ずるい父
目の前で、ザガロが小さく全身を震わせている。
おそらく、次に父が何を言うのかが分からなくて、緊張しているのだろう。
これで呑気にしていたら、さすがの私も彼に愛想を尽かしていたかもしれない。けれど幸いにも、彼はそこまで愚かではなかったらしい。
一応の危機感は抱いているようで、若干顔色を悪くしながら、父の顔色をチラチラと窺っていた。
──父は彼に、何を言うつもりなのかしら?
腕を組み、黙考するように目を閉じている父を横目で見て、私はそっと息を吐く。
正直なところ、学園入学前の一年間でザガロにたくさん傷つけられてきたものの、婚約を破棄したいかと問われると──即答できない自分がいた。
たとえ彼が私を好きでなかったとしても、ジェニーさんが現れるまでは優しくしてもらっていたことは事実だし、実際それで私は彼を好きになったのだから。
学園に入学して、もしもジェニーさんに恋人や婚約者ができたなら、ザガロは私の元に戻ってきてくれるかもしれない。そうしたら、最初の頃の優しい彼に戻ってくれるかもしれない。
そんな期待が捨てきれなくて。
たとえジェニーさんが彼の側からいなくなっても、私を好きになってくれる保証なんて一つもないのに。ずっと一緒にいたら、いつかは──なんて。
願ったところで、叶うかどうか分からない。
何故なら二人は同じ屋敷に住んでいるのだ。間違いが起こらない可能性だって、ないわけじゃない。
そうなったら、私はどうなるの?
“義妹に婚約者を寝取られた女”と噂されることになる?
そんなのは嫌──!
自分で自分の妄想に落ち込み、頭を抱える。
その時──。
「……ザガロ君、私は君に二つの選択肢を与えようと思う」
唐突に、父が口を開いた。
その声によって私は我に返り、顔を上げる。そうして父の顔を見た時、父はまっすぐザガロを見つめていて──私のことを見てはいなかったけれど、膝の上に置いていた私の手の上に、優しく手を重ねてきた。
お父様……!
自分の辛い気持ちが伝わったのかと、驚きと感動に胸が震える。
堪らず涙があふれかけ、何度も瞬きをし、懸命に涙を散らした。
普段は母にばかり優しくするくせに、こういう時だけ私に優しくするなんて……ずるいお父様。
だからこそ、嫌いになれない。本当に大切な場面ではいつだって、こうして手を差し伸べてくれるから──。
拗ねたように父を見上げると、今度はパチリと目が合い、いたずらっ子のような瞳で微笑われた。
それから父は──。
「ミディア、学園に着けていく宝飾品の件について、ザガロ君と約束を交わしたのは私だ。よって、彼には私の考えた選択肢のどちらかを選んでもらおうと思っているのだが……それでいいか?」
と真剣な表情で問いかけてきた。
今回のザガロの行動によって被害を被ったのは私だから、希望があれば聞いてくれようとしているのだろう。
けれど、私自身が考えるものより、父の考えるものの方が明らかに重い罰を与えられそうで──考える間もなく、私はすぐに頷いたのだった。




