舐められた父
「つ……疲れた……」
邸へと向かう馬車の中、私は疲労困憊の状態で呟く。
今日は学園で色々なことがあった。
あまりに色々なことがありすぎて、いまだに頭が混乱しているぐらいだ。まだ半日しか学園で過ごしていないのに、こんなにも疲れるものだなんて思ってもいなかった。
あまりに疲れたから、邸に帰ったらすぐにでもベッドに倒れて寝てしまいたい。ザガロのことも、ジェニーさんのことも、全部忘れて──。
そう思っていた私だったけれど。
当然ながら、父がそれを許してはくれなかった。
邸へと帰り、一息つく間もなく父に呼び出された私は、渋々といった体で執務室のドアを叩く。
「入れ」
いつも通り、落ち着いた声色の父に室内へと迎え入れられるも、学園でのザガロのことを口にした瞬間、この声が悪魔の声に変わるのかと考えたら、恐怖で少しだけ足が震えた。
「学園初日はどうだった? 馬鹿は義妹と揃いの宝飾品を着けて来たか?」
父はもう既に、ザガロの名前を呼ぶことさえやめたらしい。
父が最初からザガロに約束を破られると見越していたことには驚いたけれど、何事にも聡い父だ。何か考えがあって、あのような約束をしたのだろう。
私は父の問いに大きく頷くと、背筋を正して口を開いた。
「それどころか、彼はジェニーさんの分の鞄まで持ち、エスコートの真似事をしながら教室へと歩いて行きました。そのせいで周囲からは彼女がザガロの婚約者だと認識されてしまい、私は誰の目にも留まることなく、あの二人からも声をかけられることはありませんでした」
もしこれで「ノスタリス子爵家の令嬢が、そんなことでどうする!」と叱責されたら……。
隠すことなく真実を告げたものの、行動を起こさなかった自分に対し、雷が落とされたらと怖くなる。
怯えながら父の言葉を待っていると、意外にも、父は私の想像とはまったく違うことを言ってきた。
「まぁ……そうなるだろうな。しかし私も舐められたものだ。まさかあんな若造に約束事を破られるとは……」
言いながら、どこか楽しげに微笑う父に、違和感を覚えて私は訝しげな目を向ける。
「あの……お父様、お怒りにならないのですか?」
恐る恐る、腰を折って父の顔色を窺うようにしながら問いかけると、父はにこやかな笑みを浮かべた。
「怒っているとも。私は大変に怒っている。だが同時に、馬鹿が予想通りの行動をしたことで、大金を取り戻すことができて嬉しい気持ちもあるのだよ」
喜びを隠しきれていない父の表情と声色に、(いや絶対、怒りより喜びの方が大きいですよね?)と思うも、表面上は「そうなんですね」と言うだけに留める。
ザガロに父が舐められるなんて許せることではないけれど、父本人が自分の年齢の半分も生きていない若者に舐められることより、お金を取り戻せる方が嬉しいと言うのだから、私が口を出すことではないだろう。
それにしても、ザガロが父の予想通りの行動をしたことで、大金を取り戻せるとはどういうことだろうか。




