美しい母
「あの、お父様──」
父の意図を探ろうと、口を開いた途端──。
「報告ご苦労だった。お前はもう部屋に戻って休みなさい。もう少ししたら、来客があるかもしれないからな」
という言葉と共に、私は執務室から強制的に追い出されてしまった。
「ちょっ……待って。お父様!」
抵抗すべく声を上げてみたけれど、父は既に我関せず。
紙の上にペン先を走らせるその姿は、完全に“仕事モード”へと移行していた。
『時は金なり』という言葉通り、一分一秒でさえも無駄にしない父の姿勢に、もはやため息しか出ない。もう少しぐらい、親として娘の学園の話を聞いてくれても良さそうなものなのに。
「……お母様は?」
側にいる執事にダメ元で聞いてみるも、返された言葉は予想通りのものだった。
「奥様は本日、お茶会へと出席していらっしゃいます。お嬢様の学園でのお話は夕食の際にお聞きになりたいそうで、とても楽しみにしていらっしゃいましたよ」
「ああ……そうなのね」
ガックリと肩を落とし、私は力なく私室へと向かって歩き出す。
分かっていたことだけれど、娘としては、せめて入学初日ぐらい家で帰りを待っていて欲しかった。
毎日仕事で忙しい父とは違い、優しい母ならば親身になって私の話を聞いてくれるだろうと思ったから。
なのに結果は──こうだ。
生活していく上でお金が大切なのは理解できるけれど、もう少しぐらい娘のことを気にしてくれてもバチは当たらないだろうに。
何だか自分が両親に愛されていないような気がして、気分がどんどん落ち込んでいく。
そんな私の気持ちが伝わったのだろうか。執事が慰めるかのように、
「本日のお茶会は旦那様が参加するようにと仰ったものなので……奥様としては、お断りできなかったのだろうと思いますよ」
と言ってくれた。
「そっか……お父様が……」
言うまでもなく、我が家の最高権力者は父だ。
父が白と言えば黒が問答無用で白になり、反論は許されない。それは母であっても同じだ。
けれども私や兄と違い、母だけはごく稀に父に反論している姿を──尤も、反論したところで毎回理路整然とした説明によって諭され、最終的には従わざるを得ない状況になっている──見かけたことがあった。
もしかしたら今回も反論はしてくれたのかもしれない。けれど父によって言い負かされ、泣く泣くお茶会に出掛けて行ったのかも……。
そう考えると、納得がいった。
私の母は、娘の私が言うのもなんだけれど、とても美人だ。
平民にしておくにはもったいないその美貌から、結婚適齢期の頃は生粋の平民であるにも拘わらず、何人もの貴族から結婚の申し込みを受けたそうだ。その中には上位貴族も紛れていたとかで、あの手この手で母を手に入れようと躍起になっていたとか。
それが一体全体どういうわけか、母が数多くの男性の中から結婚相手として選んだのは、同じ平民である父だった。
母曰く、
「君に一生苦労はかけない。僕の愛を金銭に変えて、一生涯君に捧げ続けると誓う。今の僕はただの平民でしかないが、いきなり貴族と結婚するより、平民の僕と結婚した方が君の負担は確実に小さいと言い切れるし、君が僕のプロポーズに承諾さえしてくれたなら、僕は君に捧げる金の力で貴族にもなって見せよう。だからどうか、黄金でできた道を僕と寄り添って歩んではくれないだろうか」
という、これまで聞いたこともない変わったプロポーズだったらしい。




