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エンディング兼プロローグ

 交通事故で、意識を失ったとどろき 裕次郎ゆうじろうは、目が覚めると、異世界カミオンに転移していた。その後、魔剣グリエルを与えられ、求められるまま勇者として魔王ガルエン討伐に向かって冒険する日々。当初は困惑したが充実した毎日だった。


 魔法を武器にこめて戦う魔法剣士として才能を発揮し、数々の冒険でレベルを上げカミオン中に知れ渡る最強の魔法剣士『勇者ユウ』として名声を得た。


 その物語も、クライマックスに近づいている。


 最終目標である魔王ガルエンをあと一歩まで追いつめているに他ならないからだ。


☆  ☆  ☆


 魔王ガルエン第3形態は非常に手ごわい相手だ。


 中心部の赤い宝玉周辺は鋼のような鱗に覆われている。その容姿は醜悪な巨大ドラゴンのような全体像をしていた。しかし、太い首についている顔には大きな口しかなく、ダラダラと紫色の涎を垂らし、濃い紺色の体はボコボコと無節操に膨れ上がっていてまるでアンデットのような容姿を醸し出していた。しかも体には無数の触手が生えており、それは切っても切ってもスグに復活する。

 触手は鞭のようにしなやかに、高速で飛んでくる。また当たれば鋭利な刃物ように体が裂けるヤバい攻撃でこの戦いの最中にも何度か死にかけた。


 遠距離範囲攻撃の膨大な熱量のブレス。近距離攻撃の無数の触手に大きな口。第1、第2形態もかなり苦戦したが、まだ常識の範囲内だったと痛感する。


 連戦の上に、このコンボは本当にムリゲーだ!と匙を投げだしたい気分だった。


 しかし、俺たちの他に代わりはいない。そうみんなで鼓舞し合って、隙を見ては唯一の弱点と思われる赤い宝玉を攻撃し、現在、かなりひびが入っている状態である。こころなしかガルエンの攻撃も鈍いような気がする。ヤツも満身創痍なのだろう。


 だが、かなりダメージを受け続けている厳しい状態である事にかわりない。様々な体の部位が痛みによって悲鳴をあげ、気を抜くと意識が遠のきそうになっていた。二本足で立ち、魔王を前に魔剣グリエルをかまえるだけでも正直なところ奇跡に近い。


 少しだけ周囲を確認すると、ここまで一緒に来たパーティーも全員限界のようだった。ドワーフ最強の戦士ゴルニクも、大陸一の攻撃系魔導師ダロスも、オールラウンダーで攻撃支援の全てを引き受けてくれていたニンジャマスターのコジローも、皆「ハァ、ハァ」と肩で息をしながら膝をついている。


 中でも回復と防御魔法専門で支援するはずのハイプリーストであるエル・ファシル・リゼルランなんか、顔を真っ青にして地面にへたり込んでいる。それは魔力を限界以上に消費して俺たちを支援してくれていたからだ。


 こちらも満身創痍。これ以上、長引けばこちらが全滅するのが目に見えている。


『この一撃……これで……決める!』


 そう心の誓い、持てるすべての力を魔剣に込める。すると、魔王が不敵な声音で笑い、語りだした。


「ふっふっふ……お前は強い。この私にこれほど苦戦を強いたばかりか、今をもってそれほどの魔力を残しているとは思わなんだ」


「……お褒めに預かり光栄だね」


「だが……戦いはこれで終わりではない」


「?」


「因果は全てを超越し絡みあう。魔王と勇者が永遠に戦いあう宿命であるように、たとえ私の肉体が無くなろうとも、私の怨念がお前を争いにいざなうのだ。ハーハッハッハ」


 高笑いをして不思議なことをいう奴だ。よく意味が分からないが、魔王もかなり追い詰められているので負け惜しみを言っているのだろうと思う。なので、不敵に笑いながら言ってやった。


「ははっ!なんとも迷惑な話……迷わず成仏してほしいね」


「お前にできるか?この私の魂の因果まで滅することを」


「やるさ……やってみせる!」


 そう叫ぶと全身全霊を込めて飛んだ。


 そして、一直線に魔王の弱点である中心部にある赤い宝玉を貫いた。


「グアァアアァァ!」


 会心の一撃だった。宝玉は砕け消滅し、魔王ガルエンは叫び、悶えながら消えた。


 着地すると、足の力が抜けて倒れこんだ。


「ユウッ!!!」


 仰向けに倒れている俺のもとにエルが来た。疲労感から意識が遠のきそうなのを何とかこらえ、目を開ける。


「ユウッ!ユウッ!!しっかりしてぇ!!」


 大粒の涙を流しなら叫ぶエル。頬や額にエルの涙が落ちてきて少し冷たい。


「大丈夫さ……エル。そんなに泣くなよ?いつもみたいに文句のひとつでも言ったらどうだ?」


 そう、いつもエルは俺に対して嫌に絡んでくる。

彼女はハイプリーストでもあるが大貴族の子女でもある。そのため、高飛車で横柄な態度をとることが多い。特に俺には恨みでもあるかのようにひどい言葉をこれでもかと言ってくるのだ。

 しかし、ひとしきり文句を言うが、最終的には俺を心配してくれていることが多い。いわゆるツンデレってやつで、日本に居た頃の京子きょうこという幼馴染によく似ている。紫色の髪に、褐色の肌という違いもあるが、小柄でいたるところがスレンダーなのもよく似ていた。


「バカッ!こんな時に……って、ちょっと!ユウッ!なに?これ……」


 エルは急に悲壮な顔をして驚く。俺は不思議に思い、手を目線まで上げて見た。


 よく見ると手のひらの向こう側が透けて見える。そう……消えかかっていた。

 しかし、非常事態だというのに、なぜか冷静だった。


「ははっ!向こう側が透けて見えらぁ。俺……消えちゃうのかな?」


「ちょっと!待って!なに……いって……消えちゃうなんて!許さないんだからぁ!いま回復魔法を……」


 焦るエルを手で静止する。そしてゆっくりと語った。


「エル……いいんだ、もう。たぶん終わったんだよ。何もかも」


 なんとなくこの状況が理解できた。それは日本から転移してきた理由……魔王ガルエンを倒したので消えるんだろうと。だから、相棒である魔剣グリエルを差し出した。


「……貰ってくれないか?俺の相棒を……お前に持っていてほしい」


「やだっ!だって……だって!それはっ!あんたのモノなんだからぁ!!」


 さらにボロボロと泣き出し、胸を叩くエル。


「痛い痛い……わかった。じゃあ、預かっておいてくれ。こいつを、自信をもって預けられるのはエルだけだから……だから、頼む」


 俺は笑いながら、努めて優しく言った。エルは嗚咽を漏らしながらしぶしぶ受け取った。


 エルは少しだけ考えるようなそぶりを見せた。そして、恥ずかしいのか顔を真っ赤にして、心に秘めた思いをぶつける様に叫んだ。


「……好き!私……あなたの事…好きだから!……だから!居なくなっちゃ、イヤ!」


 なんとなく彼女の好意を感じてはいたが、魔王討伐を優先させるため直接には聞けていなかった。しかし、このような形ではあるが彼女の素直な気持ちを聞けて本当に嬉しく思った。


 だから、俺はエルの頭を撫で、しばらくその感触を確かめた後、目を合わせ、すべてが終わったときに言おうと思っていた言葉を口にした。


「俺も……好き…だよ」


 エルが涙をこぼしながら笑った。俺はやっと気持ちを伝えられてホッとした気分だった。


「大丈夫、必ず戻ってくる。……ちょっと里帰りするだけだから」


 エルは涙を袖口で乱暴に拭いた。


「……里帰りって、どこに?」


「前にも話した……もと居た世界……日本だよ。だから……またな」


「うん……わかった。絶対戻ってきてよ!じゃないと追いかけて行ってやるんだから!!」


「ははっ……それも良いかもな」


 俺とエルが2人で笑いあった。


 そのとき、体から眩いばかりの光が放たれる。俺は一瞬にして意識を失った。


……そして、勇者ユウは異世界カミオンから消えた。


☆  ☆  ☆


 目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。少しだけ周りを見渡すとそこは病室だった。


 体が非常に重い。


 魔王ガルエンとの死闘の果てに、体力や魔力を限界まで使い切った……というわけではない別の要因で体が動かなかった。なぜこうなったかよくわからなかったので思い出すことにする。


『そういや……交通事故にあったんだっけ?なぜか上機嫌の京子が横断歩道を渡ってると、暴走したトラックが突っ込んできたから……走って、突き飛ばしたんだったか』


 よく見ると、腕や足には様々な点滴の管が刺さってあり、その上から包帯が巻いてある。体もまだ怠いうえに、細い点滴の管が絡まりあって身動きが取れそうにない。病室は少し蒸し暑く、寝返りを打ちたい気分だったがそれもままならない状態だ。


 窓が開いてるらしく、赤い夕暮れの光と共に、少しだけ生ぬるい風が頬をかすめていった。

外では「ツクツクホーシ!」と蝉が鳴いている。よく聞けば秋の虫の声も混じっていたので9月ぐらいと推測できる。事故が起きたのは7月の夏休みに入った直後だったから、2カ月ぐらい入院していたと思われる。


『異世界カミオンじゃ、2年ぐらい冒険してたのに……』


 目を動かして確認する。病衣をまとった姿以外は確認できない。もちろん魔剣グリエルや冒険した時の装備は無かった。


 異世界で冒険していた痕跡は全くと言っていいほど何もなく、かなり寂しい。


 なんとか、試行錯誤して上体を少しだけ起こした。

かなり汗をかいている背中に風が通って非常に心地よい気分だった。


 そんな時、ガシャンと金属製のお盆が落ちる音がした。


 俺は音のほうに顔を向けると、幼馴染の京子が学校の制服のまま口をアワアワしながら驚いて固まっている姿が見えた。


「ゆ……ゆうじろう?」


「……おう。久しぶり」


 そう言葉を返すと、京子はツカツカと速足で近づき、頬を手のひらでグリグリと触りだした。


「裕次郎!わかるか!?私だ!大泉おおいずみ 京子きょうこだ!」


「いへぇっ!わっ!わはっへるっへ!!」


 わかってるって!と言いたかったが、頬をグリグリ押されているので空気が漏れてうまく言えなかった。しかし、京子には通じたようで、急にグリグリを止めた。

俺は京子の顔を見る。そこには真っ赤な顔に、大粒の涙を瞳に溜めて、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


 そして、すぐに、膝のあたりの布団に顔をうずめて嗚咽を漏らし始めた。そして、布団越しに「心配したんだぞ!!この大馬鹿者が!」と叫んでいた。


 京子は少しだけ古めかしい言葉遣いをする変な女子高生である。それは、実家が茶道と剣術の宗家であり、幼いころから両親や祖父母から厳しい修行を受けていたからに他ならない。


 そんな感じで育ったものだから性格も些細なミスも許さない完ぺき主義者で正直きつい。しかし、弱点も多く、特に昆虫系や爬虫類系はめっぽう苦手で固まってしまう癖がある。幼馴染なので昔からそういう場面に出くわすことも多く、助ける機会も多かったため、彼女に怒られながらも腐れ縁を続けてこれた。


『言葉遣いはアレだけど、こういう行動とか、ほんと……エルそっくり』


 京子の姿がエルと重なり、微笑ましい気分になった。


 京子もかなり頑固で心配症である。こういう場面で出くわすという事は、助けてくれた俺を心配し、毎日見舞いに来てあれこれ世話をしてくれていたのであろうと推測できる。その証拠に、この病室にある花は、花瓶に生けて2日と経ってないであろうと素人でもわかるぐらい生き生きと色鮮やかに咲き乱れていた。


 いつの間にか顔を上げた京子は、涙を袖口で乱暴に拭きながら文句を言う。


「なんだ?何がおかしい?お前の身を案じていた私に対して、笑うなど失礼だろう?」


「いや……変わってないなぁって思ってさ」


「??……あれからたかだか2ヶ月だ。何を変わるというのだ?……ハッ!さては後遺症が!?あれほど主治医に文句を言って確認したのに!!許さん!!」


 京子は今にも主治医に文句を言いに行こうとしたので俺はあわてて止める。


「まった!まった!なにか勘違いしてるって!大丈夫!俺は大丈夫だから!!」


「そうか?……ならば良いが」


 何とか京子の溜飲を下げることに成功した。京子は思い込んだら一直線に行動するタイプで周りが見えなくなる。だから、その言動には細心の注意を払わないといけない。


 京子は細々といろいろなことをした後、部屋に戻ってきた。なので現実世界では2ヶ月だが、感覚的には2年ぶりに京子と雑談を興じた。


 京子は頬を少し染め、「そういえば…」とワザとらしく思い出したかのように後ろのテーブルに置いていた不思議な物をフォークに刺した。それは皮のむいたいびつな形の白い食べ物らしきもので「あーん」と喋りながらいきなり食わせようとしてきた。


 その突発的な行動に混乱する。


 というか、食べ物すら怪しい物を断りもなしにいきなり食わそうとしないでほしい。両手は点滴と包帯で身動きが取れないので少しだけ口を横にそらし、避けた。


 京子はまるで殺しそうな勢いのジト目を向けて「おい……何をしている?」と低い声で呟いた。


「食わそうとする前に……その物体はなんなんだ?」


「病室で皮のむいた果物といえばリンゴだろう?ほら、早く口を開けろ」


「リンゴ?そのゴロゴロとしたいたるところ茶色くなってる、まだらに白い塊がリンゴなのか?皮をむいた生のジャガイモかと思ったよ」


「なっ!私が手ずからに剥いてやった物を!?なんていい草だ!フンッ!」


 そういうと、京子は頬を膨らまし拗ねた。

 京子のその行動に少し驚いたが、すぐに申し訳ない気持ちになった。


 実はいうと京子は料理が本当に苦手である。「真剣ならいかようにも扱えるが……包丁というのは刃が小さくてうまく扱えん」とよくわからない理論を口から漏らす残念な大和撫子である。その彼女がいつ起きるかもわからない俺のためにリンゴを用意し、一生懸命作ってくれたのだ。


 だから、「……ごめんなさい」と素直に謝った。


 京子は少しだけ拗ねていたが、その言葉を聞いた途端、頬をさらに染めて「……今日だけ特別に許してやる」とぶっきらぼうに言って、フォークを再び俺の元へ差し出した。


 「あーん」と口を開けてリンゴらしき果物を食べた。


 あまりに長時間触っていたリンゴは、ブヨブヨした食感のうえに生暖かい舌触りでとてもあのリンゴを思い浮かべることができなかった。


――しかし、俺のために一生懸命剥かれたソレは非常に心にしみわたる何とも言えない気持ちを感じて胸が熱くなった。


「どうだ?美味いか?」


 京子は頬を真っ赤に染め、目を輝かせ聞いてきた。


「ああ。うまいよ。……ありがとう」


 いつの間にか瞳からは涙があふれ、頬を伝い布団にポタポタと染みを作っていた。


 異世界カミオンの平和を取り戻した達成感、二度と戻ることのないと思っていた日本に戻ることのできた安堵感、エルを連れてこられなかった失望感、幼馴染とまたこうして日常が送れるという多幸感、いろいろな感情が沸き起こり思わず涙がこぼれてしまった。


『今はまた、この平凡な日常を暮らせることを感謝しよう』

そう、思った。


 俺のそんな姿を見て京子は少し不思議な顔をしたが、よほど心配して思うところがあったのか笑いながら大粒の涙をポロポロとこぼした。


 何となく言いたくなった言葉を口にする。


「ただいま……京子」


京子は一瞬驚いたようにキョトンとしたが、笑いながら言葉を返してくれた。


「おかえり。裕次郎」


 そう言いあったら、何となくおかしな気分になって吹き出してしまった。そして、京子が涙を拭きながら言う。


「ははっ!なんだか変な気分だ。毎日見舞いに来ている上に、2ヶ月しか経ってないのに、私は裕次郎の声を数年聞いていないような感じがするぞ?」


「そうなのか?……でもまあ、俺はそんな気分だったんだよ。長い長い夢を見ていたようだ」


「2ヶ月昏睡だったからな。……でも、こうしてまた語り合うことができて、本当に……良かった」


 京子はそう言ったあと、立ち上がり、カラになった食器を持つ。そして「さて……」と言葉を切り出した。


「……裕次郎。怪我が治って学校に復帰したら、高校2年生として文化祭が待っているぞ?お前と私は同じ文化祭実行委員だ。休んだ分はしっかりと働いてもらうからな?」


「はいはい……あ~、いきなり現実に引き戻された気分だ。せいぜい怪我を長引かせてゆっくりさせてもらおう」


 京子は笑いながら「何を馬鹿なことを言ってるんだ。早く学校に来い」とツっこんだ。


 相も変わらず辛辣な幼馴染のツッコミに苦笑いを浮かべ「へいへい」と呟いた。


 こうして、俺の異世界カミオンでの冒険譚は幕を閉じたのだった。


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