大学生になりました
賑やかで波乱に満ちた高校生活はあっという間に過ぎ去り、俺と京子は希望していた同じ大学に進学でき、大学一年生として勉強にバイトにと忙しい毎日を過ごしていた。
大学は実家から数時間かかる距離にあり、大学の近くにワンルームのアパートを借りている。
「……うわっ!?………なんだ、夢か」
目覚ましが鳴る1時間前に、見た夢に驚きとび起きてしまった。
6月の梅雨時期ということで蒸し暑かったが、いまは気温に起因する以上にひどい寝汗をかいてしまっている。
原因はもちろん夢の内容で、異世界カミオンでの冒険がフラッシュバックしているせいだ。
しかも、だいたいが、俺が死にかけたか、パーティーが危険な目にあっている時の記憶で非常にたちが悪い。ここ1カ月はほぼ毎日そういう夢が続くのでかなり精神的疲労がたまっている。
こんな時、気分転換を兼ねて少し長めのシャワーを浴びる事にしている。
今日もすぐに起き上がり、足早に風呂場に向かった。
蛇口をひねって少しすればちょうどいいお湯が出てくる。
シャワーを浴びながら、この日本に帰ってきた時の事を思い出していた。
最初は「夢オチかよ!」と非常に残念な気分になっていたが、誰もいないところで、カミオンで使っていた魔法を出してみると、かなり威力は弱まっていたが出すことができたので、とりあえずは夢オチでは無かったことに少し安堵感を感じた。
しかし、強力な魔物でも一瞬で黒焦げにしていた魔法が、ライターの火ぐらいしか威力が出なかった時は、それはそれでショックを受けたが、とにかく異世界での冒険譚は夢でも幻でもなく事実であったということを自分に納得させることができた。
しかし、それは同時に心配事の種でもある。
「エル……元気にしてるかなぁ」
思わず口から漏れてしまう。
遠い異世界に残してきた俺を想ってくれる大切な人の事を。
あれから色々と試してはいるが、未だに異世界に移動する方法は見つかっていない。
カミオンでは魔法剣士として基礎的な魔法はだいたい習得したので、それを頼りに試行錯誤してはいたが、この日本では威力がかなり弱まっているのでどうにもならなかった。
「バロンメイヤー導師に相談できたらなぁ」
独学で魔法を使っていた俺に、体系的に魔法を教えてくれたバロンメイヤーは400歳を超える伝説的な存在で人々からは畏怖を込めて導師と呼ばれる存在であり、師匠と呼べる存在である。また古今東西あらゆる魔法を研究する魔法研究者家でもある。
普段はその知識量に起因する話の長さから、あまり面と向かって話したくない相手だが、こういう困っている時はアドバイスをくれる非常にありがたい人だ。
「一人じゃホント……何にもできないなぁ。俺って……はぁ~」
思わずため息が漏れてしまった。
ふと、気が付けば外から目覚まし時計の音が聞こえる。俺は急いでシャワ―を止めて風呂場を出た。
「今日は……授業の後いったん帰って、バイトか。明日は週末だし、ゆっくり研究しよう」
目覚ましを止めて、体を拭きながら今日の予定を確認する。
大学生活が始まってもう2カ月。そろそろ時間の都合をつけるべきだろう。
「エル……」
無意識に奥歯を噛みしめながらそう呟いた。
☆ ☆ ☆
深夜のコンビニ。
アパートから近いその大手コンビニのアルバイトをしている。
深夜は2時を回ったところで、店内には俺と店長である『崎山 太一』の二人だけがいる。
店長は客がいないのをいいことに、レジに隠れるように座り、スマホを取り出しゲームをしはじめた。
少しだけ苦笑いを浮かべながら店長を見ると、ちょうど目が合った。
店長は悪びれる様子もなく、何か勘違いをしたらしくニヤリと不敵な笑みを浮かべて俺にこうつぶやいた。
「いや~……ユウちゃん…『ラブます。』って、いいよね?」
どうやら店長はゲームについて話がしたいと思っているらしい。だが、思っているのはそういう事ではない。眠気からくる疲労が3倍ぐらい増した気がした。
『ラブます。』……正確には『ラブリーアイドルやります。』というソシャゲやアニメなどメディアミックス展開をされているコンテンツの総称だ。
内容は、自分が芸能プロのプロデューサーになり、アイドルを育てるという典型的な育成アーケードゲームが元で、店長がスマホでしてるのはそのゲームアプリ版である。
店長は40過ぎだが、こういう美少女系ゲームのオタクである。
別にこういう趣味の人は嫌いではないし、世間話ができる程度に知識はあるためコミュニケーションの一つの手段だと思いながら話しはできる。
しかし、今は勤務中である。
いくら店長兼オーナーだからって、自由すぎやしないか?
一応、苦笑いを深めながら「そうですかねぇ?」と言うにとどめた。すると、店長はなぜか満面の笑みを浮かべ、心のスイッチが入り、ソシャゲの画面を見せつけられ、自分の推しドルを指さしながら熱く語り始めた。俺は心の中で『しまった!』と舌打ちをしながら、顔を引きつらせ適当に相槌を打つようにした。
店長はつい先日も、店のバックヤードの暗闇の中で「でゅふ♪でゅふふふふ♪」と変な笑い声を上げながらスマホでそのゲームをするぐらいハマっている。さすがにその姿を見たときはかなり引いた。
店長は中肉中背でアブラギッシュであり腹もかなり出ている。いわゆる典型的な中年太り体系であり、何より頭が見事に禿げ上がっているので見る人が見たらかなりの嫌悪感をもよおす容姿である。その上、万事この調子で自分のことを喋りまくる人なので困る。
しかし、この人はこの店の店長でありオーナーでもある。もろもろ感謝すべき点はあるが、特にお給料を払ってくれる人である事に間違いはないわけで、無下に対応するわけにはいかない人なのである。
このコンビニは、アパートからほど近いうえに時給が非常に良く、シフトの融通もかなりきかせてくれる労働者にやさしい超優良店なのだ。
時給が高い理由は、店長に原因がある。
時給の高さゆえにバイト応募者は結構いるが、店長と面接したら9割は辞退してしまうのだ。
それは俺の時もそうだったが、狭い個室でグダグダと関係ない話を2時間ぐらいするからに他ならない。また、その関門を潜り抜けても、店長とシフトを共にしたら残った1割のほぼすべてが脱落する。理由は……言わずもがなだ。
そして最終的に残るのは耐性のある人間か、同じようなコミュニティーの人間だけなのだ。
ちなみに店長は辞退や辞任の電話があるたびに「やっぱり売り手市場だからかなぁ~……時給もうちょっと上げようかなぁ」と寂しそうに呟くのみなので、根本的な問題解決はしばらくないと思う。まあ、解決されると労働環境……特に時給が大きく下振れしそうなので現状維持もやむなしと心に決めている。
異世界にいたころは王様が居たからお金の心配はなかったが、日本のごくごく一般家庭であるうちの経済事情では、大学生活をエンジョイするためにこのような金銭的に割のいいバイトをしなければならないのだ。
店長はそんなセンチメンタルになっている俺の気持ちには気付かないまま、さらにヒートアップして例のソシャゲの推しドルについて熱く語っていた。
『しかし……そこまで売り上げないのに、どうやって経営しているのだろうか?』
素朴な疑問である。
このコンビニの時給は周辺と比べても5割増しの上、忙しかったときは店長決済で金一封まで出してくれる。だったら店長の給料を削っているのかと言えばそういう感じではない。店長は例のゲームの廃課金者であり、月に平均20万円は使っていると豪語していた。
すなわち、それ相応の給料が出ていると考えるべきであろう。
では、このコンビニがそれに相応しいほどの売り上げを叩きだすほど忙しいかといえばそうではなく、むしろ他と比べてそこまで忙しい感じではない。バイトを始めた当初は『こんなにお給料を貰っていいのだろうか?』と思ったぐらいだ。しかし、ほどなく店長の趣味の話の洗礼を受けた後は『こういう対応も給料に含まれてるわけか……』と思うようになった。
話を戻すが、どう質素倹約しても生活費プラス廃課金代をひねり出すほどの売り上げがあるとは思えなかった。
『親の遺産を食いつぶすボンボンなのだろうか?』
失礼だが、そう考えるのが普通である。
☆ ☆ ☆
お客さんが来ないのをいいことに、ひとしきり喋りつくした店長が、急に何かを思い出したかのようにスマホをいじって話を変えた。
「……ところでさぁ~。最近面白い噂がネットで駆け巡ってるんだけど……知ってる?」
店長のその言葉で俺は意識を取り戻した。
「面白い噂ですかぁ?」
「そうそう!なんでも『魔物』が出るらしいよ。世界のあちこちで、湧き出るように」
「まっ……まもの!?ですかぁ?フフッ!」
季節がら『お化け』とか、『エイリアン』とかかと思って聞いたので、思わず鼻で笑ってしまった。なにせ、この世界で『魔物』である。獣とか野生動物でもなく『魔物』なんて表現が中二病すぎて思わず吹き出すところだった。
「あ~~!信じてないなぁ?コレ見てよ!?コレ!」
少しだけ店長は強い口調になり、スマホで動画サイトを見せてきた。
怪訝な顔でその画面を見つめた。
「!?」
その光景はまるで映画かCGのような非現実的な物で言葉を失う。
しかし、映像に映るその姿は人間を含めたどの動物とも違う容姿でその場所に存在しているようで思わず目を見開き凝視してしまった。
流れるその映像に衝撃を受けると同時にドクンと心臓が高鳴った。




