今後の選択肢
それからおよそ3ヶ月後、俺たち【山戎討伐軍】は、鄭へと帰ってきていた。
出発から考えれば、7ヶ月程が経っての帰国である。
太子忽と斉公とのやり取りの結果、鮑叔は、斉への帰国が半ば決まっているようなものだったけれど、部下や家人の多くを新鄭に残していたし、俺も色々と整理しなくちゃならないものがあるので、鄭軍と一緒に帰路をともにしていた。
道中、太子忽と一緒ってのは気まずいなぁと思っていたのだけれど
「俺のことが余程嫌いなようだな、風英。しかし、俺に臆せぬところもまた良しだ。斉に飽いたらいつでも俺を頼ってくるが良い」
と太子忽は、俺の無礼を笑い飛ばしてくれていた。
気に入った奴には徹底的に優しいらしいな、この人は。
ただ、一方で嫌った奴には徹底的に厳しいみたいで、太子が管仲について言及することは、本当に最後まで無かったのである。
その管仲さんというと、いつにも増して言葉が少なくなっていた。
何か思うところがあるようで、帰国の途では、よく空を見上げては雲の行く末を目で追っていた。
そんな管仲さんを元気づけたいのと、戦争が終わって鄭に帰ってきた一つの区切りとして、俺は身内だけでの祝勝会を企画していた。
旨いものを沢山作って、これまでの俺たちを労い、これからの俺たちを祝いたいという趣旨である。
出来ればケーキを作りたかったけれど、砂糖が無いので結局ドライフルーツのパンを作ることにした。
果物を漬けての天然酵母を作ることには成功していたので、それなりのものが作れたけれど、やはり甘味というには寂しいものがある。
砂糖の生産を何とか実現したい所だけれど、甜菜もサトウキビも無いんだよなぁ……。
甜菜は地中海原産らしいので手に入れるのは諦めているけれど、サトウキビは中国の南方には伝わっているらしいので、なるべく早く手に入れたいところだ。
パンが作れたので、トンカツにも挑戦してみた。
胡麻から精油した油を使ってカラっと揚げて、目にも鼻にも旨そうに作ることが出来ている。
パン粉が手に入ったのだからと、ハンバーグも作ってみた結果、なんだか肉々しい食卓が出来上がってしまったので、野菜の天麩羅もどきを作ってバランスを取る。
うん、中々に良いメニューになった……かな?
俺、管仲、鮑叔、風花、銀影と、いつものメンバーが集って、ささやかながら気安い宴が始まった。
最初は俺の作った新作料理にがっつき、あまり言葉は交わされなかったが、腹が満たされてきた頃、話は徐々に【未来】についての話題となっていた。
「あの後、太子忽様と君と少し話したんだけれど、どうやら僕は斉に戻った後は、斉の太子様の【傅】になるようだよ」
傅とは、太子の教育官のことらしい。
幼少の太子は、この教育官から色々なことを学ぶことになるのだ。
「ふむ……。斉の太子の中で、傅が定まっていない程の年少の太子となると……糾様か小白様になりますか?」
「流石によく知っているね、菅さん。その通りだね。太子糾様は10歳、太子小白様は確か8歳になられると思う。まだどちらの傅に任命されるかは、決まっていないんだ」
傅になるということは、ギャンブル要素を含む。
太子が世継ぎとなり、君主となれば、その教育官もそのまま相応のポジションにつくことができるが、もし政戦に敗れて亡命などの危うい立場となれば、それもそのまま傅の立場となる。
ただ、鮑叔がそもそも、家督を継ぐ立場にない三男坊であることを考えれば、太子の傅となることは、栄達といってよいだろう。
「菅さんのことを君に推挙しておいたよ」
「む……」
鮑叔が、突然そんなことを言い出し、管仲が面食らって、動きを止めた。
「あ、ごめん。余計なことをしちゃったかな?」
「いえ、そんなことはありません」
管仲は箸を置き、鮑叔に正対して問うた
「……鮑叔殿。なぜ貴方は私にそこまでしてくれるのでしょうか?」
「そりゃ、友達だから。ってのも勿論あるけれど、打算が無いわけじゃないよ?」
「打算…ですか?」
「うん。僕が思うに、管さんを手に入れた国は、恐らく中華の覇権を握ることになる。それであれば、是が非でも斉に……と思うのは当然だろう?」
管仲は少し照れながら頷いた。
恐らく管仲は、鮑叔と共に斉に行くことになるだろう。
さて、俺はどうするかなー。
「風英。もちろん君も斉に来るんだろう?」
天井を見上げて思案していた俺に、鮑叔が明るく声を掛けてくる。
そう言うだろうと思っていなかったわけじゃないが、言ってもらえて安心した。
だけど
「俺の一存では決められないです。俺には風花と銀影という家族がいますから。一度持ち帰って相談しても良いですか?」
「ああ、構わないよ。もし来てくれるのであれば、風英は僕か菅さんの下に付いてもらうことになると思う」
そりゃそうだよなぁ。
俺は身元が怪しすぎるし、何をするにしても、気が知れた二人の庇護下に入ったほうが良いに決っている。
宴が終わり、工場件自宅には、俺、風花、銀影だけが残った。
管仲が俺と少し話したそうにしていたけれど、逡巡の後に帰っていった。
「さて、風花、銀影、今後の話をしようか」
「久々の出番なのじゃー」
「お館様、もう少し我らを構うべきかと思いますよ?」
「ごめんごめん……」
そういや、こういう風に3人で話すのも久しぶりな気がする。
戦争中は周りに人が沢山いたから、気兼ねなく話すことも出来なかったからな。
「今後、俺たちが取れる道は3つあると思う」
俺は3つの選択肢を風花と銀影に提示した。
1.このまま新鄭で3人だけで暮らす。
今まで貯めたお金と、戦争で得た報奨金があるから、数年くらいは遊んで暮らせるだろう。
2.管仲と鮑叔と一緒に斉に渡る。
管仲と鮑叔のどちらかの下で、斉の官吏みたいな立場で働く。
やることは余り変わらず、場所を鄭から斉に移す形になるだろう。
3.鄭で太子忽に仕える
選択肢としてはあるが、俺としては除外したい選択だ。
「まぁ順当に2が良いのじゃないかのう?」
風花は即答で2を選択する。
「1……ですね。2を選択は危ういかと。伏犠様からの粛清に遭う可能性があります」
銀影はしばらく考えた後で、1を選択した。
2を選択した場合、斉の政治や国事に深く関わる可能性が出てくる。
その場合、歴史を変えることを危惧している、伏犠からの刺客により、殺される可能性がある、と銀影は考えているのだ。
「儂は、仙境で修行をすると良いと思うな!」
「「「クソ仙人!?」」」
相変わらず音もなく現れた太乙真人がそこにいた。
前回現れたのは、管仲と精油の実験をしていたときだったっけ?
管仲のことを『気持ち悪い』とか言って、突然帰っちゃったんだっけ……。
あ!
そうだそうだ、俺、コイツに会ったらやることあったんだ
「ごふぅ!!」
俺は右拳を、太乙真人の左頬に全力で叩き込んだ。
管仲に失礼なことを言った罰だ!
仙人なんだから、怪我をするようなことも無いでしょ。
「英人君? 君ってば、突然何するのさぁ……」
右頬を撫でながら、太乙真人が恨めしそうに俺に言うが、やはり怪我の一つも負っていない。
痛みは感じているみたいだから、罰としてはまぁ良しとしよう。
「この前、俺の友達に失礼なことを言った罰です!」
「あぁ、管仲とかいう人ねぇ……。まぁ確かにぃ、あの態度は良くなかったかもだねぇ」
「英人、グッジョブじゃ! それでクソ仙人、お前は今度は何をしに来たのじゃ?」
「風花ちゃん! 君は相変わらず可愛いねぇ……。撫でててあげよう……ごふぅ!!」
風花に右頬を殴られ、太乙真人が吹っ飛ぶ。
この人、学習能力無いのかなぁ……。
「銀影たん! そのお胸で儂を慰めーてくれぃ……うごっ!!!」
左頬を撫でながら、銀影に近づき、その豊満な胸に顔を埋めようとしたクソ仙人は、銀影のリバーブローを喰らって崩れ落ちた。
うん、そのまま死ぬといいよ。
「騒がしいぞ、太乙真人。人の世であんまり騒ぐな。迷惑になろう」
聞き覚えの無い声に振り向けば、そこには赤い衣を身にまとった、精悍な青年が立っていた。
「驚かせてすまぬな。オレの名前は赤精子。そこのバカと一緒にされたくは無いが、オレもまた崑崙の仙人だ。今日は折り入って話があって参上した」




