茹で卵と老人。1
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「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま。――あら、お客様? 」
家に帰ると、玄関で出迎えてくれたのはスチュワート達と知らない人だった。
彼等は何故、直立不動で使用人の列に並んでいるの。
新しく雇ったにしては、それらしくないし、お客様だったらもてなしているはずだけど……誰。
「お嬢様が朝仰っていた件ですよ」
えっ、嘘。もう調べてくれたの!
まだ半日しか経ってないけど。
さすがスチュワート、有能!
いや、調べたのは彼等だから彼等が有能なのか。
ん、何かしら。
真ん中の赤髪イケメンに、めちゃめちゃガン見されてる。
「では、改めまして。
はじめまして、お嬢様。
情報屋『猫の目』のアラタです。
そして右がアルマ、左がメルです」
アラタ。へー、この世界にも日本人みたいな名前の人いるのね。
もしかして、異世界転移とか?
なわけないか。
見た目は、まんまこの世界の人間だし。
「はじめまして。
ご存知でしょうけど、シルヴィア・フォン・ヴェルトハイムです。
たった半日で調べて下さるなんて、優秀な情報屋さんですのね」
「「「(普通、半日で出来るわけねーだろ)」」」
あれ、黙り込んじゃった。
「どうぞ、お茶飲んで下さいな。
あ、焼き菓子はお嫌いですか。お食事の方が宜しいかしら」
「あ、いえ。結構です。お茶頂きます(何で敬語なんだ、この貴族は)」
なーんか引っかかるのよねー。赤髪。
何でかしら。どこか懐かしさを感じるような。
マジか、子爵令嬢が自殺未遂で、グラビエル子爵はそれを隠して、1ヶ月弱で衰弱死?
情報量が多過ぎて無理。
でもコレで納得したわ。ジーモが事件を起こした理由が。
恐らく1ヶ月もすれば、光魔法の治療を受けられなかった令嬢は死ぬ。
間違えなくトリガーは令嬢の死。
もし、サラ夫人が彼女を第2夫人として迎えていたら、適切な治療が受けられて……違うわ。
そもそも、こんな事態にはならなかったのかもしれない。
正直、夫人の気持ちも分かるだけに、やるせないわね。
そういえば、毒は?
ジーモはどうやって手に入れたの。
「ねぇ、ジーモ様は今日どこかに出かけてらした? 」
「ええ、学園の方に」
「それ以外は? 生徒以外と会ったりしなかった? 」
「いいえ。と言っても張り付いていたわけではないので、何とも」
そうよね。
阻止出来れば良いんだけど。
買うのか、もらうのかさえ分からないから、防ぎようがないわ。
だけど原因が知れたのは大きいわね。
多分、ランドルフはこの件知らないでしょうし。
うん、素晴らしい働きだわ。
日本で探偵業でもやったら大儲けしてそう。
せっかくだから夕食も誘ってみよう。
情報屋って、興味がある響きよね。
ていうか報酬ってどうすれば良いの。相場知らないんだけど。
「ありがとうございます。とても参考になりましたわ。
せっかくですから、夕食ご一緒にいかがですか」
「「「ぜひ!」」」
お、この香りって事は、今日はカレーね。
うんうん、もてなすにはちょうど良いメニューだわっ。
「カレー」
そう! みんな大好きカレーよ!
って、え゛?
「「カレー? もしかしてコレが噂の? 」」
「まあ、皆さんご存知ですの? 」
「名前だけは。王族の方が好んで食べてらっしゃる料理ですよね! まさかお目にかかれるとは、さすがヴェルトハイム家」
噂になってるんだ。
でも、メルさんとアルマさんの反応なら分かるけど、彼は?
まだサーブもされてないのに、ほのかに漂う香りだけで分かったの?
「アラタ、お前よく分かったな」
「え、あぁー。だったらいいなーって言う願望だよ」
「へー、じゃ叶ったのね、ツいてるじゃん」
願望なんかじゃないわ。
確信を持ってた。その上で驚いた反応をしてたのよ。
え、何。もしかしてそういう事?
「アラタさん、TKGって言うお料理、ご存知? 」
「え、アレって料理って言うより、たまご――――っえ‼︎ 」
すごいわ!
言ってみるものね!
「私、アラタさんに興味が湧きましたわ。
今日はぜひ泊まっていって下さい」
「いや、あの…え゛? 」
「ね? 」
「あ、はい(コエー)」
「「アラタ⁈ 」」
「わりぃ」
その後、カレーは大好評だった。
やはり国民食カレーは偉大ね。
「さて、お話ししましょうか、アラタさん」
「だが、2人が」
「アルマさんとメルさんは、お風呂にご案内してますから大丈夫です」
「………あー、変な事聞きますけど、お嬢様って日本人だったりします? 」
ビンゴ‼︎
やっぱり彼は元日本人!
「前世はOLをしてたわ! 」
「マジか。OLって事は社会人?
俺は高校生やってました。まぁ、今19なんで、超えちゃいましたけど」
「その言い方からすると、転移じゃなくて転生したって事ね。私と一緒だわ! しかも日本人!
今まで、どうやって暮らして来たの?
参考までに教えてちょうだい」
「えぇ〜(圧がすげー)」
* * * * * *
(アラタ視点)
猛スピードで走るトラックの前を子供が横切ろうと、歩き出した。
周囲の騒めきと、母親と思われる女性の叫び声。
何の正義感からか、俺はとっさに走り出した―――――
――訳ではない。
そもそも間に合わないし。そんな判断力ないし。
しかし、ビビって硬直したせいで俺は死んだ。
結果から言うと、子供も母親らしき女性も無事な代わりに、俺だけ死んだ。
トラックの運転手がギリギリでハンドルを切ってかわしたわけだが、その先に俺がいた。
マジ、不運。
子供が無事で良かったと思う反面、赤信号で子供が飛び出さなければ、俺は死なずに済んだ。何なら、運転手も人殺しにならずに済んだ。と、思ってしまう自分もいる。
そう思ったのが良くなかったのか、目を開けるとスラム街にいた。
喉は渇くし、目は霞む。動こうにも、身体に力が入らなくて動けない。嫌な夢だと思ったが、現実だった。
そうして何日経ったのか、あるいは数時間だったのか。
1人のヨボヨボな爺さんが現れた。
爺さんはガリガリの腕で俺を抱き上げると、家に連れ帰った。
家と言うには、屋外で、ただの布切れを張っただけ粗末なものだったが、たしかに爺さんと俺にとっては家だった。
爺さんが必死でかき集めてくれた食料のおかげで、徐々に身体も動くようになり、声も出せるようになった。
読み書きは出来なかったが、言葉を教えてもらい、爺さんの後をついて行くようになった時、外国だと思っていたソコが、地球ではない事を知った。
1人で仕事が出来るまで、2年かかった。
仕事と言うより、現実を受け入れるまでにかかった時間と言う方が正しいかもしれない。
日本の暮らししか知らない俺には、とても人が生きていける環境だと思えなかったからだ。
4年が経った頃だろうか、爺さんが動けなくなった。
スラムのガキを雇ってくれる、まともな働き先などない。
だけど、街とスラム街の間にあるボロ臭い居酒屋だけは、食べ物をくれた。朝から晩まで休みなしで働いて、もらえるのが固いパン1個だけなんて、あり得ない話だけど、俺には貴重な店だった。
ある日、何の気紛れか店主が余った茹で卵を1つ分けてくれた。
卵なんて、何年も口に出来ていない。
コレがあれば、爺さんの具合も良くなるかもしれない!
取られないように、こっそり持ち帰り、爺さんに見せたら、泣いて喜んでくれた。
だけど、口と喉が上手く動かなくて、1口しか食べれなかった。
あとはお前が食べろと言う爺さんに「俺の分もあるから大丈夫だ。水があれば飲み込みやすくなるかもしれないから、待ってろ」と伝えて、店に走った。
川まで汲みに行ったら、夜が明けてしまう。
明日はタダ働きすると言えば、飲み水をきっとくれる。
「爺さん! コップ1杯どころか、瓶に入れてくれたんだ! 明日は嵐かもしれない……え? 」
爺さんがキツく身体を丸めた体勢で動かなくなっていた。
守る様に丸められた手の中に、卵はなかった。
少し離れた所で、必死に茹で卵にかぶり付く汚い子供と、女がいた。
女は俺を見ながら「その爺さんが悪いんだ」「食べないならくれと言ったのに、これはあの子のだとか言ってくれないから! 」
卵を食べる子供を、震える手で抱きしめながら女は言い続けた。
こんな事で死ぬくらいなら、卵ぐらいあげれば良かったのに。
だけど、爺さんはきっと、俺に食べさせる為に必死で守ろうとしたんだ。
「バカだなぁ、爺さん」




