動画
その動画は、個人がスマホで取っているらしく手振れが酷かった。しかしそこには、漫画とかでよく見るような、顔はライオンのような動物だが体は人間で、蝙蝠の羽が生え、人の2倍ぐらいの大きさのまさに『魔物』が映っていた。
どうやら外国で撮られたららしく、動画からは外国語で声にならないパニックめいた悲鳴が聞こえている。一部の人は銃を向けて発砲する人もいた。
しかし魔物は、まるで魔法のような防御幕を瞬時に形成して跳ね返していた。
しばらくすると魔物が動き出し、動画が終わった。俺は思わず店長の肩を持ち、激しく揺すった。
「店長!!これって!どういうことですか!!続きは!?もちろん映画か何かですよね!?」
店長は首をがっくんがっくんしながら慌てた様子で「おい!ちょっと落ち着けって!!首を振るのはやめろ~~!」と叫びながら悶えた。
少しだけ冷静さを取り戻し、揺するのを止める。
店長は「ふ~~!」と額から脂汗を拭いて、スマホをいじりながら語りだした。
「……僕もよく知らないんだって!別の人が撮った続きらしき動画も見せるから!」
店長のスワイプを、固唾をのんで見守った。
そして動画を見つけると、店長は「大手の動画サイトだと、ヤバイからすぐ消されちゃって探すの苦労したよ」と自信満々に言いながら見せてくれた。その光景を食い入るように見た。
その動画は先ほどの魔物が周辺をかなり暴れた回したところから始まっていた。CGや作り物らしくない生々しい手や、足や、服の切れ端、血が飛び散った地面などがモザイクなしで映っていた。周りには警察の特殊部隊や軍隊の装甲車なども取り囲んでおり、魔物に銃口を向けていた。
そして、激しい音と共に、大小さまざまな銃口から雨のように鉛玉が飛び出した。
しかし、その全てが先ほどの魔法のような壁で跳ね返されていた。
軍人たちは次なる一手を打つ。なんと、ロケットランチャーを取り出し魔物に撃ったのだ。
轟音と共にあたりに土煙が舞い、魔物の姿が見えなくなった。しかし、「ギャー!」という男の悲鳴で辺りは騒然とする。
煙が晴れると、近くにいた特殊部隊数名が血まみれで地面に横たわっていた。その横には手から血をポタポタと地面に垂らしながら不敵に笑う魔物が居た。
弱者をいたぶり、楽しむように人を殺すのはさも当然だと言わんばかりの態度と表情であり、腸が煮えくり返る思いで動画を見ていた。
「……なんで死なないんだ。こいつ」
「どうも現代兵器の類は魔法みたいなので防御してる感じがある。でもまったく効いてないってわけではないみたいだよ?ほら、ココが少し焦げてる」
店長はスマホの画面を指さしながら冷静に指摘してくれた。しかし、憤りを隠せない感じで店長をまた揺さぶった。
しかし、店長は不敵に笑いながら巧みに俺の揺さぶりをから抜け出し動画を止めた。
「あっ!?なんで止めるんですか!」
「さて……問題です。このあと、どうやって魔物を倒したでしょうか?」
店長は得意げに人差し指を立ててそういった。
少しだけイライラしたが、腕を組み、考える。そして、「もっと大きな……戦車とか、ミサイルなんかで倒したんじゃないですか?」と言った。
正直、あの強力な魔法のような防御壁を突き破るには、同じく魔法か、魔剣グリエルのような強力な魔法武器で戦うほうがいいと最初に思ったが、19歳の現代日本人がそんなこと口走ったとたん、明日からは頭のおかしい中二病認定されてしまう恐れがあるので、いくら店長がそういう類に寛容だとしても言えなかった。
答えを聞いた店長はニヤリと不敵に笑い、『そういう答えを言うと思ったよ』と言わんばかりの顔つきで人差し指を左右に振って、「チッ、チッ、チッ」とおどけて見せた。
「ブッブー!ミサイルとかだと周辺の人も怪我しちゃうじゃん!……こういう時は『勇者』に助けを求めるものだよ?」
『勇者』という単語に少しだけドキッとしたが、真顔を保ち、無言で息をのんだ。店長もスマホを操作して続きを再生した。
『ギョゴバハァアアァ!』
動画の魔物が一瞬にして一刀両断され、口から悲鳴と共に血液のような紫色の体液を大量に吐き出しながら倒れた。
魔物の後ろには、赤、青、白を大胆に横ストライプであしらっている全身タイツの長身かつ筋骨隆々の人間が、手に持ったロングソードを振り切っていた。額と左手の丸い小さな盾には黄色の星マークがデカデカと書かれており、まるで某アメコミのヒーローのようだった。
振り切ったロングソードには紫色の体液がベットリついており、それは、彼が『魔物』を屠った『勇者』である事を証明していた。
勇者は静かに立ち上がる。
そして、人々に向かってにこやかに笑顔を作り、軽く手を振って飛んでいった。
その瞬間、動画からは割れんばかりの拍手や指笛、怒涛のような歓声があがった。動画はそのあとすぐに終わったが、俺は怒涛のような急展開に唖然としながら店長に問いかけた。
「なんなんですか?アレ?」
「ヒーローって言った方が正解なのかな?アメコミっぽいのはさすが外国って感じだよね?」
「いや……ヒーローって、やっぱり映画か何かなんでしょ?」
「それがねぇ……これ、『ニューアークタイムス』っていう大手新聞が記事にしてるから事実みたいだよ。あのアメコミヒーローっぽい人もSNSですぐに連絡が取れちゃったみたいで、匿名を条件にその新聞にコメントを出してるんだ」
「え?……なんてコメントしてるんですか?」
「なんでも、昔、異世界であのカッコで戦ってたんだって」
驚きを隠せず、口をあんぐりとして、「なっ!?……なんの冗談です?」と呟くように言った。
「冗談じゃないよ!そう書いてるんだって!ネットで探してみなよ?」
「……何とも信じられない。……ホント、不思議な噂ですね」
そういいながら、自分のスマホで調べてみたがすべて英語の外国語のページか、真偽不明のまとめサイトしかヒットしなかったため諦めた。すると、店長が「フフン」と似つかわしくない意味深なポーズを決めて呟いた。
「まあ、僕も最初は半信半疑だったけど……どうも、ホントっぽいよ」
「え?なぜそう言い切れるんです?」
「それは……ひ・み・つ」
店長は、不敵に笑いながら言った。意味が分からず首を捻ると、店長は何かを思い出したかのようにポンと手を叩き言い始めた。
「そういえば……来週の月曜日、12時半から緊急のTV放送があるみたいだよ。首相から」
「え?」
「コンビニの本部からメールが届いたんだけど、内閣府から要請で勤務中の従業員にも見せるようにだってさ……コレがコピーだよ。大学とか教育機関にも連絡言ってるみたいだから見る様に指示があるかもね」
そういうと、店長が内閣府から各企業や教育機関あてに出した文章を見せてくれた。それには、国民の生命財産に重篤な侵害がある恐れがあるため不要不急の用事がなければ政府の緊急会見を視聴させるようにとのお達しが書いてあった。
「これって……相当重大なんじゃないですか?まさか、さっきの動画の事なんですか!?」
「それは僕にもわからないけど……大手ネット掲示板では『魔物』の事じゃないかっていうのがもっぱらの噂だよ~。真偽は不明だけど、この日本でも被害が増えつつあるらしいからね」
「え~!全然知らなかった!!」
「いまだに大手動画サイトしか映像がないからね。そのサイトでもすぐに削除されるし。掲示板では、かん口令がしかれてるって現場の人が書き込みしてた。だから、TVや新聞じゃあ報道もできないんだって」
魔物がこの街に現れ暴れまわる姿を想像して顔を青ざめた。そして「けっこうヤバくないですか?」と神妙な顔で店長に聞いてみた。
「う~ん……僕、個人的には…大丈夫かも」
いつもとは違って、何か考えるような仕草をしたあと、妙に冷静に店長は答えた。俺は不思議に思い「なぜです?」と深く聞いてみることにした。
「なんといえばいいか……むかし取った杵柄……かなぁ?」
店長は「う~ん」と腕を組み、考えながらそう答えた。
「武道かなにかされてたんですか?」
「まあ……そんなところかなぁ」
店長は遠い目をして、らしくないぐらい歯切れの悪い答えを言った。
4月初旬からすぐにこのコンビニにバイトとして入ったため、店長との付き合いは正味2カ月弱といったところだが、その中でもわかることは、彼は自信を持ってることは人が聞いてないのにプライベートな事まであけすけにベラベラと話す人だという事だ。こういう風に中途半端な感じの答えは初めて聞く。
その何とも言えない変な感じになにか質問しようとするが、言葉が見つからず黙り込んでしまった。
――その時、外から「きゃーー!」という女性の悲鳴が聞こえた。