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後ろ指を指されても、別に  作者: チゴロ
10/20

夏の長い一日2

 ウサギ小屋へ行くため、廊下を存分に走る近衛は階段も最上段から一気に十三段を飛び降り、軽い身のこなしで1階まで下りていく。1階の廊下の先の扉を開けると一気に夏の熱気が体を覆ってきた。

「あちー。」

 体中から汗が噴き出した気がした。しかしそんなことよりウサギである。1年生の時、学校探検で触らせてもらって以来、また頭を撫でたいと願っていたのだが、柵の奥にある小屋に近づくことは禁じられていて、その権限を持つのは高学年の飼育委員のみ。もはや何のために飼っているのかよくわからないが、遠く眺めることしかできなかったウサギに久方に会うことができるのだ。柵についているカギを開け、小屋の中へ入ると前と変わらず、黒いのとぶちのとが隅にうずくまっていた。

「ほれー。ココアおいで。」

 確かぶちの方がおとなしかったはずと、過去の記憶を思い起こしてぶちの方に声をかける。しかし隅で丸くなっているココアは近衛の声にまるで反応を示さず、動く気配がない。

 だがそんなことはお構いなしに腹の下に手を回すとそのまま勢いよく持ち上げた。ココアは抵抗するそぶりをみせず、あるがままに体を近衛に預けている。

「ふわっふわだなあおまえ。」

 抱えたココアの背中を何度も撫でる。1年生の時よりなんとなく大きくなったような気がした。

 ひとしきりふわふわを楽しんだ後、ココアを元居た場所におろし、小屋の掃除を始めた。前日までの教員が掃除をさぼっていたのか、いたるところに黒い丸っこいものが落ちている。

 ほうきで掃くと、ころころ転がって簡単に集められる。楽しくなって一粒残らず集めた。小屋のすぐ外に「糞はここへ」という木札があったのでそこへ向かって塵取りを思いっきり振った。中に入っていた丸っこいものが弾丸のように飛んでいき、木札に降り注ぐ。いくつかが札に跳ね返ってこちらへ戻ってきたので慌てて後ろに下がる。

 桶の水を変え、餌の補充を終えるころには汗が目に入るほどになっていた。この間、近衛は扉を全開にしていたので、ウサギは脱出をしようと思えば簡単にできたはずなのだが、小屋が気に入っているのか、暑さで動く気が起きないのか、微動だにしなかった。

「やりきった。」

 小屋の中に落ちていたコンクリート片まで律義に整頓し終えると、近衛が満足そうに汗をぬぐった。普段の教室掃除よりも気合を入れて取り組んだ結果、小屋の中が小ざっぱりした。なかなかの出来ではないかと自己満足。

「じゃあね。」

 ココアとクロの頭を撫でた後、小屋を後にした。二羽のウサギは目線を送ることもなくじっと動かない。


 職員室へ戻る途中に水槽へと寄った。しばらくエサをあげていないことがまるわかりで、近づいただけで金魚がエサをもらいに水面から顔を出す。

「めっちゃ刺された。」

 勢いよくエサを撒きながら蚊に刺された左頬を掻く。ウサギ小屋掃除をしている間に刺されたらしく、左頬・右腕、両足とそこら中に腫れがあった。

 水面いっぱいにエサをばらまいた後、腕と頬を水槽に当てて冷やす。ひんやりした感覚がかゆみを薄めていく。目を閉じて心地よい感覚に酔いしれる。

 近衛の顔に何かが当たった。何事かと目を見開き周りを見渡す。顔をこすると水が顔についていた。水面で必死にえさを獲る金魚からの水しぶきだった。

 エサをあげすぎて大量のえさが浮いている水槽を後にして職員室に戻った。


 近衛が職員室の戸に手をかけ思い切り開ける。学校当初から変わらない木の戸は建付けが悪く、低学年などは開けるのに一苦労をする。わずかに上向きの力を入れながら動かすとよく開くことを3年の小学校生活で学んだ近衛によって、戸が大きな音を立てながら動き出す。壁に当たるとこれまた大きく乾いた音を立てた。

 廊下の熱気の中にエアコンの冷気が混ざり合う。

「ウサギ小屋やってきたぞ。」

 得意げな声で担任へ報告をする。職員室を見回してもニシオの姿がない。どうしたのかとニシオの机のほうへ寄っていくと、床のほうから寝息が聞こえた。

 床に教科書を積み重ね、タオルを上にかぶせた簡易型枕に頭を預け、爆睡している担任がいた。

「寝るなし!」

 こちとら汗水たらして仕事をしてきたというのに、エアコンの効いた部屋でお昼寝かいと、憤怒した近衛が顔面を踏みつけてやろうかと足を上げたときである。背後で電話が鳴りだした。

 思わず振り返る。電話のボタンが緑色に光る。さっさとニシオを蹴り起こせば済んだことだったのだが、突然のことに動揺した近衛は何を思ったのか受話器を取ってしまった。

「もしもし。」

 とりあえず、電話での社交辞令である。

「キョウイクイインカイガクムカのタノウエです。オテスウですが教頭先生はいらっしゃいますか。」

 何を言っているのかよくわからなかった。やたら長い名前で覚えられない。

「えっと、あの。誰出すか。」

 どうしていいのかわからず、名前を聞き返すのがやっとであった。

「え、あれ?」

 子供の声が返ってきて驚いたのか、電話の向こうからおかしいなあというつぶやきが聞こえてくる。

「えっと、間違えました。失礼いたします。」

 よくわからない状況に慌てたのか、確認も何もしないまま、一方的に電話が切られた。とりあえず乗り切ったぞと、胸をなでおろす近衛。

「なんか、電話なってたか?」

 いつの間にかニシオが目を覚ましていた。頭を掻いてあくびをしている。

「なんとかクムカのタニウチさんってところから。間違えたって電話切られちゃった。」

「そりゃ、夏休みの学校に電話かけて子供の声で出たら間違えたと思うだろ。それたぶん教育委員会からだぞ。電話あるって教頭に言われてたんだよ。」

「そういえば教頭先生いますかって言ってた。」

「おいマジかよ。代われよ俺に。」

 せっかく代わりに出てあげたというのになぜ怒られなければいけないのか。

「ニシオが寝てなければよかったんじゃん!」

 目をこすっているニシオに対して全力でタックルをかます。不意を突かれたニシオがどでかい音とともに派手にひっくり返った。

 時刻は11時03分。夏休みの一日は長い。

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