⑥
「戻りました・・・」
「お疲れ。何か・・・、マジで色々持って来たみたいだな」
「はい。一応、予定していた物はほぼ全て揃いました。あと他にも使えそうな物があったので、それもついでに持って来ましたよ」
「ってか、本当に大丈夫? 勝手に持ち出してバレない? つーか、怒られたりしない?」
「一日か二日ぐらい、大丈夫です。普段、工具類なんて使いませんから。それに明日の午後には返すんで、気づかれませんよ」
「それなら良いけど・・・」
テレビ画面が午後のワイドショーから夕方のニュースに変わり始めた頃、宇江樹は大荷物で戻って来た。疲れ切っている宇江樹をとにかく急いで中に入れ、鍵とチェーンをかけて万全の体勢を整えた後、部屋の中央でその成果を確認する。
まずは工具ボックス。ペンチやドライバー、電動の螺子締めやレンチ等が入っているそれがどれほど必要になるのかは謎だが、とりあえず工具一式揃っていれば心強いだろうという曖昧な理由で持ち出してきたそれと、何故お菓子屋さんにあるのか芦には良く分からない、電動のこぎり。しかも三本。
他にもヤバそうな物はとにかく全て覆ってしまおう精神で必要としたブルーシート、作業中に怪我をしたら大変だからという理由で揃えた救急箱、深夜から早朝の作業では絶対に必要だろう懐中電灯が三本に、何に使うのか芦達自身も思いつかないが雰囲気的に必要そうだと思った太いロープ。
他にも細々と揃えた物を一つずつ点検し、何かそれ以外にも必要な物がないかを二人で考えつつ、もう一度、計画の確認をする。勿論、確認とはいっても立てた計画そのものが酷く大雑把なものである為、確認も大雑把なものにならざるを得ないのだが。
出発は、夜の十一時。なるべく作業時間を多く取るため、十時出発が最初の案には上っていたのだが、その時間帯だとまだ遊びから帰って来る人や残業帰りの人もいるので危険だということで、一時間遅らせて十一時に決まった。
井雲のバイトが終わって借りた車で戻って来るのが予定だとは八時頃。一番近くのコインパーキングに停めて部屋へ戻って来る予定なので、戻り次第、皆で夕食を済ませ、宇江樹が持ち出してきた荷物を車に運び込み、出発時間の十一時まで部屋で時間を潰す。
そして出発の時がきたら・・・、何度も話し合いが持たれた問題ではあるのだが、みーさんも連れて車に乗り込むことになった。みーさんだけを部屋には残せないので、もしみーさんが残るとなれば三人のうち、一人は留守番になってしまう。
しかしただでさえあまり力のない男三人、今は一人でも欠ければ元々成功するか分からない計画が完全にご破算になるのは目に見えていて、その為、苦渋の決断でみーさんも連れて行くことになった。
出来ることならみーさんは安全圏で大切に保護してあげたかったのだが・・・、これもみーさんとお堂の為と思い直し、みーさんの外出用品も一式、準備済みだ。
その用意した、あの神社仏閣巡りの時と同じスタイルになったみーさんを連れた男三人で車に乗り込んだ後は、井雲の運転で問題の場所に向かう。問題の、お堂があるあの緑の前だ。
どうせ車道を通る車も歩道を通る人間もあまりいないはずなので、車を路上駐車し、荷物を三人で手分けして持ってお堂に向かう。・・・予定なのだが、ここでも問題になったのはまたもやみーさんのことだった。
お堂の場所まで連れて行くべきか、それとも車に残すべきか、もし残すなら誰か付きそうべきなのか、という問題。ただもし誰かが残るなら、それこそ部屋でみーさんと留守番していても変わらないし、そもそも人手が足りないのだからその案は却下するしかない。
しかしいくら少し奥に入った場所には三人がいるとはいえ、そして車をロックしておくとはいえ、みーさんだけを残すのは不安だ。かといって、連れて行くのも不安なのだ。何せ三人は大荷物を持っているし、作業を行うのだから、みーさんだけに気を配っておくわけにもいかない。
車に残すにしろ連れて行くにしろ、万が一、東狐達がお堂に来てしまい、みーさんが見つかってしまったら、間違いなく取り返しがつかないことが起きてしまうのだから、どちらの選択肢も不安すぎて容易には選べなかった。
選べなかったが、選ばなくてはいけない。選びたくないが、どうしても選ばなくてはいけない。それで考えに考え、考えたくないと逃げ腰の自分達の心を鼓舞してどうにか選んだのは・・・、ロックした車中にみーさんを残していくという選択肢だった。
勿論、選んだ後も芦達はかなり不安だった。不安だったが、しかし少なくともロックをしていれば強引に連れ出すことは難しいはずだし、お堂へ一緒に連れ行って見つかるよりは連れ去られる危険は少ないだろうと判断したのだ。
感じる不安が消えない為、もし作業が難航したら三人のうち、一人が車中へ様子を見に行くと決めておいたのだが。
しかし決断が難しい問題はそこまでだった。そこから先は、実行が難しい問題が待っているのだ。計画のメイン、お堂の持ち出し作業。実際には、お堂の切り離し作業と言い換えた方が良いかもしれないが。
計画としてはお堂の脚を全てお堂部分に当たる場所の根元から切り離し、表現は悪いがお堂を犬小屋みたいに平地に置ける形状にする。それから三人で切り離したお堂を周りの木の枝にぶつけないよう細心の注意を払って運び出し、車に積み込んだ後、すぐさま安全運転ギリギリの速度で飛ばして今度はコインパーキングではなく、芦の部屋前の道路に路上駐車する。
その頃には深夜も深夜、誰も通らないし他の部屋の住人も寝静まっている頃だと思われるので、人目につかない代わりに眠っている住人を起こさないようにまた細心の注意を払い、まずみーさんを部屋の中に入れてから、三人がかりでお堂を車から運び出し、玄関ではなく、建物を迂回して裏手に回る。
芦の部屋が一階で、角部屋、しかも裏手に並ぶベランダから部屋に通じる窓が生活に不必要なほどの大きさであることが幸いだった。・・・というか、幸いになる予定だった。
みーさんを部屋の中に入れた際にその窓を開けておけば、玄関は通らないかもしれない大きさのお堂も、どうにか部屋の中に入れられるという算段なのだ。角部屋だから人目につき難いし、静かにやればどうにか丸く収まると、そう、信じて。
そこまで済めば、あとは窓を閉め、井雲は路上駐車の車を再びコインパーキングへ停めに行き、芦と宇江樹は一足先に部屋に篭もって井雲を待つだけだ。
そして戻って来た井雲を迎えてドアをチェーンつきで厳重に戸締まりをすれば・・・、計画は完成する。少なくとも芦達が計画として立てたものは、完成する。
ただ予想というか、希望的予定としての続きはある。移設したお堂を前にして、みーさんが本来、在るべき場所である堂の中に戻り、諸々の問題が一挙解決する、という続きが。
お堂の脚は切ってしまうつもりだし、移設場所は神さまに緑なんて全く無い、バイト暮らしの男のワンルームだし、部屋の主の芦を含め、その場にいる人間三人は今までの人生、ずっと無信心だった人間だが、それでも神様が神様の家であるお堂に収まるのだ。
形は変えても、在るべき場所に在るべき存在が戻る。その手伝いを、芦達があまりない知恵と力を振り絞り、成し遂げたことになる。
つまりハッピーエンドというヤツなのではないか、と芦達は期待しているのだ。
それならばハッピーエンドを成し遂げた芦達は、今まで貰ったご利益を素直に受け取っても天罰は下らないかもしれないし、心配していた東狐達の干渉も、お堂にみーさんという神様が収まった時点で、たとえば東狐達のことは無視して下さい、とでも願えば、その後、東狐達がどんな干渉をしてきても、彼女達の神様に無理矢理祭り上げられたり、怪我を負わせられたりしないかもしれない、と考えたのだ。
人間が神様にするお願い事なら、みーさんも叶えられるのではないかという考え。
今までそういう願い事がなかったからこそ、芦が最初に見かけた時のような怪我を負わされたりしていたのではないのかとも考え、それならばみーさんの為に必死で願い続ければ、今日明日とまではいかずとも、数日ぐらいでみーさんも自分で自分の身を守れるようになるのではないかと、そこまで考えて。
あとは適当な頃合いを見計らい、もう一度お堂をあの緑の中に運ぶ。脚は切ってしまうので、地面にそっと置くしかなくなってしまうが・・・、もしくは脚を付けるぐらいの大工仕事なら自分達でも出来るだろうから、付け直した後でも良いのでとにかくあの場所に戻せば全ては解決するのではないかと、三人はそこまで考えていた。
考えていたというか、願っていた。結末はそうであってほしいと。
みーさんは神様で、でも幼くて可愛らしくて、短い期間ではあるが、芦達はもう充分過ぎるほど情が沸いていた。それに宇江樹はともかく、芦と井雲は得てしまったご利益にも怖れているくせに未練がある。
だからこそ、願っている通りの結末をどうしても求めていた。みーさんも、芦達人間三人も、めでたしめでたしで終わる結末を。
────そしてその願う結末の為にも、計画は成功させなくてはならないのだ。
「・・・うっす」
「おうっ、どうだった?」
「連絡入れた通りだよ。ちゃんと確保出来たし、あっちに駐車してある。・・・って、おぉ、こっちも計画通りだな」
「色々揃えておきました。足りるかどうかは分からないんですけど・・・」
「とりあえず車と電動のこぎりあれば、大丈夫だろ」
「だな」
井雲はほぼ予定通りの八時十分頃、芦宅に戻って来た。少しだけ疲れた顔をしつつも、自分の成果を誇るように僅かに胸を張って。
その井雲を部屋の中に招き入れ、宇江樹が確保してきた戦利品が広がる部屋の中で三人、立ち並び、顔を見合わせ、一度、示し合わせたかのように立ち尽くしている三人を見上げるみーさんを見下ろし、不安げなその顔に宥めるような笑みを向けた後、もう一度、お互いの顔を見つめて・・・、
とうとう計画が始まることを、無言の視線だけで確認し合った。
・・・とはいっても、とりあえずは夕飯だった。腹が空いては戦は出来ぬ、とも言うし、何より井雲はバイト帰りで疲れていたのだ。
それで計画決行の気持ちだけは先に確認し合ってから、芦は廃棄弁当の残りを温めだし、宇江樹は広げた荷物を簡単に纏め、井雲は疲れ切った身体を投げ出すように座り込み、芦が用意してくれた麦茶を飲んで一息つく。
それからテーブルを拭き、ついたった今まで不安げな色を浮かべていた目に期待の色を滲ませたみーさんを囲んで、廃棄弁当による夕食会を開いた。勿論、その間、テレビは点いている。
八時過ぎではワイドショーなど放送していないので、代わりに点けている番組はバライティ寄りのドキュメントもどきだ。芸能人が巻き込まれた実際の事件を解説付きで放送する番組。
少しだけ昔の話題を取り扱ったワイドショーめいて見える所為か、みーさんのお気に召したらしい。・・・神様なのにゴシップめいたものが大好きって、本当にどうだろうと芦は幾度めかの罪悪感を感じていたが、当然、チャンネルは変えない。というより、変えるだけの決断力がない。
ただ決断力がないのは芦だけではなく、他の二人も似たり寄ったりだ。そしてその似ている三人で、夕食を食べながら改めて計画を確認して・・・、これから先、自分達が行う予定の行為に、小さく身震いする。
多少の私情はあるが、それでも基本的には神様の為に行う行為。しかし人間社会の基準に照らせば、犯罪行為に相当するであろうことをこれから行うのだ。
全く悪さをしたことがないと言う気はないが、それでもある程度真面目で、間違いなく小心者の三人は、今まで断罪される程の悪さはしたことがない。だからこそ、どれだけ決意を固めても完全に躊躇を振り払えない。いくら頑張っても、出来ない。
それは夕食を食べ終え、荷物を交代で車に運び込み、みーさんの外出用意を調え、落ち着かない気持ちを紛らわすために外出用の格好をしたままテレビを見ているみーさんと共に並んで座っている間も、常に三人に纏わりついていたし、どれだけテレビに意識を集中させようとも、三人が落ち着きを取り戻すことはなかった。
勿論それは、行動開始時間である十一時を迎えても戻すことは叶わない・・・。