1話
「ザック!忘れ物はない?」
「大丈夫だよ、母さん」
「そう、気をつけて行ってきてね。」
「しっかり学んでくるんだよ。」
大好きな両親に見送られ、僕は家の前に用意されていた馬車へと乗り込んだ。
僕の名前はアイザック・グレイシー、十歳。
夢である父のような騎士になるために、今年の春からシンフォニア王立学園の騎士科へと入学する一年生でもある。
シンフォニア王立学園は、僕の住んでるシンフォニア王国一の学校であり、過去にも多くの英雄たちを輩出してきた素晴らしい学園なんだって。
学園で暮らす学生達は寮生活をしながら、友人を作り、恋人を作り、ライバルを作る。
切磋琢磨しながら、日々の授業を受け、様々な経験を通して成長できる場所らしい。
先ほど見送ってくれた僕の両親も、もちろんシンフォニア王立学園の卒業生だ。
父さんはこの国の騎士で二番隊の隊長を務めるセドリック・グレイシー。
母さんは、これから向かう学園の魔法科で先生をしているアイリス・グレイシーだ。
もしかしたら母さんとは学園で会うこともあるかもしれないけれど、学園には様々なクラスが存在している。
僕の入る騎士科、母さんのいる魔法科。
それから、この国の貴族様が通う貴族科や、それに従事する人たちの通う侍従科。
医療科、錬金術科、調理科、普通科、あとなんだったかな…全部は忘れてしまったけれど、とにかくたくさんのクラスがあるって父さん達に聞いていた。
その上、選択授業制度もあって、言語だけでも十を超える授業があるのだとか。
選択肢は無限大。
その人の選択次第でどんな道にも進めるし、どんな技術も極めることができるんだ。
僕が生まれる二年前に起きたという魔王軍との全面戦争。通称魔王戦争。
その時に魔王を討ち取った、勇者アレン・ドラゴナイツも学園に通っていたのは有名な話だ。
それくらい凄い学校。
馬車に揺られている間も、父さんや母さんから聞いていた学園の様子に胸を躍らせていたから、二時間程度の道のりはあっという間に過ぎていった。
そもそも僕の家は王都にあるから近いけれど、遠方から泊まりがけで来る子供達も少なからずいるんだって。
「…シンフォニア王立学園に到着致しましたよ。」
「ありがとうございます!」
正門手前で馬車を止めた御者のお爺さんにしっかりとお礼を伝えてから馬車を降りると、一歩を踏み出したその瞬間から、そこはまるで別世界みたいだったんだ。
まず目を引いたのは正面に見える大きな木。
次に右を見ればキラキラした妖精が楽しそうにお話をしているし、熊のような魔物を従えている生徒もいた。
左を見れば魔道車の整備をする生徒がいるし、空を見上げれば箒に乗った生徒もいる。
どこを見ても不思議で、学園は面白いもので溢れていた。
「わぁ…」
思わず漏れた感嘆の声。
父さんや母さんから聞いていた以上に凄かったんだ。
まるで絵本の中の世界みたいで。
浮いてる人はどういう仕組みで浮いてるんだろうか。
母さんがいつもやっているのとは少し違うみたいだけど…やっぱり魔法なのかな?
そんなことを考えていたら僕の横に同じように目を輝かせて隣に並んだ男の子がいた。
「こ、こんにちは」
「どうも……ん?お前新入生?」
「そうだよ、君も?」
「あぁ、俺はエリオット。
エリオット・シュゼットだ。騎士科だよ。」
「僕も騎士科!
アイザック・グレイシーだよ、ザックでいい。
よろしくね」
パチリと視線が合って少し気まずく思ったから咄嗟に挨拶をしたけれど、話してみたら彼も同じ騎士科に行くっていうからホッとしたんだ。
シンフォニア王立学園が凄いのは授業やクラスだけじゃなくて、凄く広いのも有名だったから。
正直馬車を降りた瞬間から迷子になるんじゃないかって不安もあった。
お互いの自己紹介もそこそこに、エリオットとはそのまま新入生が集合する体育館へと共に行くことになったんだ。
「寮の部屋が割り振られるのもこの後?」
「そうみたい。
まずは入学式からだって、パンフレットには書いてあったよ。
たしか父さんが言うには全部で七寮あってそれぞれ、赤、青、黄、緑、紫、橙、白の色が割り振られてるんだって。」
「ふーん?ザックは何色がいい?」
「僕?そうだなぁ、父さんがいた黄色もいいし、母さんがいた青でも嬉しいけど…」
「そういえばあの有名な勇者アレンも青の寮出身なんだっけ?」
「そうそう、母さんと同じ。
後輩だったって聞いたことある。
寮の色は本人の気質で変わるみたいだよ」
「へぇ、どうやって決めるんだろうな」
「さぁ?」
あぁ、そうそう。
この話は僕の学園生活の話ではなく、僕の両親がこの学園で過ごした軌跡を辿っていく話だ。
興味を持ったのはもう少し先にはなるけれど。
それから、あちこちに設置されている案内看板を頼りに体育館近くまで行くと、そこにはたくさんの新入生達がいた。
僕と同じように、この学園の凄さにワクワクしながら、少しだけ緊張もしているみたいだった。
列に並ぶと順番に魔導ゴーレムが席へと案内をしてくれるんだけど、ギョロリとした赤い目で全身をスキャンするものだから少しだけ怖かった。
「あ、ザックだ」
「隣だね、エリオットさっきぶり」
「おう、って言うかゴーレム怖くね?」
「うん、怖かった。」
エリオットとコソコソそんな話をしながら全員が自分の席につくのを待っていると、いきなり照明が落ちて、壇上のモニターに学園の説明や注意事項が映し出されたんだ。
それから在校生代表の挨拶や校長先生の言葉。
少しだけ退屈な入学式だった。
シンフォニア王立学園ほどの学校ならもっと凄い式なのかと思っていたのに。
式の最中、職員席では新入生達をニコニコと見守っていた母さんが僕にも気がついてくれて、小さく手を振ってくれたのは嬉しかった。
全てが目新しくて楽しいけれど、やっぱり初めてのことばかりで緊張もしていたから。
安心したんだ。いつもと変わらない母さんに。
入学式が終わり、聞いていた通り、そのまま寮を決める選別式とやらが行われた。
けれど、想像していたような、一人ずつ水晶玉に手を当てて…とかじゃなかったんだ。
生徒達の座る椅子には元々仕掛けが施されていたみたいで、校長先生がパチンと手を叩いた瞬間、白い煙が吹き出したんだ。
やがてそれぞれの寮の色に煙が変わっていって煙がなくなる頃には自分達の着ていた制服の色まで寮の色へと変わっていた。
どういう仕組みなのかはわからない。
魔法なのか、錬金術なのか。
そもそも何を基準に決めているのか。
でも、一つ言えるのはとてもびっくりしたこと。
僕だけじゃなく、きっと新入生全員が。
さっきまであんなに退屈だったのに裏切られた気分だ。もちろん、いい意味で。
その様子を壇上で見ていた校長先生はまるで悪戯が成功したみたいに高く笑っていた。
僕の制服の色は父さんと同じ黄色。
どうやらエリオットも黄色だったらしい。
学園に来て初めて会ったのも彼だし、何かと縁があるみたいだからこれからいい友人になれると嬉しいな、と思う。
それから寮の代表の先生から寮の場所や寮のルール、部屋割りなどが書かれたプリントを渡されたんだ。
「…部屋まで同じかよ」
「よろしくね、エリオット」
ほらやっぱり縁がある。
それから新入生達はそれぞれ割り振られた寮への移動を一斉に開始した。
着替えや生活必需品なんかの大きな荷物は先に宅配で送ってるみたいだけれど、これから僕達はまず荷解きをしなきゃいけないみたいだ。
「そういや、ザックってあの先生と知り合いなのか?さっき手を振ってたよな?」
「あぁ、うん。あれ、僕の母さん」
「え!?ちょっと!貴方!」
「「え?」」
「貴方じゃない、違うわ貴方。」
「「どっち?」」
「あーもう!茶髪の方の貴方よ!!」
「あ、僕?」
「そっちの彼はブロンドヘアでしょう?」
「そうだね?」
いきなり話しかけてきたのは入学式でエリオットとは反対側の隣に座っていた、ふわふわした癖毛の女の子だった。
僕達と同じ新入生らしい彼女はその大きな瞳をキラキラさせながら先ほどの僕の言葉を聞いて体を乗り出してきたんだ。
制服の青が目に痛いほど近い距離だった。
「…ちょっと近いかも」
「あぁ、ごめんなさい
それより貴方、あのアイリス先生の息子って本当なの!?」
「うん、それが何か?」
「何か?じゃないわよ!
この国屈指の防御魔法のスペシャリストよ!?
結界魔法を使わせたらこの国で右に出る者はいないって言われている人よ!?」
「そうなの?
母さんそんなこと言ってなかったけど…」
「アイリス先生の息子ってことはお父様は騎士団の二番隊隊長のセドリック隊長よね?!?」
「そうだけど」
「ちょっと待て!はぁ!?お前あのセドリック隊長の息子なのかよ!?
確かに苗字は同じだと思ったけど!!」
先に言えよ!とエリオットまで乗り出してきて、それからは質問攻めだった。
どうやら僕が知らないだけで僕の両親はとても凄い人だったみたいだ。
「あ、名乗ってなかったわね
私はブリジット、ブリジット・メイベルよ」
「よ、よろしく…アイザック・グレイシーだよ」
「よろしくね、アイザック!
それで!?ご両親ってどんな感じなの?」
「どんな感じ…?」
「閃光のセドリックってやっぱり家で何をするにも早いのか?」
「なにそれ、閃光?」
「お前、自分の父親のことなのに異名も知らないのかよ…」
エリオットは呆れたように肩をすくめたけれど、本当に知らなかった。
いや、もしかしたら父さんのことだからその異名が恥ずかしくて敢えて言ってなかっただけなのかもしれないけど。
父さんってばカッコつけだから。
「で?どうなのよ家での二人は!!」
「どうって…うーん…
父さんは母さん至上主義で、母さんも父さんのことが大好きだよ。
毎日ラブラブなんだ、二人は。
今日も僕を送り出す前にね…」
「いや、聞きたいのはそういう事じゃない。
というか息子として複雑じゃないのそれ?」
「え?全然。いつものことだし」
「貴方変わってるのね」
「そうかな?」
「えぇ、同じ新入生同士仲良くしてね」
こうして寮へ向かう間エリオットとブリジットに挟まれながら、僕のにぎやかな学園生活がスタートしていったんだ。




