しって言うだろ?」
「へ、へぇ。そうですの。
でも私この通り元気ですから、お気持ちだけ」
「いや、心配だから飲みなさい。
水かミルクに混ぜて飲めば良いらしい」
本当に薬なの?
ていうか何の薬?飲んでも問題ないのかしら。
「………お兄様がそう仰るのであれば」
「ああ、そうしなさい。
夕食はまだだろう?一緒に食べよう」
一緒にご飯は嬉しいけど、なんか嫌だ。
その袋も持って行くのね…
「久しぶりに家族揃っての食事だな。
スチュワート、ワインを持って来てくれ」
「うふふ、旦那様ったら、ご機嫌ね?
今日は私も頂こうかしら」
「かしこまりました」
食事が次々に運ばれてくる。
やった、今日はラグー(シチュー)だわ。
美味しい〜っ!
シンプルな味付けが多い中で、ラグーは複雑な味わいが感じられる。
シチュー嫌いな人ってなかなかいないよね。うん。
「アレン、よく帰って来たな。疲れただろう」
「いぇ、シルヴィーの顔を見たら吹っ飛びました」
「………変わりないようで何よりだ。
シルヴィー、殿下とはどうだった。
次の約束もしたそうじゃないか」
うっ。
せっかく考えないようにしてたのに。
ラグーの美味しさが半減したわ。
「ええ、お約束はしましたが問題が」
カチャン―――…
あら珍しい。お兄様が食事中に音を立てるなんて。
「ねぇ、殿下ってどういう事?」
「そういえば言ってなかったな。シルヴィーが倒れた事に気を取られてしまった。
まだ正式ではないが、シルヴィーと殿下の婚約が内定した。
お前もそのつもりで動きなさい」
「こん、や、く?
そんなっ、何故ですか!」
―――ガタッ
立ち上がってお父様を睨む、お兄様。
睨むのは良くないけど、良く言った!
「何故って、大人と意思疎通出来て、マナー講師の覚えもいい。歳も近くて容姿も優れている。
選ばれるのは自然だろう」
お父様って親バカだったんだ。
「それは!…確かにそうですが。
可愛いシルヴィーが、あんな魔の巣窟に行くだなんて納得出来ません!」
「そう焦るな。まだこの先どうなるか分からないし、決めるのは王家であって、我々ではない。
食事が冷めてしまう、座りなさい」
「しかしっ!」
「座るんだ、アレン」
「クッ――…」
お兄様、こわ。顔が般若みたいになってる。
「―――それで?問題とはなんだね」
えっ、ここで私に振るの。
「はい、次にお会いする時にお料理をする事になったんですが、材料が手に入るか分からなくて。
どうしましょう?」
「ふむ。まず、料理をするというのは、まさかお前がやるのか?」
「ええ、私が」
「シルヴィーったら、お料理なんてした事ないでしょう?危ないわ」
あ、貴族としてとか、令嬢としてとかは気になさらないんですね。お母様。
「それは問題ありませんわ。それに危なければトマスが止めてくれるでしょうし」
「んん゛、必ずトマス監視の下でという条件で許可しよう。
で、どんな材料が欲しいんだ」
やった。
「何と言えば良いのか……香りの強い、香辛料が欲しいのですが」
「こうしんりょう?
聞いた事がないな。明日トマスに相談するといい」
「ありがとうございます!お父様っ」
「ああ。だが分かっているだろうな。
初めて作った料理は私に出しなさい」
それだけ?
「あ!ずるい、シルヴィー僕も!」
「私も食べたいですわぁ」
「あ、はい。もちろんですわっ」
「フフッ、まさか妹の手料理を食べられる日が来るなんて!
あっ、シルヴィー。食べ終わったらお薬飲もうね」
げっ。やめて、近付けないで。
凄い匂い。
「どれぐらい飲めば良いんですの?」
中身は黄色い粉末?
どこかで見覚えが。
「ティースプーン1杯くらい」
1杯って結構多い。あれ、でも近くで香るとこの香り…
まさかっ!
グラスの水に溶かして一口飲む。
うっ、この独特の風味。やっぱりウコンだわ!
カレーに必須スパイス、ターメリック。
こんなところで出会えるなんて!
だけど水に溶かしただけのウコンって、不味くて飲めないわ。