女忍を口説いてたら空気読まない仙人が現れた
封神演義でお馴染みの太乙真人という仙人が登場します。
変人系です。
本日も18時の定時更新のみの投稿となります。
「銀影よ。伏犠様との通信を切るのじゃ」
ずっと沈黙を保っていた風花が突然、口を開いた。
「拙者がそれをせずとも、既に伏犠様の方から切断されている……。いや参ったな。本当に捨てられてしまったようだ」
努めて明るく振る舞う銀影に、風花の顔が悲しく歪んだ。
そういえば、銀影が顕現してから、既に3分は経過しているはずだというのに、彼女が消える様子はまだない。
なるほど、常時通信が切られたから、エネルギーの消費が抑えられているということか。
「結果オーライじゃな。これで暫くは実体を保つことが出来よう。良かったのぉ? 銀影」
「良かった……だと? なんの嫌味だ、風花……」
「嫌味などではないわ。同じ自律型の宝貝として、お前には同情しておる。それと同時に、こうなったことを【良かった】と、妾は心底思っているのじゃ」
「意味がわからぬ……。風花よ、貴様一体、何が言いたい」
風花はその問いには応えず、上目遣いにジッと俺を見上げた。
コイツめ……短い付き合いのくせに、俺の気持ちを察していやがるみたいだ。
「銀影さん。アンタはこれからどうしたい?」
「それを拙者に聞くのか? もはや拙者には何もない……あとは朽ちていくだけだ。用途を失った道具など、そうなる以外に道はなかろう」
「道具、だったのならそうかもしれないな。でも銀影さん、アンタは道具じゃない。道具ではありえない。心ある存在を、少なくとも俺は……道具だとは認めない!」
俺は、銀影の目を真っ直ぐ見つめて、はっきりとそう告げた。
銀影は目を見開き、口をあんぐりと開けたまま、固まってしまっている。
風花は、一寸苦笑いした後、やれやれといった感じで、納得したように頷いた。
そして、真っ白い浴衣を着崩した気怠そうな青年は、これまた気怠そうに、頭を掻きながら言った。
「いやぁー、お兄ちゃん。良いこと言うねぇー」
「「「誰(やねん!)(だ!)(じゃ!)」」」
いやほんと、マジで誰やねん!
謎の男が、いつの間にかそこに居た。
なんか地面からちょっと浮いていないか? コイツ……。
腰ほどの長さがある鈍色の髪を、肩あたりで一つに結んで前に垂らしている糸目の美男子。
年の頃は30前後くらいか?
身長は俺より高いが、管仲よりは多分低い。
風呂上がりのような気怠さを漂わせているのだが、俺にはコイツが、抜け目のない、凄みのある男に思えてならなかった。
早速伏犠が、銀影に替わる刺客を送ってきたのか?
とも思ったのだが、どうにもコイツからは宝貝とは違う雰囲気を感じる。
「あ、儂のことは気にしなくていいからね。ささっ、続けて続けて」
「いや、無理でしょ。ここまで豪快に話の腰をボキッと折られて先を続けられるほど、俺の神経は太くないっすよ?」
「あちゃー。やっちまったかぁ? やっちまったみたいだねぇ。【空気が読めない】ってよく言われるんだよねー、儂ってば」
「いや、そんなミニ情報いらないんで、ほんと……あなた誰なんですか?」
「んーなんかねぇ。すっごい宝貝臭が人間界からするからさ。仙境から超重い腰を上げて来てみたんだよね。ほら儂って、宝貝マニアみたいなとこあるしぃ?」
「だーかーらー! そういう情報はいらないから、まず名乗ってくださいよ!!」
腹立つ!
こういうのは、空気読めないんじゃなくて、空気読まないっていうんだボケ!
「怒るだけ無駄じゃぞ、英人。女媧様の指輪としてだが、妾はコレを何度か見かけたことがある。此奴は太乙真人という仙人じゃ」
「ありゃぁ、嬢ちゃんは女媧様が造った宝貝だったのかい? ってまぁ実は、最初から気付いていたけどねぇー! 見た目が【ミニ女媧ちゃん】だもんさ。頭撫でててあげるからこっちにおいで」
太乙真人とかいうらしい男が手招きをするが、風花は断固拒否の構えだ。
どうやら、本当に苦手なタイプらしい。
「馴れ馴れしいのじゃ! 誰が行くかボケ!!」
「ひどくなーい? 儂は崑崙十二大師の一人だというのにさぁ……。それに女媧様と儂は、同じ穴なのムジナみたいなもんじゃないかぁ。親近感を持ってくれても良いんじゃない?」
「一緒にするなボケ!」
「おぉ恐い恐い」
んー。
なんか知らんけど、この人、偉い人なのかな?
女媧様とも面識があるみたいだし……丁重に扱った方が良いのかもな。
あ、でも若干手遅れな気がする。風花の対応が既に酷い。
「あーえっと、すいません。挨拶が遅れましたけど、俺は風見英人っていいます。太乙真人……様? で良かったですかね?」
「おおー。それっそれっ! 儂が求めてたのは、そういう慇懃な態度なのさっ! でも、あんまり畏まらなくてもいいよぉ。仙人、そんなことじゃ怒らないし」
ていうか【仙人】の定義が分からんのだが……。
山に籠もっているコミュ障のおじいちゃん、じゃないみたいだってことは、なんとなく分かったんだけど……。
「女媧様とお知り合いみたいですけど、もしかして、女媧様も仙人なんですかね?」
「ちゃうちゃう。あの人は神仙、儂は只の仙人……いや違うか、すっごい仙人だね、儂は」
「凄い、かどうかはともかくですね。えっと……神仙と仙人の違いってなんなんですか?」
「そうだねぇ。簡単に言えば、元々神通力を持ってて、修行してそれを更に強化したのが神仙。神通力そのものを修行で手に入れたのが仙人かなぁ。スタートが違うのだよ、スタートがさぁ」
つまり、元神か、元人間かの差って感じか?
ってことは、太乙真人は元々人間だったのかな?
「仙人というのは、そもそも……ってあれぇ? あれあれぇ?? お兄ちゃん、英人君だったっけ? 君ってば仙骨があるじゃぁないの!」
「は? 突然なんですか?」
「仙骨だよ、仙骨ぅ! 仙人ってのはね、誰でもなれるもんじゃないんだよねぇ。仙骨がないと、いくら修行してもダメなのよ」
「それが俺にあると?」
ほほぅ。
俺には仙人になる素質があるらしいぞ。
修行とかすればなれたりするのかな?
ちょっとだけワクワクだ。
「うぅーん。でも可怪しいなぁー」
「可怪しい? 何がですか?」
「うぅーん……。仙骨を持ってる人間って、実はかなり希少なんだよねぇー。儂らってば結構暇だからさ、弟子とか欲しくなるわけさぁ。だから仙骨持ってる人間がいないか、かなりの頻度でチェックしてるんよねぇ。お兄ちゃんくらいの歳まで放置されるってのは、まずないと思うんよさ。今までスカウトとか来なかったかい?」
「あ、いや。来たことは無かったですね……」
タイムスリップしてきた……とは言えないな。
つっても、元の時代でも、スカウトなんて来なかったけどね。
元の時代には、仙人がいないのかな?
それとも、日本はチェック範囲外だとか?
「そっかぁ。弟子に欲しいってのもあるけどさぁ、仙骨持ってる人間を、人間界に放置しとくのも良くないんだよねぇ……。色々と問題が出る場合が多いしさぁ」
「はぁ……」
「あのぉ……」
突然のおずおずとした声に振り向いてみると、銀影さんが、目に涙をためてフルフルしていた。
「拙者を放置しないでいただきたい……グスん」
あ、ゴメン。忘れてたよ……。
「だーから、コイツは嫌なのじゃ! 場をめちゃめちゃにしおって、このクソ仙人が!」
風花が、銀影の手を慰めるように握りながら、憤っている。
うむ。その通りだな。
全て、太乙真人って仙人が悪い!!
「英人も英人じゃ! あそこまで言っておいてを放置するなど……。銀影が可哀想じゃろがっ!!」
あ、はい…。スンマセンでした。
「クソ仙人! お前は仙境に帰れっ!!」
「ええー!? いいじゃんさ、いてもぉ。ちゃんと静かにしてるからさぁー」
「やかましいのじゃ! 来るならせめて日を改めよ! いいからさっさと去ねっ!!」
「はいはい。わかりましたぁー。そんじゃぁお兄ちゃん、また来るからさ。弟子入りの件、考えといてねー。他の仙人のスカウトに乗っちゃいやだよぉー」
そう言うと、太乙真人は煙となって姿を消した。
消え方が、なんか漫画みたいだったなー。
テンプレってのは大事だよ、うん。
いや、今はそんなことより銀影さんだよ、銀影さん。
「銀影さん!」
「な、なんだ? 風見英人……」
「邪魔が入ってしまったが、改めて言わせてもらう」
「あ、ああ……。なんだ?」
「俺は銀影さんを道具だとは思えないし、お前が朽ちて消えてしまうのは、なんだかとても嫌だ」
「……そう……か」
「だから、俺のところに来ないか? 銀影さんが自分の使い道が無くなって困っているなら、生きる目標ってのを、俺のところで見つければいいし、なんだったら俺が与えてやる!」
「……拙者は、お前を殺そうとしたのだぞ?」
「それは、伏犠がお前の用途をそう定めたからだろう? だから俺は気にしない。お前はもう自由なんだ。やりたいことをやって良いんじゃないか?」
「やりたいことなど……拙者は考えたこともない。命じられたことを、ただやれば良いのだと思っていたから……」
「命令が欲しいならくれてやるさ……俺のところに来い、銀影! そんで、自分がやりたいことを見つけろっ!!」
銀影は、そっと目を瞑って片膝をつくと、俺を仰ぎ見て目を開いた。
少し潤みのあるその目には、確かな彼女の意思が込められているような気がした。
「……その命、有り難く頂戴する。代わりに拙者の忠誠を捧げよう。今後は貴方を【お館様】と呼ばせていただくことを、どうか許して欲しい」
「ん? まぁ、好きに呼べばいいさ。今後ともよろしくな、銀影さん」
「いやぁーいい話だよぉ。儂は好きだなぁ、自律型の宝貝を人間として扱うその感性! 流石は儂の弟子って感じさー」
「おーまーえーはー帰れっ! このクソ仙人がぁ!!!」
「ぐはぁっ(ぼふんっ)」
風花の振りかぶりの右ストレートが炸裂し、恐らく今度こそ太乙真人は煙となって消えた。
つーか、まだ居たんかい!
あと、勝手に人のことを弟子扱いしないで欲しいのだが……。
「なんだか悪いな、銀影さん。最後まで締まらない感じでさ」
「いや、構わぬよ。お館様が謝るようなことじゃない」
立ち上がった銀影は、苦笑いをしていたが、なんだか嬉しそうな様子であった。
「まったく、あのクソ仙人! とことん場を乱しおって……。だがまぁ、なるようになって良かったのぉ、銀影?」
プンプンと肩を怒らせる風花だったが、銀影には優しげな声を掛ける。
そういやコイツ、なんだかんだ、銀影のことを気に掛けてくれてたみたいなんだよなぁ。
同じ自律型宝貝として、思うところがあったのかも知れないな。
「ああ。ありがとう風花。だがすまんな、お前の仕事を奪うことになってしまった……」
「はぁ? それは何のことじゃ?」
「いや、だってそうだろう? これからお館様のお側には拙者が侍るのだから、言うなれば風花は用済み……」
「うっわー! 信じられん!! お前がそれを言うのかぁ? 憐れに思った妾が、ちょーっと優しくしてやれば、果てしなくつけ上がりおって……。お前なんぞ所詮、妾のオマケ程度の存在にすぎんのじゃ!!」
「何を言う!? お館様は拙者に『頼むから俺のところに来い』と、『銀影が消えるのは耐えられない』と言ってくれたのだ。なんと熱い求愛か! 拙者……お館様のどんな要求にも、全身全霊で応える所存!」
「浅いわっ! 妾なんぞ、英人に『お前は俺の生涯のパートナーだ』と、『俺とずっと一緒に生きてくれ』と言われておるのだぞ? 妾が唯一無二の本妻に決まっておるわ!」
なにその争い。恐いんだけど?
つーか、俺の台詞を、ちょっとずつ盛ってんじゃねー!!
はぁ……。
めんどくさくなったら、太乙真人のとこに弟子入りでもしよっかなぁ。