Episode-7.強化合宿と師匠のおねだり
※気に入らなかった文を修正しました
とうとうGW合宿が始まった。
初日の午前は達也と桜がお互いの理解をまた一つ深め、午後からは桜から剣術を教わり戦いの基礎を学び始めた。
と言えど、桜から教わった基本の型は合わない、との本人の言い分で振り方は完全に我流。まだまだ癖も隙もあり完璧とは言えないが、彼らしい鋭く力強い太刀筋を生み出せていた。
「………ふっ、はっ!」
短く呼吸を刻みながら、素振りの要領で剣を振り切っていく。達也の持つ日本刀『龍聖』が滑るように空を切り、風切り音特有の甲高い音を奏でていた。
アニマによる身体強化を応用した結果か、刀を振り抜く力もスピードも常人とは段違い。元々の運動能力とも相まって彼を『超人』に変えていた。
「………これじゃまだ遅い、もっと速く、もっと鋭く………」
超人となった自身の刀捌きにまだ納得がいかないのか、休憩も入れずひたすらに振り続けていく。
その姿を見守っていた桜は、驚きに満ち溢れた表情で達也を見詰めていた。
「………正直、ここまで熱心に練習するとは思いませんでした………その甲斐あってか、たった数時間で相当レベルアップしてますし………」
彼女の茫然とした呟きに、達也は圧倒的な得意顔を浮かべた。俗に言う、『ドヤ顔』という物である。
「俺だってやるときはやるって、もっとも必要に迫られないとやらないけどな」
「それもどうかと思いますけど………まぁとにかく良いことです!こういうのは毎日の鍛練が欠かせませんからね!」
偉い偉いと言わんばかりの態度で胸を張る桜。現時点で教える立場にあるだけあり、普段より上から目線な態度である。
「………じーっ」
「今時視線を口で表す人がいるとは思いもしませんでしたが、一般的な答えで返すとなるとーーーー何故、ご主人は私の顔をじいっと見つめているのですか、もしかして私に惚れてしまいましたか!?」
「お前の中の"一般的"を問い質してやりたいが、あえてそのままスルーして言うとーーーー何でお前はそんな上から目線なんだ?」
「今の私はご主人の師匠っ! 立場が上なので、必然的に目線も上になりますよ」
「………合宿始まる前はゴロゴロしてただけの師匠が、よく言ったもんだな………」
聞こえないようにと、ボソッと小さく言ったつもりの不平。しかし、相手は天下の獣神様、聴力には長けているようであり、聞き逃すことなく「にゃぁっ!?」と驚きの悲鳴を上げる。
羞恥にその顔を真っ赤に染め、震える瞳で達也を見詰め上げていた。
「ご、ご主人………み、見てたん、ですか?」
「見てたって………もしかしてバレないようにしてたのか? それにしては随分堂々としてる様に見えたけど………」
「の、覗きですっ、痴漢ですぅ!!」
「………お前は気づいてないかもしれないけど、寝言をぶつぶつ言ってる時もあったし、へそ出して豪快に寝てたときもあったぞ。この度に俺が直してやってたんだからな」
「あぅ………は、恥ずかしい、恥ずかしすぎます………」
指導者としての威厳を完膚なきまでに叩き壊された桜は、悶えながらその場に座り込んでしまう。
むしろあそこまで気持ち良さそうに寝ておきながら、何故バレないと思ったのか。甚だ疑問が残ってしまうが、何はともあれ、指導する者がずっとこの調子では参ってしまう。
損ねた何とか機嫌を取り戻すため、頭から言葉を捻り出した策を桜にぶつけていった。
「ほら、そんなところに踞るなって。剣術教えてくれるんじゃなかったのかよ」
「………今はそれどころじゃないです………」
「自業自得だろがーーーーじゃなくて、今度からなるべく見ないようにしてやるから、見てもなるべく見なかったふりしてやるから、な?」
「………全くフォローになってませんから………」
「じゃ、後で山降りて、特別にマグロの刺身買ってきてやるから、な? それで機嫌直せって」
「ぐっ………い、要りません………」
大好物のマグロの誘惑にも辛うじて、辛うじてではありながらも、耐え踞る桜。何が彼女をここまでさせているのだろうか、達哉は額を押さえるばかりである。
「………ですが」
不意に桜が声を上げ、紅潮し項垂れていた顔を達也に向けた。
「………今日の夜、い、一緒に寝てくれるのなら………再開しても、いいかと………」
「………」
予想の斜め上を行く条件に、達哉は思わず放心状態になってしまう。我に戻り暫し考えても、些か状況が理解出来なかった。
今日の夜? 一緒に寝る? それは、同じベットに入って眠ることを指す、『添い寝』ということで間違いはないのだろうか。
こんな中学生、下手すれば小学生にも間違われてしまうようなちんちんくりんな彼女でも、女性であることには代わりはない。年は達也と少しも変わらない、ので、千に一つでも、万に一つでも、間違えがあってはならないのだ。
頬を紅潮させながら答えを待つ桜、待たせるのも悪いと思った達哉は、彼女の気が変わらないか試してみることにした。
「………そうだ、タコの足とイカの足の本数は違うって話、知ってたか?」
「ちょっ、話を逸らさないで下さいよぉ、私は本気なんですからね………」
「………本気か? 本当に本気なのか? 本気と書いてマジなのか?」
「ほ、本気と書いて、マジですけど………」
「どうしてそんなことを………?」
「わ、分かりませんっ、けど、強いて言うなら、そう『思って』しまったからです………」
どうやら冗談ではないらしく、恥じらいながらも自身の想い素直に答えていく。
彼女の本気に少なからず感心した達哉は、期待に応えるべきか、逃げの道に走るべきか、思案に暮れた。
桜が達也に教えたものは決して剣術だけではない。彼が長い間失っていた感情、それを再び教えてくれたのは他でもない桜本人である。当然達哉は感謝していた。
そんな彼女の願い、これを裏切ってしまって良いのだろうか。
達哉は頭を掻き、大きなため息を一つ吐く。そんなことを考えてしまったら、もう答えは決まったようなもの。裏切ることなどできはしなかった
「………分かった、ただし今日だけだぞ?」
その言葉を聞いた途端、桜は顔一面に眩しいほどの笑顔を咲かせる。今まで見てきた彼女の笑顔の中で、一番輝いている最高の笑顔だった。
「ほ、本当に良いんですかっ!? 後から嘘とか絶対言わないで下さいね!?」
「………男に二言は無いってよく言うだろ? だから安心しろって」
「や、やったーっ! 駄目元で言ってみて正解でしたっ!」
仕方無さを言外に匂わせて言ったつもりの達也だったが、有頂天の彼女はそんなことを気にしている余裕は無い。
桜はここら一帯をぴょんぴょんと跳び跳ね、喜びを体全体で露した。添い寝一つでここまで喜ぶ彼女に呆れつつも、その微笑ましい行動に自然と笑顔になる達也。
まるで自分に妹ができたかのような、そんな感覚を楽しんでいた。
しかし、何時までも楽しんでいる訳にはいかない。桜を元気付けた本当の理由を思い出した達也は、未だ跳び跳ね続ける彼女を呼び戻すために声を響かせた。
「おーい、喜んでるのは良いが、特訓中だってことを忘れないでくれよー」
その声にて我を取り戻したのか、ピタッと喜びの舞を止める桜。後ろ髪を掻きながら歩み寄ってきた桜は、照れた様にはにかんだ笑顔を見せた。
「すいません、つい嬉しすぎて………」
「ったく………まだ日没までには時間があるから、それまではしっかり頼むぞ、師匠」
「………師匠、ですかぁ………」
師匠、その言葉を感慨げに繰り返した桜は、自身の胸をとんっと叩き力強く頷いた。
「はいっ、お任せくださいっ!!」
次回予告
桜への添い寝を約束した達也。果たして、間違い(意味深)が起こらずこの大イベントを終えることが出来るのか!?