鮑叔の奥さんに、ゴミを見るような目で見られた
なんだかんだと第10話となりました。
ここまでお付き合いしていただいた方、大変ありがとうございます!
ご意見、ご感想等、心よりお待ち申し上げます。
曹の陶丘から、鄭の都へと向かう15日程の旅は、大きなトラブルもなく、順調に消化することができていた。
だが、大きなトラブルは無かったとはいえ、問題がまるで無かったわけではない。
まず最初の問題は、当然ながら銀影の加入の件である。
管仲と鮑叔に、銀影をどう紹介したものか……? と頭を捻った結果、彼女のことは
――実家で雇っていた用心棒が『俺を慕って辞めて追いかけてきた』ということなので仕方なく俺が雇うことにした
と説明することにした。
女がてらに用心棒をしているという不審は、銀影の身体能力を見せることで解消できたし、【俺を慕って来た】という点は、彼女がやたらと俺に擦り寄って来る様子を、管仲も鮑叔も既に見ていたので、疑問を抱かれることすら無かったようである。
まぁ、それは良かったのだが、隙あらば俺の腕にしがみついては胸を押し付けてくる銀影に、少々参っていたりもするのだ。
色々と来るものがあるし、度々風花が不機嫌になるので、少しは控えて欲しいと思っている。少しだけな。
ちなみに銀影さんの名前は、そのまま【銀影】と紹介していた。
菅仲と鮑叔の二人には、少し怪訝な顔をされたが『偽名です』と言ったら、すんなりと納得してくれた。
追われる身となった者などが用心棒に身を窶し、偽名を名乗って暮らすようなことは、ままあることらしい。
別に、俺が外部用に名乗る名前を考えておくことを、すっかりさっぱり失念していたわけではないのだ、決して。
こうして銀影の加入問題は片付いたわけだが、それによって問題がまた一つ連鎖的に生まれていたのだ……つまり、生活費問題である。
元々、俺と風花の旅費だけでも余裕は無かったのに、銀影の食費や宿泊費を加算することになると、本当にカツカツになってしまうのだ。
ギリギリ赤字にはならないかもしれないが、目的地の新鄭に着く頃には、ほぼスッカラカンになるであろうことは、容易に予想ができてしまっていた。
まぁ、それはそれで仕方ないことだし、旅の途中で紙の材料を出来るだけ集めて、新鄭に着いたら、急いで紙の制作に取り掛かって金を稼ぐしかない、と腹をくくっていたのだが、この問題は、意外にも早々に解決されることとなった。
問題を解決できた理由は、銀影が【使える子】だったことに他ならない。
元の時代との常時通信能力を失った銀影は、もうそれは只の人にすぎない、と思っていたのだが、なかなかどうして、彼女は非常に有能な逸材だったのだ。
どうやら、【銀影】という忍者のような名前は伊達じゃなかったらしい。
まず、気配の察知能力が凄かった。
銀影は、道や植物などに残された僅かな痕跡から、人の動向や動物の存在を察知することが出来るのだ。
さらに、剣、弓、槍などの武具全般の扱いから、投石などのサバイバル的な戦術の起案、活用能力に優れていて、要するに、銀影は単純に強かったのだ。
まさに忍者か狩人か……ってな実力を保持していたので、そのまま狩人をやらせてみたら、どんどん獲物を狩ってきてくれたので、まず食費が浮いた。
余った獲物を、道中の集落で売ることが出来たので、むしろ財布が潤ったくらいだった。
「狩人の真似事をさせるには勿体無い人材だよ。是非、鮑家で雇いたい!」
なんて、鮑叔が言っていたけれど、丁重にお断りさせていただいた。
銀影が俺から離れたがらない、ってのもあるのだが、こんな逸材……手放せるわけがないじゃないか!
ちょっとだけ、伏犠に感謝だな。
銀影を褒めちぎっていたら、風花が少しむくれていたけれど
「風花には風花にしか出来ないことがある。俺にとっては風花だって大切な仲間だよ?」
と言ったら、直ぐに上機嫌になった。
風花は相変わらずちょろい。
そんなこんなで、鄭の都である【新鄭】にある拠点に到着した。
その家は、鮑叔が【半ば仕えているのだ】と言っていた、太子忽(鄭国の王子の一人)から与えられたものらしく、屋敷と呼ぶに相応しい様相を呈していた。
「うっわ。広い家っすねぇー」
と、俺が感嘆の声をあげると
「そうかい? 狭くはないけど、広くもないだろう。普通だよ普通」
と鮑叔が言っていたので、家の広さに関しても、俺の常識とこの時代の常識にはズレがあるみたいであった。
もしくは鮑叔が結構なお坊ちゃんだから、広い家にしか住んだことがないってパターンも考えられるか。
「お帰りなさいませ」
玄関の前で荷を下ろしたりしていると、屋敷から綺麗な女の人が出てきた。
なんつーか、普通に綺麗な人だった。
目立つ色彩ではないが、趣味の良いデザインの着物を着ていて、まさに大人の女性って感じでストライクだ!
そして、一歩引いた遠慮がちな雰囲気が、さらに俺のストライクゾーンの真ん中を通過する。
「やぁ! 長い間家を空けてしまって悪かったね。そちらは何事もなかったかい?」
「はい。ご心配頂くようなことは何もございませんでした。旦那様もご健勝なようで、なによりです」
鮑叔の言葉を受けて、女が花のように笑った。
その花は、一輪で人の目を引くような強烈な色彩を放ってはいなかったが、道端に咲いていれば、ふと足を止めて見てしまうような、そんな素朴な可憐さで俺を魅了した。
って、待てぃ! 今、旦那様っつたか?
「風英。紹介しておくよ。僕の妻の節だ。節、風英には客分として我が家に滞在してもらうことにするから、よしなに頼むね」
「はじめまして、節と申します」
節と名乗った女が、俺に拱手して頭を下げてくる。
俺も慌ててそれに倣ってみたが、なんだかどうにも納得できない
(ちょっとちょっと、鮑叔さん? 鮑叔さんって確か18歳でしたよね?)
(うん? そうだけど?)
俺は小声で鮑叔に耳打ちして聞いてみた。
(18歳でもう結婚しているんですか?)
(もう? いや、遅いくらいだろう? とはいえ、まだ斉国にいる父の許可を貰っていないからね。正式に結婚しているわけではないんだ)
そうか、この時代の婚期は大分早いってことか。
でも、節さんはかなり大人っぽかったけど……一体何歳くらいなんだろう? と思って彼女をよく見てみると、年の頃は恐らく14歳~16歳くらいに過ぎないだろうこと見て取れた。
鮑叔め……貴様、さては少女趣味か!!
「節様。私は風英の妹で、風花と申します。兄共々よろしくお願いいたします」
「まぁ! なんて可愛らしい方なのでしょう! この家で何か困ったことがありましたら、遠慮なく私に言ってくださいね?」
見た目10歳の超絶可憐少女な風花に、節さんはメロメロになって、顔を溶かしてしまっている。
「困ったこと……ですか? でしたら一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
「兄に変な女が付かないように見張って頂けますでしょうか? もし女を連れ込んだりしたら、直ぐに、私までご報告ください!」
「は、はい? ええと……」
節さんは、風花と俺の顔を交互に見つめて、困惑に首を傾げてしまった。
俺も真似して首を傾げてみる。
風花のヤロウ、一体何を言っているんだ?
「兄と私は将来を誓い合っているのです。浮気は許せませんから!」
「は?」
「ちょっと待つのだ風花! 将来を誓い合っているのは、お前ではなく拙者であるぞ! 節殿、拙者は銀影と申す、以後お見知りおきを……
!」
氷のように表情を固めてしまっている節さんに、銀影のバカが追い打ちを掛けやがった
「銀影。邪魔しないでくれる? 用心棒は引っ込んでなさい!」
「馬鹿め! 用心棒だからこそ、拙者は常にお館様のお側に侍らなければならないのだ。節殿もそれが道理だと思うだろう?」
銀影が問いかけると、節さんはカタカタ震え出し、忌避と怒りと恐れと嫌悪と蔑みを混ぜたような表情で俺を凝視した。
「……少女趣味……妹に手を出した……節操なし……」
「ちょっまっ! 誤解です!! 節さん? 誤解ですってば!!!」
…………さて。
俺は今【自由に使って良い】と用意して貰った、鮑叔の屋敷の部屋の中で仁王立ちをしている。
能面のような表情でしか俺を見なくなってしまった節さんに、ひたすら事務的に案内していただいた部屋で、である。
「す、すまなかったのじゃ」
「調子に乗ってました……。申し訳ない」
目の前には、正座をしながら、縋る子猫のように俺を見上げる風花。そして、もはや五体投地に変化しつつある土下座状態の銀影がいた。
「俺はお前の兄ということになっている。そうだな? 風花」
「はい……。その通りじゃです」
「ならば、兄たる俺が、お前と将来を誓い合うことは……?」
「ない……のじゃ。でもっ!」
「デモもストもヘチマもねぇ! 少なくとも誤解を招くようなことは言わないこと! いいな? 風花!」
「わ、わかったのじゃ……」
風花は、シュンと落ち込んでしまっているが、こればっかりは仕方がない。
何が楽しくて、古代中国でロ○コンだ、シスコンだの言われながら生きなきゃならんというのだ。
女媧様あたりは、大爆笑のうえで歓迎してくれそうだが、俺は御免蒙る。
「そんで銀影さん!」
「は、はいっ……!」
「アンタもアンタだ。銀影さんは俺の用心棒として雇われている。そうだね?」
「寸分の間違いもございませぬ……」
「俺はこの世界で身を立てていこうと思っているんだけどさ。家人にホイホイ手を出すような主ってどう思う? 雇われたいって思う人がいるかなぁ?」
「い、いないと思いまする……」
「だよねぇ。じゃぁ、今一度確認するよ? 君は俺の何だい?」
「用心棒……ただそれだけにござりまする……だがっ!」
「ダガもドルヒもアダガもねぇ! 銀影さんも誤解を招くようなことは言わない。わかったね?」
「しょ、承知した!」
銀影さん、それはもう土下座じゃなくて、うつ伏せに寝ているだけだよ?
うーん。
ちょっと言い過ぎたかねぇ……?
偉そうに言ってみたが、これって結局全部、俺の保身のための話に過ぎないんだよなぁ。
もちろん、俺はこの時代、この世界で身を立てて、コイツらの面倒をずっと見てやろうとは思っているけれど、それにはコイツらの力が不可欠だったりもするのだ。
彼女たちの意思を頭ごなしに否定するのも、仲間として何か違う気もする。
「まぁ、アレだ……言い過ぎちまったかもだな。ゴメン」
「英人……」
「お館様……」
「俺たちだけの時は、遠慮しないでなんでも言い合おう。だけど、それ意外の時は別だ。俺たちの未来のために、守るべきところは守ろう……な?」
「わかったのじゃー」
「承知したぁー」
二人が俺の胸の中に飛び込んでくる。
嗚呼、仲間ってのはいいものだ……。
――ガララ
背にした引き戸が開かれた事が、音で分かった。
恐る恐る振り向いてみると、果たしてそこには、能面をさらに凍らせた節さんがいた。
「(死ね……)風英様。お食事のご用意が出来ておりますので、どうぞコチラへ……」
死ねっつた?
死ねっつったよね?
うっわぁぁぁああああ!!! 終わったぁぁぁあああ!!!
女媧様が爆笑しているなぁ、こりゃ。




