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女王様の犬のストイックな純情  作者: 早海和里
女王様の犬のストイックな純情
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第2話 あなたの犬にしてください

――悠斗ゆうとの弟?しかも双子って??……


「えぇっ?……何それっ。弟とかって……え?いやあいつ、一人っ子じゃなかったっけ?だよね……うん、絶対にそう……」

「ええと、ですね。何でも、離婚したお母様の方に引き取られていたのだとかで。そのお母様が今度再婚することになって、こちらに来ることになったって……」


――何だそりゃ、その取ってつけた様なベタな説明……


 内心でそう突っ込みながらも、和花名は眉間にシワが寄って行くのを止められない。


七紘なづな……それ……何か担ごうとしてない?そういうの、今ちょっと冗談としては受け止めづらい状況なんだけど」

 そう言うと、七紘がこちらの表情を伺うように見る。

「……ねえ、和花名。わたくし達、ずっと気になっていたんですけど。もしかして、和花名は悠斗くんとケンカしてたりします?」

「……えっ……と………いや……」


 即答できないことを訊かれて思わず言葉を濁す。でも、こちらを心配そうに見ている双子に、そのままそこで言葉を切ることも出来ずに、和花名は仕方なくぼそぼそと続ける。


「……ケンカとか……そういうんじゃ……ないんだけど」

「……けど?」

「……うん……」


 それを説明するためには、自分は記憶を巻き戻さなければならない。


――あの辛くて苦しい記憶を。


 そう思っただけで胸が締め付けられて、もう言葉が出てこない。


 和花名の言葉がそれ以上出てこないのを悟ったのか、しばしの沈黙の後で、鈴七が口を開いた。

「……けど……顔を合わせづらい状況……というコトでしょうか」

 その言葉に、和花名の表情が繕いようもなく曇ったのを見て、双子は互いに顔を見合せた。

「ごめんなさい和花名……言いづらいことなら、もう聞きませんわ」

 七紘が姉の言葉をフォローするように言う。

「……うん……こっちこそ、ごめん」

 心配させているのに、本当のことが言えなくて、本当に申し訳なく思う。


 それはまだ、他人に触れられるには痛い。

 それでも、このまま一人で抱え込んでいても、どうにもならないのだということは何となく分かる。

 半年悩み続けて、心の傷を深くしただけで、和花名には解決の糸口すら見つけられなかったのだから。

 自分でももどかしいこの状況をどうにかしたい……切実に。


 そう思ったら、和花名は吐き出すように呟いていた。


「……あのさ……私……確かめなくちゃいけないコトがあって……でも……本当のコト知るの……恐くて……出来なくて……」

「……もしかして和花名さんは、悠斗さんに会ったら、それを聞かなければならないということですの?」


 相変わらず、鈴七は鋭いなと思いながら、和花名は観念したようにこくりと頷いた。すると、七紘がいきなり憤慨したように声を荒げた。


「って、和花名?悠斗くんって、まさかこの半年間、一度も和花名のお見舞いに行ってないんですのっ?」

「う……まぁ……そういうことに、なるのかな……はは」


 深刻さを感じさせないように軽く笑ったつもりだったが、上手く表情が作れずに、何だかひきつったような笑顔になったのが自分でも分かった。


「まあ、なんて冷たい。私、悠斗くんがそんな方だとは思っていませんでしたわ」

「そうだね……ははは……」

 何だかもう、力なく笑うしか出来ない。


 そうなのだ。

 悠斗が一度も顔を見せなかったから。


 それはつまり、自分が一番そうであって欲しくないと思っている最悪の事実こそが、動かしようもない紛れもない事実なのだと言われているようで……


 だからどうしても、こちらから悠斗に連絡を取ることが出来なかった。

 そうこうして、半年、なのである。


 こうして悠斗のことが話題に上るだけでも、今の和花名には結構ツライ。

 悠斗一人のことだけでも、いっぱいいっぱいなのに、これ以上、弟とか勘弁して欲しいというのが正直な所で。


――しかも何?双子とかって……

 完璧に思考の容量をオーバーしている。


「あらっ。ほら和花名、噂をすればですわ。ご覧あそばせ、ちょうどあそこに……その弟さんですわ」


 七紘が指し示した方を見ると、校門の前に男子生徒が一人、誰かを待っているのか、いかにも手持無沙汰という感じで佇んでいた。


「あ、れ?」

 思わず確認したのは、

「双子って、全然似てないよ?」

 というコトだったのだが……


「あちらのご兄弟は、二卵性なんだそうですよ」

 と又、普通に聞いたらありがち過ぎる解説に、和花名は軽く溜息をつく。

「あのさぁ……あんた達、やっぱ担ごうとしてない?そういうのは今ちょっと、ホント勘弁……」


 ところが、和花名の抗議を無視したまま、七紘は大きく手を振りながら、声を張り上げてその男子の名前を呼んだ。


「やっほ~犬神くう~んっ!おっはよ~!」


 犬神というのは、紛れもなく悠斗の名字で、悠斗に似ていない彼が本当に犬神という名前なのだとしたら、やはり弟ということになるのか。


――いやそれは。ちょっと……というか、かなり……困る……


 困惑しながら和花名が見ていると、果たして、七紘に名前を呼ばれた彼は、その声に反応したように笑顔でこちらに手を振った。


「犬神悠希(ゆうき)くん、です」

 脇で鈴名が発した小さな声を、和花名の耳は辛うじて拾い上げる。

「犬神……悠希ゆうき……」


――本当に。悠斗の弟、なんだ……


 その事実に、和花名は呆然とすることしかできない。と、悠希という名のその少年が愛想よさそうな笑みを浮かべながら、ゆっくりとした歩調でこちらに近づいてくるではないか。


――だからっ、オーバーフローなんだってゆ~とろ~がっ!


 本当にいたたまれなくなって、和花名はそこから逃げ出したい気分になった。

 その少年から顔を逸らして。

 踵を返して。


 だがその思いは叶わず、逃げ出すよりも早く、和花名は悠希の声に引きとめられることになった。


「犬塚和花名さん」

 いきなりフルネームで名前を呼ばれて、瞬間、心臓がドキリと音を立てた気がした。

「……」


――何であたしの名前……ああ、そっか……悠斗の弟なんだったら……知ってて当然なのか……


 などと、考えていると、不意に手にふわりと温かい感触を感じた。

「え……」

 見れば悠希が両の手で、和花名の右手をうやうやしく捧げ持っているではないか。悠希はそのまま徐に、そこに片膝を付く。

「……な、な……に……?」

 思わぬ展開に、発した声は上ずっていて、否応なしに頬が熱くなる。


 未だかつて遭遇したことのない、このとんでもない状況に、どう対処していいのか分からずに和花名が固まったままでいると、悠希が顔を上げた。


 その表情は、これ以上はないというぐらいの真剣なモノで、そんな顔を見せられた方は、ただもうドキドキすることしか出来ない。


――こっ。このシチュエーションって……まさか、そういうっ!?……ていうか、何で私いきなりこんなことになってるのよぉ……悠斗の弟、とっ……って、ないないないないないないからっ!


「ちょ……やだ……離し……」

 思考がぐちゃぐちゃなまま、掴まれた手を引き戻そうとするものの、さして力を込めているようにも見えないのに、その手はいまだ悠希の手の中で、彼は狼狽する和花名の様子など気にも掛けていないふうである。


 そして、トドメを刺すように、にっこりとした笑顔を見せられた。

 瞬間、ふわりと体が浮き上がるような感覚を覚えて、気が遠くなる――


 次の言葉があと数秒遅かったら、心拍数上がり過ぎで和花名は間違いなく卒倒していただろう。だが幸いにも、そこで悠希が言った。……言った。その言葉は ――


「俺をあなたの犬にしてくださいっ!」

「は?」


――はぁあっ?


 何これどういうことなのよ。




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