引っかかった獲物
重苦しい沈黙の時間が流れる。
父は一体、ザガロの願いにどう答えるのだろうか。
先ほどの話の中で、父はザガロに『選択肢は二つ』だと言っていた。
そのうちの一つは“宝飾品の代金を支払うこと”だったけれど、もう一つは──。
考えていると、不意にドアをノックする音がした後、入室した執事が父にそっと何かを耳打ちした。
「おお、ようやく来たか。待っていたんだ。早くここへ案内してくれ」
「かしこまりました」
執事に対する父の態度を見て、来客として待っていたのはザガロではなく、つい今しがた到着したばかりの人物だということがうかがえる。
父が待っていたのは誰なんだろう?
というか、この場にはザガロもいるのに、そこは大丈夫なんだろうか。
そわそわしながらドアが開くのを待っていると、そこへ姿を現したのは──今日学園で同じクラスになったばかりの“カスパル・クロニエ”男爵子息だった。
「えっ……クロニエ様? ど、どうして……?」
思わず立ち上がった私に、クロニエ様はにっこりと微笑みかけてくる。
その微笑みが、まるで婚約したての頃のザガロのようで──。ふとそれを思い出してしまった私の胸は、少しだけ痛んだ。
「今日僕は、あるものを買ってもらいに、ここへ訪れたんだ。それは君の望むものであるだろうから、きっと断られることはないだろうと思うけど……でも正直、自信があるわけじゃない。だからできれば断らないでもらえると嬉しいな」
「あるもの……?」
彼の言葉の意味が分からず、つい同じ言葉を繰り返す。
そんな時、私達の会話に水を差すかのように、立ち上がったザガロが声を荒げた。
「お前達、この僕を無視して勝手に喋るな! 僕は侯爵家の令息だぞ! 子爵家や……お、お前の家の爵位は知らないが、どうせ大した爵位じゃないんだろう。と、とにかくお前達なんかより、僕の家はよっぽど爵位が高いんだ! その僕を無視して会話するなど……罰を与えられても文句は言えないんだからな!」
どうやらザガロは、クロニエ様の家の爵位を知らないらしい。たとえ教えられたところで「男爵家か、ふ~ん」で終わる可能性が高いけれど。
侯爵家の跡取りであれば、跡取り教育の際に国内貴族──とは言わないまでも、近隣に籍を置く貴族の家名と爵位くらいは教えられるはず。
なのにクロニエ様の家の爵位を知らないということは、多分……覚えられなかったか、覚える気がなかったかのどちらかだろう。いや、もしかしたら両方なのかもしれない。とにかく彼は、遊ぶことにばかり一生懸命な人だったから。
それにしても──彼がここまで愚かだったなんて。
いくら没落間近とはいえ、侯爵家の令息として生まれた彼は、いつでも周囲に気を遣われて生きてきたのだろう。
だからこそ、男爵家の令息であるクロニエ様と子爵家の令嬢である私が、自分を無視して話していることに怒りを覚え、その気持ちのままに暴言を吐いたのだ。
ノスタリス子爵家の邸内で、しかもその当主である父が目の前にいる状況でそんなことをすれば、どうなるかなんて考えなくても分かるだろうに。
いや、これは分かっていないからこその暴挙なのか。
どちらにしろ身から出た錆。ここは自分自身で償ってもらうしかない。
「……お父様?」
そこで私は、何故か黙っている父を不審に思い、そっとそちらを見上げた。
侯爵本人であるならともかく、その息子でしかないザガロに暴言を吐かれて、怒りのあまり言葉を失っているのか──と思っていたら。
意外にも、父は微笑んでいた。
「え……お父様? どうして笑って──」
尋ねる私の言葉を遮った父の声は、上機嫌極まりなかった。
「ミディア喜べ。どうやら獲物が引っかかったようだぞ」
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いつも読んでくださってる方すみません。
体調を崩してしまったため、治るまで更新できないか、頻度が遅くなるかも……。
頑張って早く治します。
お待たせすることになってしまい、申し訳ありません。




