団欒
実家に戻ると美也は真っ先に母親のもとへと走っていった。
「お母さん、見て見て!お兄ちゃんが買ってくれたんだよ!」
美也は紙袋から次々と中身を取り出して見せた。
「まあ!嬉しい!こんな高いものほんとにいいの?」
台所から聞こえた母親の甲高い声に耳を疑った。
「お兄ちゃんありがとう!これお母さんが前から欲しがってたバッグなの!」
なるほど、そう言う事か。確かに美也は母親が買ってきて欲しい物も買ってきたのだ。
あの紙袋3つは、一つは美也の、一つは母親の、という事は残るもう一つは…。
「ただいまー。お?珍しいのがおるな!」
「ああ、久しぶり…。」
親父が帰って来た。日に焼けた顔を見ると、ゴルフに行っていたに違いない。
「お父さん、おかえり!ほら、これお兄ちゃんから!」
美也には抜け目が無い。自分の買い物を、見事に正当化してしまった。
午後6時になり、庭の草むしりがひと段落したところで、母親から夕飯の準備が出来たと声が掛った。立ち上がると腰が悲鳴を上げ、普通に歩けなくなっていた。
「いたたた…。」
まっすぐ歩けるようになるまでしばらく時間がかかった。なんとかダイニングテーブルに辿り着くと、豪勢な夕ご飯が用意されていた。
「おお、こりゃたまげた。こんな料理が並ぶなら頻繁に帰って来てもらわんといかんな。」
父親の嫌味に母親はムッとしている。
「あらやだ、いつもこんな感じでしょ?ねえ、美也ちゃん。」
「そうだよ、お父さん。もうろくするにはまだ早いよ。」
娘の言葉に母親は満足げだった。
俺がビールを飲む姿に、一同興味津津だった。俺が家を出たのは高校を卒業してすぐだった為、もちろん酒を飲む姿を見た事はない。成人式にも帰らなかったため、よくある親父との初めての一杯は実現していなかったのだ。
「お酒は良く飲むの?」
「ああ、飲み会の時だけね。」
何気なく返事をしただけだったが、母親はとても嬉しそうな顔をしていた。飲み会に息子が参加している。その事が母親にとってはよほど嬉しかったのだ。
「今日、明美先生の所に行って来た。」
俺の言葉に、親父と母親の表情は固まってしまった。そんな話が出るなんて夢にも思っていなかっただろう。母親は美也の顔を一瞥した。どういうこと?とでも言いだしそうな表情だ。
「最後のカウンセリングをしてもらった。母さんにも父さんにも心配かけたね。もちろん美也にも。」
俺の言葉を聞いて、美也が真っ先に泣き出した。つられて母親も涙が止まらなくなってしまった。
「俺の調子がおかしくなってから、美也はあんなに好きだったアイドルのポスターを全部はがして、歌番組なんかも見なくなった。俺が何で悩んでいるか、みんな分かってたんだよね。」
親父は箸をやすめ、腕組みをしたまま硬い表情だ。
「でも俺も辛かったんだ。心が押しつぶされそうで、みんなの事なんか考える余裕はなかった。」
親父も目を閉じたまま涙を流している。
「みんな本当に辛かったと思う。いまやっとそう思えるところまで来たんだ。」




