↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後ろ指を指されても、別に  作者: チゴロ
PR
17/21

夏祭り

 毎日何回も見続けた8月のカレンダーも、もう見納めである。駄菓子屋の日めくりカレンダーが、8月の終わりを迎えていることを伝えている。日中は相変わらずの夏の日差しが支配しているが、日が暮れると、途端に秋を予感させる涼しさである。今日は8月31日。全国の小学生が、明日を憂い、夏の間の栄光を振り返る日である。この時期、この町では神社で祭りがある。神社は山の山頂にあり、その山全体が祭りの会場となる。山の至る所に出店が並び、参道から獣道まで道という道に提灯がつけられる。古くから続く祭りということもあって、町の者は皆、この提灯の下で8月31日の夜を過ごす。


 小さな頭に似合わぬ年季の入った大きな麦わら帽子と、鼻緒が千切れかかったビーチサンダルで近衛が石段を大股で登っていく。目当ては捨てられている型抜きと転がっている小銭である。下手くそが早々に割ってしまった型抜きで暇をつぶしながら小銭を探すのが、この祭りのときの行動スタイルである。でかい声で騒ぎながら登る高校生の群れを追い越して、石階段を山頂まで登ると、拝殿の脇にある型抜き屋をまっすぐ目指す。型抜き屋のテーブルは満席で、園児から八百屋のばあちゃんまで熱心に爪楊枝で板状の菓子をつついている。脇に立てかけられている汚い文字の値段表まで寄っていく。園児が挑戦している円形はクリアすると100円。八百屋のばあちゃんがやっている恐竜は2000円になるようだった。

「あら、このちゃん。元気?ねえこの型見てよ。もう半分まで行ったのよ。」

 小学生相手に誇らしげに見せる。恐竜の上半身がきれいに抜かれている。

「失敗したら頂戴ね。」

「しないわよ。2000円もらってあそこで目一杯飲むんだから。」

 ばあちゃんの爪楊枝が指す先には商店街の一団がどんちゃん騒ぎしている屋台があった。

 再び指先に神経を集中させる八百屋を尻目に、地面にきれいな型が落ちていないか探索を始めた。今年の客は器用な者が多いのか、結構抜けている物ばかりで、中々即失敗をした上物が見つからない。眺めて見つからないなら潜り込むしかないと、麦わら帽子を園児の頭の上に乗せて、八百屋の大根足が塞ぐ机の下にも潜り込んだ。上からばあちゃんの驚く声が聞こえるがそんなものはお構いなしと、強引に突き進んでいく。2つほど机を移動すると、どこの誰だか知らないジーパンの足元に、近衛が満足できる美品を見つけた。600円の車の型抜きだった。交通事故よろしく後方のトランク部分がぱっきりと割れているが、それ以外はほぼ手つかずである。近くに150円の星の型抜きも落ちていて、同じように一部が割れているだけの状態だった。よっぽど不器用な挑戦者がいたらしい。踏まれないように素早くふんだくると、近くの適当な爪楊枝もかっさらって机の下から脱出した。意識が他人の型抜きに向いていてまるで進んでいない園児の頭から麦わらを回収するとさっさと店をあとにした。後ろの方から、八百屋の叫び声が聴こえる。

 次は小銭探しである。よく見つかるのは出店の周りである。特に土の色と同化している10円玉が見つかりやすい。まず探しに行く場所は金魚すくい。ポケットに入れている小銭が金魚を救う際にしゃがんで転がり落ちるのではないかというのが近衛の推理である。金魚を真剣に救おうと試みる酔っぱらいのおっちゃんの横にしゃがみ、金魚を眺めるふりをしながら銭を探す。見つからない。金魚すくいが目的でないことに気づいた店主が露骨に嫌な顔をしている。そろそろ移動しないと注意されそうだ。

「近衛ちゃん!」

 急に名を呼ばれて心臓が縮こまった。近衛が振り返ると、品行方正学級委員、小菅さんであった。

「久しぶり。来てたんだね。」

 きっちり親と同伴。薄黄色の浴衣に下駄とバッチリ和風スタイルである。

「ああ、小菅ちゃん。終業式以来だね。」

 意味もなく立ち上がってしまい、目線はどんどん下がっていく。後ろの店主は酔っ払いの相手をしながら聞き耳を立てている。

「金魚取れた?」

「ううん。見てただけ。」

「そっか。ねえ一緒に回ろうよ。」

 母の方を向き、ねえいいでしょと了解を取ろうとしている。

「いやごめん。お母さん待たせてるから。また今度ね。」

 小菅が振り返らないうちに走り出し、石畳を一つ飛ばしにして人混みに紛れていく。人混みで出会うどいつもこいつも話す相手がいて、手を繋ぐ相手がいる。そんな輩の隙間を必死にかき分けて拝殿まで戻ってきた。そのまま拝殿を背に階段を一気に駆け下りて72段目。左にあるわずかな獣道のほうへ飛び込んでいく。提灯の明かりが一気に届かなくなった山中も止まらずに走っていく。まっすぐまっすぐ、両足に当たる雑草の鞭に耐えながら駆け抜ける。しばらく走ると足に当たる雑草の量が急に減って、少し開けた場所に出た。中央にある赤い布切れが巻きつけてある木を見つけると、近衛はようやく足を止めた。

 まつりの明かりはとうに見えなくなって、虫の音に混じって。賑わいだけがかすかに聞こえる。近衛は木にもたれかかると、そのまま地面に腰を下ろした。


 春休みに見つけたこの広場は、ときどき、草むしりをしたり、種を植えたりと手入れを重ね、今では机用の平石があり、拾ってきた本棚にお気に入りの小石が並び、順調に育った朝顔がそこらの草木に巻き付いている。

 見上げると空を覆い隠している木の葉の隙間から月が見えた。かすかな賑わいの中に祭りの目玉であるビンゴ大会の告知が混じる。今年の商品は大型テレビと最新ゲーム機で大盤振る舞いだ。ビンゴカードは今週のどこかにポストに入れたから持ってないやつは家からもってこい。饒舌にまくしたてる声の方に向かって、そんなもんあるもんかと言い返す。

 夏の間履き続けたビーチサンダルの、取れかかった鼻緒をつまんで見る。少し強く引っ張るとかんたんにちぎれてしまいそうだ。よく見ると、かかとの方は少し裂けている。次は何を履こうかと考えながら仰向けになる。月の白い光を、ただ何となく見つめる。うさぎの形が見えるなんていうけれど、そんなものはどこにも見えない。へこみと出っ張りと灰色がただただ見えるだけである。

 不意につむじに空気の圧が刺さってきた。少し後から「ぱらら」と弾けるような音。黒かった木の葉にほんの少しの色彩がついている。祭りの最後を飾る花火の打ち上げが始まったようだった。いつの間にかテンションの高い数字を読み上げる声がなくなり、変わって山の下へ向かっていく声の流れが聞こえている。

「二学期かあ。」

 永遠に思えた夏休みも、もう終わる。にぎやかな教室と、騒がしい一日が待っている。登校初日の、朝の時間だけ。そこだけ耐えれば、また楽しい毎日だ。

 力を込めた右手が、地面を少しだけ引っ掻いた。爪の中に入っていく土の分だけ、心に重しがへばりつく。つむじを叩く花火の圧は、ちっとも重しを飛ばしてはくれない。木の葉がどんな色になっても気持ちは少しだけ濁った部分が消えやしない。

 今日は8月31日。全国の小学生が、明日を憂い、夏の間の栄光を振り返る一日なのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。