補足の結末
国王が崩御すると同時に、ヴェールト公爵家に王権が委譲された。宰相の一族である。
継承権があり、エドリュートが床に伏して間を置かずに議会で決定していたので、問題なく事は運んだ。宰相含めたセシリアたちの根回しももちろんあったが。
そして、セシリアの離縁も認められた。第一王子であるリュートの王位継承権を、永久に放棄することを条件に。この先、何があっても国を乱す火種になることのないように。
セシリアの計画も、国王の本当の死因も、元正妃たちや宰相などの一部しか知らないので、尚のこと。
息子であるリュートは王家の血を引いていないのだから。
エドリュートが息を引き取ったのを見届けて、セシリアは見かけだけは豪奢な城を出た。一応、書類上だけとはいえ夫であった国王の葬儀には対外的に参列しなければならないが、自分にとって檻でしかなかった場所に留まらねばならない理由などなく。
後の雑務は申し訳ないが、宰相に任せてある。これでようやく、セシリアは自由になったのである。
「いらっしゃいませ~」
王都で新参ながら絶大な人気を誇るという、ドレスショップにセシリアは足を踏み入れる。来てみたかったのだが、王家御用達は他にあったので利用する機会がなかったのだ。
なるほど、話しに聞いていたが、店内の洗練された内装や落ち着いた雰囲気は、女性からの支持を得られるのも頷ける。
ドレスショップと銘打ってあるが、小物やアクセサリーなども置いてあり、注文もできるとか。
入店したセシリアに気付いた店員が近づいてきて、にこりと笑った。つられて笑みが浮かぶ。
「こんにちは。本日は何をお探しでしょうか?」
「ドレスを1着、お願いしたくて。これを」
セシリアから受け取った紹介状を見て、店員は僅かに目を瞠る。
「どうぞこちらへ」
店内の奥、応接間へ案内され、紅茶を供される。ソファに腰を下ろし待つことしばし。
ノックと共に、同じ年齢くらいの、可愛らしい女性が入ってきた。セシリアを見ると、ぱっと花が咲くように笑う。
「お待たせしました~。店主のイブと申します~。お会いできて嬉しいです~~!」
「セシリア=エーメリーと申します。こちらこそ、ずっとお会いしたいと思っておりました」
「アデラ様はお元気ですか~? なかなか来てくださらなくて、淋しいんですよ~」
「おそらく、今は別件でお忙しいのではないかと」
「あ~、そういえば、隣国からお声がかかってるって、ちょっと前に仰ってましたね~」
「未だに諸外国から引き抜きがあるようで」
そう、紹介状を書いてくれたのは、元正妃のアデラ。どうやら独特の印があるようで、店員にも周知されているらしい。
「それで、今日はドレスをお作りになりたいということですが~」
「はい。──ウェディングドレスを1着」
「!」
セシリアの言葉に、イブは目を輝かせる。
「今更だとも思ったのですが…、息子と…あの人と、新しく始めるのに区切りとしてもいいかなと」
「今更とかないです~~~!!」
イブは身を乗り出す勢いで否定してきた。それはもう、セシリアが少し引くくらいに。
「そ、そうですか?」
「そうです~! 結婚式は幸せになるための決意表明なんですよ~! 毎年やってもいいくらいです~~!!」
「さすがに毎年は…」
「あの豚に搾取された年月なんか、蹴り飛ばしてなかったことになるくらい、幸せにならなきゃだめなんです~~~~~~~!!!!」
曇りなき笑顔で拳を握り締めて力説する元愛妾。…そういえばアデラが、イブが元国王を豚と呼んでいたと言っていたのを思い出し、苦笑する。
「…そうですね」
「そうですよ~~」
──1度目の結婚式は、盛大だった。
国王は初婚でないにも関わらず、セシリアの歓心を買いたかったのだろう。
ひとつも、何も、セシリアの心には響かなかったが。
「…式は半年後の予定です。フルオーダーは時間的に無理なので既製品を、」
「フルオーダーで、3か月ほどですね~」
「え、でも」
「大丈夫です~。セシリア様の注文は最優先でと、アデラ様からも言われてますので~」
「…よろしいのでしょうか?」
「はい~、いつかきっと必要になるからと、言われてました~」
明るく請け負うイブの顔はやる気に満ちている。
しかし、アデラはどこまで読んでいたのだろうか。
彼の方の口添えがなければ、2年先まで予約の埋まっている人気店で作るのは難しかっただろう。
「それでは、お願いいたします」
「お任せください~。一生に一度の結婚式ですから、気合い入れて仕上げますね~~」
イブの中では、以前のものなど既になかったことになっているらしい。
2人して顔を合わせて、笑った。
半年後。
王都のはずれもはずれ。小さな教会で、ひっそりと式は行われた。
参列者は両家族と、改名した──元の名前であるが──、息子のリヒトである。
セシリアと元婚約者レイの姿を見て、両家族とも涙に濡れている。
ようやく、15年前に奪われた幸せが戻ってきたと。
そんな家族たちを見て、セシリアも微笑む。けれど。
「……セシリア」
「大丈夫」
家族以外に招待した方は、姿を見せなかった。
それが少し…残念ではある。
「母上ー!」
「セシリア、レイもいらっしゃい!」
「今行くわ!」
息子と家族の呼ぶ声に、セシリアは応える。
私は、今、幸せですと。
あなたに、見ていただきたかった。
──…よろしかったのですか?
──わたくしたちは、過去の亡霊なの。遠くから見られただけで、十分よ。
──お幸せそうでしたね、セシリア様。
──ええ。もう心残りはないわ。
──それでは、そろそろ…。
──行きましょうか。隣国ティルラーゼに。
──はい、アデラ様。シェリルはずっとあなた様と共に。




