ツケ払い
「……では、これを」
父が侍従から書類を受け取り、ザガロの目の前に差し出す。
「これは……?」
訝しげに眉をひそめながら書類を手に取ったザガロは──次の瞬間、大きく目を見張った。
次いで書類をテーブルに叩きつけ、父に向かって大声をあげる。
「こ、これは一体どういうことですか!? 宝飾品の支払いは既に済んでいるはずで──」
「ああ、そうだ。だが、忘れてやしないかね? 私はあの時、君の宝飾品の代金を支払う代わりに条件をつけたはずだ。つまり、その条件が破られた時点で支払いは無効となる。となれば、肩代わりした宝飾品の代金を請求させてもらうのは当然のことじゃないか」
父がザガロに差し出した書類──それは、彼がジェニーさんとお揃いで作らせた宝飾品の請求書だった。
おそらく、彼は支払い金額さえも把握してはいなかったのだろう。請求書と父の顔を交互に見ては、目を白黒させている。
「それにしても、この金額は……」
「なんだね? まさか君は、自分が購入した商品の代金すら知らなかったと言うつもりではないだろうな?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
父の言葉を否定するザガロの顔は真っ青だ。
これではいくら口で否定しようとも、彼が全く金額を気にしていなかったことが容易にうかがい知れる。
父に小切手をもらった際に、その額面だけでも確認すれば良かったのに、どうやらそれもしなかったようだ。
こんなにも物の価値に無頓着な人が次期侯爵だなんて、彼が継いだ後の侯爵家はどうなるのだろう?
もっとも今の侯爵様だって、他人の言葉を鵜呑みにし過ぎるせいで何度もお金を騙し取られているような人だから、それほど変わりはないのかもしれないけれど。
そう考えると、ザガロの家に嫁ぐことがとてつもなく不安になった。
領地の財政が厳しいのにもかかわらず、簡単に騙されて人にお金を貸したり、金額も見ずに平気で散財したりする人達ばかりが集まっている家。そんな人達の面倒──及びお金の管理を、結婚後は私一人でやらなければならないのかと思うと、絶望しかない。
既に浪費癖がついているザガロが倹約に協力してくれるとは思えないし、父親である侯爵様は我が家に支援してもらっている関係上、今は特に問題を起こしてはいないけれど、いつまた悪人に騙されてお金を巻き上げられるか分からない状況だ。
そんな危ない家に、私は本当に嫁がなければならないの……?
以前までの私であれば、それでもザガロと結婚できるなら──と受け入れていたかもしれない。
けれどジェニーさんにばかり優しくする彼を一年間見続けてきた私は、彼と結婚することに初めて迷いを抱き始めていた。
今のザガロと結婚して、私は幸せになれるの……?
ザガロを想う気持ちが、将来に対する不安によって、黒く塗りつぶされていく。
ついこの間、なんとなく自分の資産を確認したところ、ザガロと街でデートするようになってからの一年間で、驚くほど資産が目減りしていることに気がついた。
小さいながらも私個人で事業を展開している関係上、決して少なくはない収入が毎月あるはずなのに、それを上回る出費のせいで補填が追いつかないほどに──。
いくら毎週ジェニーさんにお見舞いの品を届けているとはいっても、これはおかしい──そう思い調査をしたところ、ザガロが私名義で様々なものを“ツケ払い”で購入していたことが発覚したのだ。
本来ならば、その場に本人がいなければならない“ツケ払い”。なのに宝飾品店の時と同様、ジェニーさんを私だと思い込んだ店員達によって、承認されてしまっていたらしい。
我が家のお抱えの商会とは違い、街の商店の人達は私の顔自体知らない人が多いだろうし、ましてやサインが間違っていたとしても、気づくことさえないだろう。
そういった盲点を上手く利用して、彼らは私の資産で好き勝手に買い物を楽しんでいた。




