新作発表会と〈祈り〉の香水。5
結果から言うと、
魔法学の授業後も、通常科目の授業の後も、誰1人として、ロイドにアドバイスをもらいにくる生徒は現れなかった。
「なんだー、シルに助けてもらおうと思ったけど、
大丈夫だったねー。
あー、人酔いしそう。
ねー、兄さんの所、連れてってよ」
この2日間で気付いたのは、アンネ様とエリザベス以外、みんな遠巻きに見るだけで、私に挨拶ぐらいしか声をかけて来ない事。
そして、3日目の今日。
ロイドが魔法学の授業後から、ずっとベッタリなせいで、アンネ様とエリザベスにさえ距離を置かれている。
一昨日の朝、リアムに「ボッチになっても知らん」的な発言をしたバチが当たったのかしら。
ブーメランで帰ってきやがった、、おっと言葉が悪かったわ。
「お嬢様、お迎えに上がりました」
「リアムぅ〜!私が悪かったわ、ごめんねっ」
バッと抱きつきに行くと躱された。解せん。
「お嬢様っ、ここはお屋敷ではありません。
しっかりなさって下さい(コソッ)」
「ハッ、ついうっかり。
ロイド様、ご案内しますわ」
さっさと会計さんに預けて帰るわよ!
「シルヴィア様、生徒会室に行かれるなら私も」
「ええ!もちろんですわ!エリザベス様」
―――コンコン
「失礼致します。お届けものでございます。
それでは、皆様ごきげんよう」
―――バタン
「えっ、ちょっとシルヴィア様っ? 」
「シルありがとー」
「シルって何だい? ロイド・フォン・ユースルン」
「あれー、殿下。お久しぶりです。シルはクラスメイトの女の子です」
「そんな事は分かっている!」
「……メディス嬢、来て早々悪いが、ジルベルトを呼びに行ってくれ。これでは仕事にならない」
「かしこまりましたわ……」
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―――
新作発表会 当日
良い天気ね。
サラ夫人を招待するには、ピッタリの日だわ。
あれから、オーベロン様による特訓のもと
ついに〈ハーバル夫人仕様ver.3〉を完成させた。
浄化作用1.5倍。
教会が喉から手が出るほどのレベルに仕上がったわ。
我ながら良い出来だから、お父様、お母様、リアムに御守り用にアロマペンダントにしてプレゼントしたの。
そして更にサラ夫人とは別に、ジーモとテレサ用に
アロマキーホルダーも用意した。
完璧だわ。
問題は、ランドルフにどうやって渡してもらうかだけ。
「お嬢様、セットアップ(*ⅰ)はこんな感じで宜しいですか?
あと、ローレヌ公爵夫人とランドルフ様にお出しする、お茶菓子と茶葉のチェックもお願い致します」
「うん、良い感じよ!
お出しするものも問題ないわ(エリオットに出すのは確認要らないんだ…)」
「さっ、みんな今日はよろしくね。
小さいサイズを4種用意しているから、終わったら持って帰って、発売前までに使いこんで」
「「「ありがとうございます‼︎ 会頭」」」
「お嬢様、ローレヌ公爵家の馬車が」
来たか!……あれ、エリオットは?
あ、もう来て下でお茶飲んでる? そう。
「ようこそ、お待ちしておりましたローレヌ公爵夫人、ランドルフ様」
「お招きありがとう、シルヴィアさん。
今日は息子共々、お世話になるわ」
病んでるって聞いていたけど、
芯がしっかりしていそうな女性ってイメージ。
たしかに目の下のくまや髪の艶のなさは気になるけど、見られない程じゃない。
簡単に他家の子供に弱みは見せないって事ね。
宰相の奥様ってだけで、どれだけのプレッシャーがのしかかっているのかしら。
「2階に新作をご用意しておりますので、こちらへ」
2階の事務室に案内すると、サラ夫人は物珍しいのか、キョロキョロと室内を見回している。
なんたって歴代の商品を飾ってるからね!
ランドルフが、夫人はファンだって言ってたもの。
魅力的な空間に違いないわっ。
「ローレヌ夫人、お久しぶりですね。
ランドルフも付き添いご苦労」
「まあ、エリオット殿下。ごきげんよう」
「やあ、エリオット。早いね(来るとは聞いていたが、何で当然のように馴染んでいるんだ。従業員だって緊張した様子がない)」
だから何故エリオットは、我が物顔で出迎えているの。
ココの主人、私なんだけど。
百歩譲ってもロベルトさんよ。
まずは、お披露目の前にお茶でもてなす。
ヴェルトハイム領の紅茶は王族御用達の一級品。
夫人も飲み慣れているだろうから、今日は特製ハーブティーを用意してみた。
領民には一般的だけど、貴族には馴染みがないはず。
同じ公爵家をもてなすとなれば、普通では評価してもらえないもの。
なんて面倒くさいのかしら。
「まぁっ、ずいぶん透き通ったお茶ですのね。
初めて見ましたわ」
「ええ、新作にも使われているハーブを入れた
ハーブティーですわ。
フレッシュなハーブが採れる、我が領ならではのお茶です。味も保証致します」
ハーブティー苦手な人も多いけど、きっと大丈夫。
オーベロン様がブレンドして作ったやつだもの!
効果も味もバッチリよ。
私が作っても同じ味は出せなかったから、特殊な何かがあるに違いない。
むしろ香水より価値があるかもしれないわ。
「―――美味しいっ。
なんだかホッとする味だわ……シルヴィアさんのようなお茶ね」
ん? それってどういう味?
美味しいって仰っているから、まあいいか。
心なしか、目元も柔らかい印象になったし、肌艶だって―――――あれ、血色良くなってない?
頬がわずかにピンク色に……
大丈夫かしら、このハーブティー。
「本当だ。初めて頂くが、とても美味しい。
それに身体が少し楽になったような」
ランドルフ、君もか!
「ああ、たしかに美味しいね。
さすがシルヴィアだ。で、後で詳しく説明してもらえるよね?」
アレ、マズカッタミタイ。
「も、もちろんですわ。おほほっ」
ええい、出してしまったものは仕方がない。
さっさと本題に入りましょう。
リアムにティーセットをはけさせつつ、5つの香水を夫人の前に置いてもらう。
「もしかして、こちらが? 」
少し瞳を輝かせて、目の前の瓶に釘付けになるサラ夫人。
やっぱり女性にとって化粧品は特別よね。
「はい。今回は肌を整える今までの商品とは違い、香りで自分を表現する香水を作ってみました」
「香水?
そう•••きっと素晴らしい品なんでしょうね……
けれど私、香水は馴染みの店があるの」
残念そうに肩を下げる姿に、ランドルフが複雑そうな顔をする。
まあ、そうよね。
塞ぎ込んでいた母親が少し持ち直すかもしれないと、期待していただろうから無理もないわ。
もっとも、普通の香水であればだけど。
「母上、もしかしたら母上が気にいる香りがあるかもしれません。せっかくなので、香りだけでも試させて頂きましょう」
「ええ、そうね。
せっかくお招き頂いたんだもの。
シルヴィアさん、お願いするわ」
「もちろんですわ。
では、まず柔らかい〈ピオニア〉から―――」
ムエット(*ⅱ)に〈ピオニア〉〈ローズ〉〈シトラス〉〈オリエンタル〉の順に香りを付けて香ってもらう。
「どれも素敵だわ。いつも使っている香水も重厚感があって好きだけど、こちらはとてもフレッシュね。
自然な香りだわ」
好評だけど、この感じだと馴染みのお店には勝てなそうね。
王都の香水専門店を回ったけど、フレッシュな香りというのは、ほとんど無かった。
ベースに必ず動物性香料が使われていたから、奥行きと重厚感が強い。
ラグジュアリーで、インパクトのある香りばかりだった。
植物性香料だけの、軽めなものばかりのウチの香水は需要が低いかもしれない。
かと言って、前世の記憶がある私としては、動物性香料は手が出しにくいし、抽出方法も分からない。
合成香料は作り方知らないからムリ。
うーん、従業員の評判が良かったからイケると思っていたけど、あまり定着しないかもしれないわ。
香水は諦めて潔くアロマ文化を根付かせるべき?
時間は多少かかるだろうけど、化粧水のように元々使われていなかった物の方が、商品価値は高いし。
「ええ、私共は鮮度と品質を大事にしていますから。
ただ、ローレヌ公爵夫人の様に普段から香水を嗜まれる方には物足りないかもしれません。
ですが、このフレッシュさには意味がありますの」
「意味が……いったいどんな? 」
リアムが横からスッと〈ハーバル夫人仕様ver.3〉を私の前に置く。
「それはこの香水を香って頂ければお分かりになるはずです」
〈ハーバル夫人仕様ver.3〉をムエットに付けた瞬間、
夫人がピクッと反応する。
効いてるようね。
「さっ、どうぞ」
ムエットを受け取ったサラ夫人は、すぅっと身体に取り込むように香る。
そして瞳を閉じて、フッと肩の力を抜いた。
背もたれにもたれ、解き放たれた様な顔でムエットを握りしめている。
「は、母上? どうされました? 」
あまり似つかわしくない光景に、ランドルフは戸惑っているみたい。
今だけは見逃してあげてちょうだい。
やっと彼女は落ち着けたのよ。
解決出来たわけではないけど、ね。
*ⅰ;服の上下でなく、今回はVMDの意味合いで使用
*ⅱ;試香紙
お読み頂き有難うございます!
更新が遅くなり申し訳ありません。羊




