Episode-6.桜心中、雨景色
※気に入らなかった文を修正しました
とある地域に位置する大森林。
余りに多くの木々が存在しているため、伐採するための機材もそれを運ぶための機械も動かせない。
開発予定だったこの森林は、全く人間の手を加えられないことから放置されてしまい、完全に動植物の楽園と化していた。
そんな森林の中、行く手を阻むように立ち塞がる草木を掻き分けながら、達也はうんざりとしたように呟いた。
「………何だよこの草、うざってぇ………桜、その『宿舎』ってのには一体いつになったら着くんだ………?」
達也が桜と呼んだ黒髪猫耳ニット帽の少女は、彼の前を歩き宿舎への道を先導していた。
「もうすぐ着くはずなんですけど………おかしいですね………」
「そんな呑気に言ってる場合か!まさか、迷ったんじゃないだろうな!?」
「だ、大丈夫ですよ!もうすぐで着きますからっ!!………たぶん」
「多分!?」
自らが進む経路があやふやな事をひた隠し、彼を先導していく桜。これからの五日間から生きて帰ってくることができるのか、達也は沸いた不安を隠せずにいた。
「この道をこう行って、例の目印を見てから左斜めに直進………って、目印が無いっ!?」
「………はぁ、これから先本当に大丈夫なのか………?」
「し、失敬な! 全然大丈夫ですっ、余裕ですっ!!」
「………お前が余裕、って言う時は大分怪しいときなんだよな………」
「むきぃっ、黙って桜を信じてくださいよぉ!!」
桜は不服そうに頬を膨らませ、達也を潤ませた上目遣いで睨み付ける。
「………っ!?………っ………」
そんな彼女に思わず心臓を高鳴らせてしまう達也。桜を直視することができず、頬を紅潮させながら俯き視線を逸らした。
「あっ! ご主人、今私に何か特別な感情を抱きましたよね!? そうですよねっ!?」
普段見せることがない彼の態度に、桜は嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませる。
一方達也は先程の不安を、優に越える羞恥の念を誤魔化すように、手で口元を覆い隠した。
「………べ、別に何にも………」
「………ふふっ、ご主人は本当に素直じゃないですねぇ………まぁとにかく、ありがとうございます、嬉しいです!」
満面の笑みを浮かべ達也に感謝の意を伝えると、誰が見ても分かる程の上機嫌ぶりで進み始めた。
「………ち、違うってのに………ったく」
羞恥の呪縛から漸く解き放たれた達也は、先程の感情について考えていた。
先程桜に抱いた『可愛い』という感情。それもまた、達也が今まで滅多に抱いてこなかったもの。
無論、幼馴染みの楓と麗奈に対して感じたことは当然ながらある。しかし、 過ごした時間が彼女達よりも少ないせいか、 桜に抱いた感情はまた少し違っていた。
家族のような絆と時間で結ばれた楓と麗奈に感じた感情とは違う複雑な何か、達也には形容し難いものであり、今もまだ心臓が早鐘のように鳴り響いている。
「あ、着きましたよご主人!ここです、ここ!」
思案に暮れていた達也は、前方から響く桜の声で現実に引き戻された。
見ると、手を降りながら達也の名を呼ぶ彼女の姿、言動を見る限り例の宿舎が見つかったのだろう。
先程のショックで合宿の存在を忘れていた達也は、再び沸き出てきた怠慢感と不安感に疲れた頭を更に悩ませた。
「………なんか、帰りたくなってきた………」
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最後の低木を掻き分けると、開けた広場のような更地が達也を待っていた。
そこは鬱陶しい程に生えていた木々や雑草達が綺麗に刈られており、小さな木造の小屋が一軒、更地の中央に鎮座していた。
「………もしかしてこれ、お前が?」
「はい、ここまで綺麗にするのに三日ほど費やしましたね」
「三日って、これを!?」
この入り組んだ森の一部を更地にし、木造の小屋を建てる。そんな重労働を"3日"で終わらせる事など出来るのだろうか。
しかし今の達也は、これまでの常識は通じない特殊な環境下に置かれている。何が起こっても全く不思議ではないのだろう。
と言えども、何事もタネが気になるのが人間の性。気になって堪らなくなった達也は、思い切って訊いてみることにした。
「なぁ、これを三日ってことは、何か特別な手でも使ったのか?」
達也の問いに桜は待ってましたと言わんばかりに発展途上の胸を張り、意気揚々と答えた。
「別に大したことはしてませんよ、ただアニマで身体能力を強化して、作業をしやすくしただけです」
「………アニマっていろんな使い方があるんだな………」
「そりゃもう!身体強化に門召喚、念動力に治癒だって出来ますし、内容量が多い使い手はアニマを飛ばして遠距離攻撃が出来たりするんですよ!」
「なんかもう、便利過ぎるな」
アニマの利便性に改めて驚かせられる達也。とはいえ、メリットには必ずデメリットが付いて回るもの、やはり万能なアニマにも欠点があるらしく、桜は溜め息混じりにそれを説明した。
「先日にもお話しした通り、アニマは命の源と言っても過言ではありません。先程挙げた例を実行し過ぎたり、敵の攻撃等でアニマが体内から完全に消えてしまったら………」
「………『死』、アニマが回復することなく朽ち果てるって訳か」
達也なりの見解を桜に伝えると、彼女はこくりと頷き肯定を示す。
「その通りです。流石は私のご主人、冴えてますね!」
「ま、まあな、こんなもんだろ」
達也が出した見解内に、やや勘繰り気味な面があったが、彼は深く考えるのを止め自分の功名にすることにした。
運も実力の内、達也が信条の一つである。
ーーーーそれはさておき、
「………思ったんだが、早く入らねぇ? この荷物、凄く重い………」
達也はげんなりと顔をしかめながら、背中に背負っている膨らみに膨らんだリュックサックを指差した。
今に至るまでは音を上げず運んできた。しかし、いくら体力に自信のある達也と言えども、三時間背負いっぱなしは流石に過酷であり、彼の足は僅かながら震え始めてきていた。
流石の桜も達也の疲弊に気付いたのか、慌てて小屋の扉を開け、彼に入るように促す。
「すみませんご主人!荷物は後で出すので、とりあえず中へ入りましょう!」
桜の気遣いに感謝しつつ、達也は疲れた身体に鞭打ちながは小屋に入っていった。
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小屋の内部は実に質素であり、ベットやテーブル等の必要最低限の生活用品が置いてあるだけであった。
山の中というだけあり、ガスも水道も電気も通っていない。そのため、キッチンや冷蔵庫といった近代的な物は存在せず、釜戸や井戸、地下蔵等の旧世代の技術を使用しなければならなかった。
「なんつーか、ホントに『小屋』って感じだな………それ以上でもなく、それ以下でもないって言うか………」
「ご主人を探す間の宿にしただけですからね、それ以上の機能は要らなかったんですよ」
「………?」
ご主人を探す。達也はその言葉に一つの引っ掛かりを感じ、自身の眉を顰めた。何故自分を探す必要があったのか、何故自分でなければいけなかったのか、その理由をまだ彼女から訊いていない。
「………なぁ、桜。訊きたいことがある………いいか?」
「………?………何ですか、ご主人?」
唐突な彼の真面目な雰囲気に驚いたのか、目に緊張感を募らせながら達也を見詰める桜。達也は言い出すタイミングを見計らい、桜に謎を問い掛けた。
「何故お前は俺を探した? 俺がアニマの適合者だったからか?」
桜はまるで、訊かれることを悟っていたかのように、優しく穏やかな笑顔を浮かべる。しかし、いつもの天真爛漫な笑顔とは違い、どこか不自然で深い悲しみを湛えた様な笑顔だった。
「確かにそれもありました、ですがそれだけではないんです」
笑顔の違和感が気になる達也だが、本題を忘れてしまっては元も子も無い。達也は頭を振り気を取り直すと、桜に答えを訊き出していく。
「それだけじゃない、って?」
「………私達の暮らしていた研究室が襲われたあの日、大量の敵に臆してしまった私を庇って、拐われてしまったのが佳祐様だったんです」
笑顔を保っているものの、その裏に抱えた悲しみは抜けぬまま。悲痛な叫び声を上げるかのように、彼女は思い出したくないであろう最悪な過去を明かしていく。
「彼は拐われる直前、その場に合わない眩しい笑顔で、私にこう言い残しました。『逃げ延びたら俺の自慢の甥、達也を頼れ。あいつならこれから起きる未来を打破してくれる筈だ』………と。その後、最後の脱出装置を使って私を助けてくれました」
もはや彼女に笑顔を保つ気力は存在しなかった。悲しみに歪んだ顔を隠すように俯かせ、絶望で重くなる口を必死に動かしていく。
「逃げ延びた私を待っていたのは、先に脱出していた獣神八人の疑いと怒りに満ちた視線でした。………当然ですよね、あの時彼を助けられたのは私一人だけだったのに、すごすごと逃げ帰ってきたんですから……
よって私は追放処分、獣神達との関わりを断ち、姿を見せないことを命じられました」
とうとう桜の頬から、一滴の雫が流れ落ちる。小さな手を固く握りしめ、肩を小刻みに震わせるその姿はとても痛々しく、直視することさえ敵わないほど弱々しかった。
「………っ、わ、私はもう、こんな経験をしたくないし、誰にもさせたくない………その一心で、っ………ご主人を探したんです………だからっ、だからもう………っ」
「………もういい、桜」
達也はむせび泣く桜を、そっと自身の胸に抱き寄せる。彼女は驚き体をびくっと震わせ、涙溢れる目で達也を見上げた。
「………ご、ご主人………?………えっぐ、ふ、うぅ………」
しゃくり上げ呼吸が荒くなる桜の頭を撫でながら、優しく宥めるように語りかけた。
「全てを抱えてお前が苦しむ必要はねぇし、お前だけが抱えていて状況が最善に進むとは思えねぇ。だったら、今を変えるためにその苦しみを俺にも背負わせてくれ。絶対に一人で抱え込むな」
かつて無いほど優しい微笑みを浮かべる達也を、キョトンとしたように見詰める桜。その小動物さながらの愛らしい姿に、彼は不覚にもドキンと胸を踊らせてしまった。
桜を抱いているため再び紅潮した顔を隠すことも出来ない、今の彼には苦し紛れの言い訳しか出来なかった。
「っ、あ、まあその、なんだ、お前が泣いてると調子が狂うって言うか………と、とにかくっ、笑ってた方が断然可愛………いやっ、断然良いだろっ!? なっ!?」
あたふたと言い訳を並べていく達也に、抱き抱えられながらポカンと彼を見詰める桜という、第三者から見たら何ともシュールな光景が広がっている。
やがて、桜の体には今までの苦しみを全て和らげていくような、えも言われない暖かさが駆け巡った。
研究所の暮らしで彼から貰ったものに負けない程、暖かく優しい感情。叔父と甥、似ていないようで似ているその関係、やはり血は争えないのだろう。
「………本当、ご主人は素晴らしい方です。彼が頼れと言った意味、今なら分かる気がします」
涙が溢れていた桜の目から、最後の雫が頬を伝う。刹那、悲しみや苦しみなど感じさせない、眩しく美しい笑顔がそこにあった。
「………やっぱりな、泣いてるよりそっちの方がよっぽど良い」
こうして、達也と桜の五日間が静かに、幕を開ける。
まだ彼らは知るよしも無い。
獣神八人の一角と、相見える事になるなんてーーーー
次回予告
五日間の限られた特訓の中であるのにも関わらず、確実に強くなっていく達也と桜。
そんな特訓の日々の一日、成長して進む為の道中をお届けします。




