変化の足音
日の光も届かない深い洞窟のような場所。
その細い道は、大人が二人通るのがやっとで、暗くゴツゴツとした岩がいたるところに飛び出している。場所によっては地下水が湧き出ており、岩をつたい「ピチョン、ピチョン」と滴っていた。
そんな所を、暗黒騎士カース・オブ・マイハートは暗視スキルを使って歩く。
右手には漆黒の靄が渦巻くビー玉ぐらいの宝玉がついたネックレスを持っている。
その宝玉は暗闇の中でほのかに青く輝いていた。
その道は、岩に偽装された罠がいたるところに張りめぐらせており、罠解除のスペシャリストでも10メートル進むのに、30分はかかるだろう量の罠が仕掛けられていた。
しかし、暗黒騎士がその罠を起動させる場所を歩いても罠は起動しない。
宝玉が罠を発動させるのを阻害しているのだ。
この道は特別な回廊である。
魔法で作られたこの回廊は作成者たちの意のままに現実世界と繋がり、移動できる。
現実世界と地獄をつなぐ唯一の道なのだ。
そんな道を通れるのは魔物達のごく一部だけ。
地獄の王たちに直接謁見できる権利を有する者たちだけなのだ。
その通行証のようなものが、この禍々しい宝玉がついたネックレスなのである。
最深部は暗闇でよく見えないが、不自然に立派な扉があった。
扉は表面に突起はない。ただ幾何学的な不思議な文様がうっすらと彫ってあるにすぎない。その紋様も特徴的な場所が3か所ある。
これも、もちろん罠である。
この扉は宝玉を押し当てると開く仕掛けになっている。
しかし、押し当てる場所を間違えると即死トラップが起動する部屋に直行するという最悪な仕掛けなのだ。
暗黒騎士は迷うことなく一か所に押し当てる。
宝玉が怪しく光り、重厚な扉が恭しく開いた。
そこには堀を含む、巨大な城一つが丸々入るぐらい巨大な空間が広がっていた。
その空間は暗視スキルが無くても周りが見渡せるぐらいの魔法的な明かりが、天井付近から出ていた。そのうえ、足元を照らすように松明のような魔法のランプがメラメラと等間隔に置いてあった。それは奥にある巨大な城の入り口まで続いていた。
暗黒騎士は迷わず城に赴いた。
城の中では燕尾服を着た長身の美少年のような魔物が恭しく頭を下げて暗黒騎士を待ち構えていた。
燕尾服を着て頭を下げているのは人間のような形をしているが間違いなく魔物である。それはこめかみから額に向けて生えている特徴的な太い角、口から飛び出す鋭い八重歯、短い金髪に青白い肌の色など様々な部位で明らかに人間とは違う特徴を持っているからである。
名をマルクハルトと言う。二つ名は鬼人。もちろんこの姿は主人に仕えるための仮の姿であり、真の姿は身長3メートルを超える筋骨隆々の鬼である。
彼は笑みを浮かべ頭を下げているが心の中で舌打ちをした。
しかし、それを表に出さないよう演技をするような口調で暗黒騎士に語り掛けた。
「これはこれは、カース・オブ・マイハート様。ご機嫌麗しゅうございます。本日のご用件を承ります」
暗黒騎士は少しだけ何かを思うように口黙ったが、すぐに凛とした声で語りだす。
「……破壊王ガルクニコフ・ガランゲイマルク様と獣王ヤーベル様にお目通り願いたい」
「かしこまりました。少々お待ちいただくのでこちらへ」
マルクハルトと暗黒騎士はコツコツと足音を鳴らしながら城の奥に向かった。
☆ ☆ ☆
無言のまま、歩く二人。
土曜日である大学周辺は人通りや車の通りもまばらで、ましてやそこから少し離れている通りであるこの道に人影は皆無だった。
静かな通りに足音だけが響いた。
『困った……恥ずかしくて話ができない』
京子は困惑している。
裕次郎が着替え終わるまでアパートの外で待っていた時までは気分的に大丈夫であったが、外に出てきた瞬間から気持ちが高ぶってしまって顔が火照ってしまっているのだ。
『デートなどではない!落ち着くのだ!大泉京子!!』
念仏のように心の中で唱えてみたが、感情の高ぶりが一向に収まらず、逆に『デート』という単語を意識してしまって心臓が口から飛び出すのではないかと思うぐらいドクドクと鳴り響いている。
『顔の火照りが収まらない。うぅ……恥ずかしい』
京子は裕次郎に顔の様子を伺わせないように俯き歩くことにした。
チラリと隙を見て裕次郎の様子を伺うが、少しだけ辺りをキョロキョロと見るような仕草をしているがいたって普通だ。
『そういえば先ほど、腰に何か見えないか?とか言っていたが、なんだったのだろうか?よく意味が分からんが……見えないとおかしいのか?』
少しだけ確認するが、ジーンズにベルトが巻かれているだけだった。
『……なんだかよく分からん。まあ、いいか。しかし、気まずい。駅まであと半分といったところだが……話しかけようにもこの状態では!』
京子は気をそらそうと少しだけ顔を上げて前の景色を見る。
するとそこにはコンビニがあり、なぜか長蛇の列が店の外まで続いていた。
『あれはたしか、裕次郎がアルバイトしているコンビニではないのか?そうか!注意をあちらに向ければ顔色を窺うことなく話ができるぞ!』
京子はふと閃き、裕次郎に話しかけた。
☆ ☆ ☆
急いで着替えたが約束の時間より出発が1時間も遅れてしまった。
本当に申し訳なく思い、隣にいる京子の顔を直視できなかった。
アパートから歩いて地下鉄の駅までは歩いて20分はかかる。
もうすでに10分は一緒に歩いているが、会話は皆無だった。
手持ち無沙汰なので、ついベルトに引っかけた店長から借りた剣を触った。もちろん不可視化及び無音化の魔法をかけてあり、俺以外は見えないようにしている。
『……魔法の効果が効いて良かった。武器が無いと、また魔物が出たら危ないもんな』
最初はこういった類の魔法がこの世界でも効くのかどうか不安だったが、逐一周りを観察しているが騒ぎになっていないので大丈夫そうだ。
もちろん京子にも見えるか聞いてみたが、キョトンと小首を傾げて「何を訳の分からないことを言っておるのだ?」と真顔で返されたので問題ないと思う。
『しかし気まずい。俺が全面的に悪いんだけど……会話を始める糸口がないモノだろうか?』
無言で歩き続けるのはつらい。気付かれないようにチラッと確認はするが終始うつむきながら歩いているので顔の様子まではわからなかった。
『まだ怒ってるなぁ~。まあ……約束を忘れちゃダメだよなぁ~』
自分の物覚えの悪さに聞こえないように小さくため息をついて、大学の方を眺めながら歩いた。
「……おい裕次郎。あれはお前の勤めているコンビニではないか?えらく混んでいるが、大丈夫なのか?」
京子の言葉に前を向いて確認する。
「え?……ウソだろ?」
そこは確かにアルバイトしているコンビニだが、いつもと様子が違う。
入り口には、規則正しく並ぶ人の長蛇の列があるのだ。人数にして100人はゆうに超えている。最後尾の人はご丁寧に「ココが最後尾」と立て看板を持っている。
訳が分からなかった。
「……京子。ちょっと確認してきていいか?」
「ああ。不測の事態やもしれん。気を付けろよ」
「悪い」
それだけ言うと、速足でコンビニに近づいた。
「現在入場制限していま~す!買わない人は列に並ばないで下さ~い!最後尾はあちらで~す!!」
ちょうど運よく店長が外に出てきて拡声器で何か喋っていた。
『そんな集客力のあるイベントなんかするって言ってたっけ?』
今日は6月の第3土曜日。しかもまだ午前中である。さっぱり思い付かなかった。
「は~い!次の方~!10人入ってくださ~い!お買い物は5分以内でお願いしま~す!」
「店長!これは一体どうしたんですか!?」
「ああ!ユウくん!丁度良かった!月曜日はまた臨時休業になるからシフト入らなくていいよ!よろしく~」
「え?まったく意味が分かりません!どういう訳ですか?」
「たぶん、この人出だったら店の品物の大部分が売れちゃうからねぇ~補充が追い付かないよ。急いで発注したけど、来るのが月曜の夜になるんだってさ」
「どうしたんです?『ラブます。』好きは全品1円セールしています!とか訳の分からない遊びでもしてるんですか?」
「それは面白そう!……じゃなくて、うちの娘のおかげだよ!ほら!あれ見て!」
店内を覗き見る。
レジにはビーニャが立っており、ニコニコしながらお客さんに接客をしていた。
客は客でまるで神様を崇めるように笑顔を浮かべながらありがたく商品を買っていた。
「……なんなんです?あれ」
「さあ?……店を開けようとしたら、ビーニャが『何か手伝わせてください!』って言ったから、レジに立たせて接客させてみたんだ。そしたら、あれよあれよという間にこんなになっちゃった。隣のレジ開けてもみんな頑としてビーニャのレジに並び続けるんだよ。だから僕は人数制限かけて交通整理してたの」
出てくる人の言葉を盗み聞きする。
口々に「神はいた!」とか「女神様の降臨だ!」とか言って満足そうに帰って行っていた。
明らかにビーニャが何かしらのスキルなり、魔法なりを発動させているに違いなく頭が痛くなってきたので額に手をやる。
「どうしたの?ひぐぅっ!ちょっと……僕は中で交通整理してるね」
店長はそそくさとその場を離れた。
「ほう?この店に若い女性とは珍しい……ちょくちょく様子は見るが、初めてだ」
いつの間にかすぐ隣に来ていた京子が非常に冷静な声音で呟いた。その声は非常に冷たかった。
「しかも……かなりの美人だ。説明してもらおうか……裕次郎よ?」
その言葉と殺気にビクビクしながら振り向く。
そこには、不自然な笑顔をしている京子がいた。
「……あの人は店長の娘だ」
「ほう?明らかに外国人だ。先ほどの店長とは似ても似つかんが?」
「えっと……そう!国際結婚だよ!ずっと母方の国に居たんだけど……店長に会いに来たんだよ!昨日。偶然、俺もシフトに入ってたから聞いたんだ」
間違ってはない。間違ってはないはずだ。しかし……何とも説明しづらい事を殺気交じりに聞いてくる奴だ。
「なるほど……では、裕次郎。お前との関係性はどうなのだ?」
何を言いたいのかよくわからなかった。なので「関係性?」と小首をかしげた。
京子は動揺し、顔を赤くして焦る。
「いや!その……あれだ!あれだけの美人だから、何か思うところもあるだろう?それを聞いているのだ!」
なるほど。こいつは俺がビーニャに気があるか知りたいんだな?残念。俺にはもうエルという恋人がいるのだよ。……異世界に居て会えないけどな。
「何を期待してるか知らないけど……残念ながら何も思ってないよ。というか、昨日の今日あったばかりでそこまで深く話してもないし……ただの知り合い」
「そうか」
京子はそう言って安心したような顔つきに戻る。それと同時に全身にまとわりついていた殺気が消えた。なぜ京子が安堵したような顔つきになるのかよくわからないが、どうやら誤解は解けたらしい。
何となく変な気分になったが、京子が「ああ、そういえば……」と大学での授業の話しを始めたので深く考えないようにした。
『なんとか気まずい雰囲気も無くなったし……結果オーライって感じかな?』
約束を破りかけて京子の気分を害したのは俺の方であり、先ほどの殺気に似た感じはそのせいだろうと思う。
『本当に……楽しそうに話すなぁ。そういえば久しぶりに会ったわけだし、本当は話したいはずだよなぁ。平日は稽古につぐ稽古で忙しいし……鬱憤が溜まっているのだろう』
京子は本当に楽しそうに話す。それは今までの時間を取り戻すかのような勢いがあった。
先ほどの安堵の表情も、気まずい雰囲気が解消できたからに違いない。
俺達は繁盛しているコンビニを後にして、楽しそうに談笑しながら駅に向かった。
その足音は非常に軽やかで弾んでいた。




