体力を作ろう
「これから、体力づくりを、始めます。」
「はい!」
「声が小さい!」
「ハイ!!!!!」
「お願いします。」
「お願いしますッ!!!!!」
夏の終わりの7時半。校庭で5,6年生が久々に根性を叩き直されている。
中三川小学校では、夏の終わりに一週間、高学年を対象に体力づくりというイベントがある。
2学期を前に、生活リズムと体力を元に戻そうという表向きの理由と、体育主任が陸上大会に向けて少しでも他校との差を縮めておきたいという下心を併せもった大変意義のある活動である。
夏休み中である以上、一応申込制だが、各担任による入念な刷り込みと、それに乗っかった児童による同調圧力で毎年ほとんどの児童が参加している。そして、せっかくの貴重な夏休みの朝っぱらから、軍隊のようにシバかれるのである。
「わざわざ自分から怒鳴られにくるなんて、あいつらは変態なのかね。」
体力づくりの当番を賭けた麻雀で惜しくも三位となり、めでたくこの日の当番をプレゼントされたニシオが、横の列がそろっていないことに不満を抱く体育主任に怒鳴られている小学生を見ながら、剃り残したあごひげをなでる。
「なんも考えてないんでしょ。小学生なんだから。」
体力づくりの当番を賭けた麻雀で惜しくも四位となり、めでたくこの日の当番をプレゼントされた山口が、ニシオの鼻毛を横目に見ながら応える。
走る速さがそろってなぁい!縦横をそろえてはしるんだぁぁぁ!
「お二人とも、釜谷先生に任せてないで、一緒に指導したらどうですか。」
体力づくりの当番で、朝ご飯を食べ損ねたことに不満を持っている寺西がサボって日陰で座っているおっさん二人に声をかける。
「じゃあおめえもやれよ。」
「私、教え方わからないし、あの学年もったことないからよくわかんないし。」
「それなら、こっちに文句言うなよ。」
山口が大きく背伸びをする。
「一応私は応援はしてるし。」
広がるのがおそぉぉぉい!
「目くそ鼻くそ。」
ニシオが耳の穴をほじる。
「校長に怒られても知らないよ。」
寺西はそういうと、体操隊形に広がるのが緩慢で体育主任釜谷にしごかれている哀れな小学生のもとへ歩いて行った。
「広がるのが遅いだけで、なんで怒られるんだろうね。」
「釜谷が怒りたいからだろ。」
「あれって前のほうのどんくさい奴がのろのろしてるから、後ろの奴が怒られるんだよな。俺、いつも並び順最後だったから、いつもとばっちり食らってたわ。」
「俺は、そもそも列にいなかったわ。」
「ニシオは前からそんなか。」
2回のやり直しを経て、3回目にしてようやく素早く広がることができて、準備体操が始まる。深い伸脚で立ち上がれない運動音痴と、前後屈で地面に手を触れたくない女子が釜谷の指導の対象となっている。
しっかり手をつけるぅぅぅぅ!
準備運動が終わると、走力を上げるための練習メニューが始まった。
練習メニューの説明はそこそこに、体育用タンバリンを勢い良くたたきながら根性をひたすら注入する。
足を!もっと!高く!根性ッッッ!
ほじる耳くそがなくなってきたことを確認したニシオは転がっている小枝で土に落書きを始めた。
「そんなんやってたら、釜谷に注意されるよ。」
「俺が子供だったら全力で反論するわ。」
「俺もするかもなあ。」
そういうと山口も砂いじりに参加した。
何しゃべってるぅんだぁ!待ってる間にもストレッチとかできることがぁッあるだろうがッッ!
アホか
ニシオの小枝の先が三つの文字を記す。
釜谷の根性と、小学生の甲高い掛け声が校庭にこだまする。8月も終わりに近づいているが、夏が終わる様子はなく、早朝とはいえ、真っ白な太陽光と、遠くに聞こえるセミの声は健在である。
始まって二十分ほどしたころ、女子児童がひとり、ニシオと山口のところまで連れられてきた。
「オッサンが砂いじりなんかしてるんじゃないよ。どきなさい。」
「うるせえババア。」
ニシオが素早い返答をする。
ニシオと山口の合作は、もう少しで九蓮宝燈が完成しそうである。
「女にババアなんていわないでよ。めまいがする子がいるんだから、どいて。」
そういうと寺西は九蓮宝燈を踏みつぶしてニシオと山口を追いやると、顔色が悪い児童を座らせた。
「9面張だったのによお。」
山口が不満を垂らす。日陰を取られた二人は、体力づくりに参加する、ということはなく、新しい日陰を見つけて腰を下ろした。
その後もぽつりぽつりと体調不良か、日陰で休む児童がでてきた。
「初日から気合入れて運動させるからああなるんだよ。生活リズムを取り戻す大義はどこにいった。」
山口が釜谷を批判しながら、また牌を描き始めた。
ニシオは枝を放り投げ、釜谷にしごかれる高学年を見つめる。
子供も忙しくなったもんだ。
もっと!足を!高くぅぅ!
体育主任釜谷の声はあと4日は校庭に響く予定である。




