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愛を騙るな  作者: 篠月珪霞


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1/3

国王というもの

「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」

「………」

「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」


王妃は表情を変えない。何を言っても、宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。


「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」

「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」

「い、いや、それはできぬ」

「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」

「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」


途端、思わずといった王妃の嘲笑が漏れる。


「──畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」















「何故だ! 何故セシリアは心を閉ざしたままなのだ!」


ダンッと苛立ちも顕わに、国王であるエドリュートは一枚板の高級な執務机に拳を打ち付ける。王の執務室には他に宰相、事務次官、侍女などいたが、当然その疑問に答えを返すものはいない。


「愛妾も側妃も片付け、正妃であった公爵家の娘も排した。侍女も側近も、セリシアの家から都合させた。信頼できるもので固めた。望むものはすべて叶えたはずだ。…宰相」

「恐れながら、陛下に進言いたします」

「…申してみよ」

「かのお方には、相思相愛の婚約者がいました。婚前の僅か10日前の夜会で陛下に見初められなければ、きっと領地で平穏に暮らしていたでしょう」

「余が悪いと申すのか」

「時間がかかるということです。一朝一夕で忘れられるものではないでしょう」

「だが、もう4年だぞ!? もう王子も生まれている、なのにか?!」


理解できないとエドリュートは言葉を返す。

夜会で見たセシリアは、月の光のような銀髪と菫の眼差し、まるで妖精のような美しさと可憐さで、エドリュートの心を一瞬で奪った。ダンスに誘い、舞うような彼女に、欲しいという気持ちが抑えられなかった。他の女はもう不要だと思った。彼女だけがいればいいと。

それで、セシリアの生家であった伯爵家に結婚を打診したのだ。婚約ではなく、結婚である。既にそのときには、エドリュートには、正妃、側妃2人、愛妾が1人いたが、話しを持ち掛ける前にはすべて離縁し、後宮は空にしていた。

伯爵家には、娘には結婚を控えた婚約者がいることと、病弱であることを理由に断られた。夜会に出るのが初めてだったのも、体力的な面も含めてそれまでは見送っていたらしい。しかしどうにも諦めきれなかったエドリュートが王命で婚約解消させ、王妃として迎えたのだ。


「”まだ”4年でございます。殿下がお生まれになったとしても、関係ありますまい」

「しかし、愛してもいない男の子を産めるものか?」

「子を産むことと、愛することは同義ではございません」


確かに、初夜は抵抗された。細い腕で、声で表情で、エドリュートを拒んだ。媚薬の香も焚き染めてあったというのにそれでも。

その夜は侍女に抑え込ませ、力ずくで事を成した。2度目以降は抵抗もせず、されるがままであったから、あの男のことも吹っ切れたと思っていたのだが。


「女というものは度し難いな…」

「……」


宰相は沈黙で返した。














宰相との会話で、久しく顔を合わせていなかった息子を思い出した。

食事の席もここのところ別だったが、王妃にしか関心がなかったエドリュートは気付きもしていなかったのだ。


「リュートよ、息災であるか」

「…国王へいかにごあいさついたします。どのようなご用件でしょうか」


まだ3歳という幼少の年齢であるにも関わらず、父である国王を見る目は冷めきっている。口上もとても3歳児とは思えない。授業を中断させてしまったことが理由ではないだろう。可愛げがないと思った。

生まれたときはあまりの嬉しさと喜びで、自分の名の一部を与えたほどだったというのに。


「いや、勉学の方は順調であるか」

「すすめています」

「武芸の方はどうか。勉学だけでは身体がなまってしまうからな」

「今はきそを中心に、体力をつけています」

「…そうか」


こちらが尋ねることには答えるが、話しが広がらない。一言で会話が終わってしまう。改めて、至近距離から息子を見る。国王が育児というものに関わることは皆無だ。育児、教育等は報告を受けるのみ。だからなのだろうか。

見れば見るほど、自分には似ていないように思える。髪も目もセシリアの色を受け継いではいるが、性差のためなのか他に共通項があまり見当たらない。

セシリアが純潔であったことは、エドリュート自身が一番よく分かっているので、間違いなく王妃との子なのだが。


「その、セシリアとはどうか」


王妃との交流はどうであろうと窺ってみると、ぴくりと反応がある。


「母上が、なにか」

「どうというわけではないのだが…」

「なにかあったわけではないのですね?」

「ああ、体調を崩したり臥せっているわけでもない」

「ならば、もんだいありません」


こういう冷たさ、素っ気なさはよく似ている。口調や態度が、エドリュートに対するセシリアそのもののように。

一度、2人がお茶会を開いているときに、先触れなしに乱入したことがあった。

執務室の窓の外から、楽しそうな笑い声が聞こえていて、最初は耳を疑った。笑い声など、セシリアのものも、この息子のものも聞いたことがなかったからだ。

軽くはない嫉妬心と興味を抱き、現れたエドリュートの姿を見ると、2人揃って感情がなくなった。感情のコントロールどころではなく、完璧な無表情だった。

無言で席を立った2人を呼び止める間もなく、侍女も侍従も続いていった。

その日以来、中庭でお茶会を開いているのを見たことがない。


「もうよろしいですか、へいか。じゅぎょうを再開させたいので」

「あ、ああ。急にすまなかった」


追い出される形になったエドリュートは、何か、どこかが釈然としないまま、首をひねりながら執務室に戻った。


















そして、瞬く間に10年が過ぎた。

エドリュートは5年前から原因不明の病にかかり、今はもう寝た切りの状態だった。身体のどこにも不調を感じられなかったというのに、徐々に体力がなくなり、起き上がることもできなくなってしまった。天に召される日も近いと自分でも分かる。

大きな災いもなく、争いもなく、まずまず平穏な人生だったと言えよう。

ただひとつ、心残りは、セシリアとの仲が改善されないままだったということだろうか。

視界も危うくなってきたな…と側にいる主治医も気付いたようだった。

主治医が側を離れてから、入れ替わりにセシリアが来た。

自ら、エドリュートに近づくようなことは未だかつてなかったが、臨終のときを迎えた自分をさすがに憐れんでくれたのだろうか。


「陛下、聞こえておりますか」

「……あ、あ…」


初めて彼女から話しかけてくれたのに、返事もおぼつかないのが悔しい。

もっと、体調が万全だったときに、せめてあと5年前のあのときくらいに、もっと話をしたかった。


「もうそろそろだとお聞きし、お側に来ましたわ。…やっと悲願が叶うときが来たと」


…悲願?

何のことだ?


「ご存じでした? 陛下の側にいた、侍女、侍従、護衛、…それから主治医も。私の手の者でしたのよ」


何を言っている?


「ああ、もちろん、料理人、産婆もです。どういう意味か、お分かりになって?」


何を、言っているのだ?


「今まで、病気ひとつしたことのない陛下が、何故病に、それも原因不明の病に倒れられたのか。何故、原因不明と診断されたのか、お分かりになって?」


何を…?


「主治医も、宰相すら協力してくれましたわ。この城の者は皆、私の味方なのです」


それは、どういう…。


「そうそう、ついでといってはなんですが。…リュート」

「はい、母上」


ああ、息子もそこにいたのか。母と共に見送ってくれるつもりで…。


「リュートは、あなたのお子ではないのですよ」


? どういうことだ…。


「名前も本当は違うのですけれどね。リュートは、私の元婚約者との子です」


な、んだと…。


「本当に気付きませんでしたのね。初夜からずっと、始めから、私は陛下と閨を共にしたことなどありません。媚薬と説明されてましたでしょう、あの香は、幻覚剤も含まれておりますの。私の生家で採れる薬草で作ってまして。そうそう、大事なことを忘れるところでした。陛下に殺害されそうになった元婚約者は、ここにおります護衛の1人に紛れてました」


怒りに視界が真っ赤に染まるようだった。だが、もう声は出ない。


「陛下。あなたは自分の愛したものしか視界に入れず、名前すら覚えず、存在すら認めようとしなかった。だから、宰相に見限られ、周囲に裏切られた。陛下の味方など、1人もいないのです」


何とか声を出そうと必死になるが、どうにもならなかった。ただただ、愛した女を睨みつける。10年経って尚、自分を魅了する女を。


「どうです? 自分の欲のままに、2つの家門を敵に回し、私たちの幸せを壊したあなたの末路は。どんな気分ですか? 取るに足らないと思っている人間に復讐される気分は」


息が荒くなる。意識が飛びそうだ。なのに、女の声だけははっきり聞こえる。自分を絶望に叩き落す声だけが。


「陛下の言う、愛など…いえ、陛下が思っている愛は、ただの自己愛。私を愛しているなどと、騙る言葉をもう聞くことがないかと思うと、心から喝采を叫びたい気分ですわ!」


セシリアのエドリュートに贈った最後の言葉は喜色に溢れていた。


エドリュートの目に光は既になく、表情も苦悶のまま歪んでいる。

主治医が脈を取る。見開いたままの目に光を当てる。


「崩御されました」


主治医の言葉に、肩の荷が下りたとセシリアは全身から力が抜けるようだった。

14年…もうすぐ15年経とうとしている。長かった。

愛する人と引き裂かれ、王命で無理やり嫁がされたあの日。復讐を誓ったあの日。

国王は既にその頃から見放されつつあった。

密かに味方を増やし、少しずつ体内に蓄積していくような毒物を入手し、周囲が完全に国王を見限ったと確信してから計画を遂行した。

最後の復讐は、国王に真実を告げることだった。



「ようやく、終わったわね。宰相を呼んでくれる? 城から出るわ」































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