男爵として
一方、ザガロがいなくなってからのメラニン男爵家の暮らしぶりはというと──元々が没落間近で節約生活を余儀なくされていたこともあり、表面上は問題なく暮らすことができていた。
もしもここにザガロがいたら、毎日文句ばかりで気が滅入ることになっただろうが、幸いなことにザガロはいない。それどころか、彼はこの家の場所さえ教えられてはいなかった。
下手に居場所を知られれば、クロニエ男爵家から逃げ出したザガロが来てしまう可能性がある。そうしてまたもジェニーに襲い掛かったら──今度こそ事件が公になってしまうかもしれない。
そのことを恐れ、メラニン男爵は泣く泣く息子を切り捨てることを選んだ。
「これ以上犯罪者を庇うなら、貴殿との付き合いも考え直す必要がある」
ノスタリス子爵に、そう告げられたことも大きい。否、ほとんどはそれが理由だ。
彼に見捨てられたら、間違いなく自分達家族は路頭に迷う。
元々平民であった妻や娘はまだなんとかなるかもしれないが、生まれた瞬間から貴族であった自分には、平民の暮らしなど絶対に無理だ。その上、一度貴族になって贅沢を覚えた妻子は、もう平民に戻りたくないと言った。今更平民に戻ったところで、周囲からの妬みや嫉みに耐えられそうにないからと。
その言い分を尤もだと頷いた男爵は、ノスタリス子爵に提示された条件を全て呑み、男爵として新たに生活を始めた。それが唯一、貴族で居続けられる方法であったから。
そうして最初のうちは、家族三人で協力し合って、なんとか切り盛りしていたのだが──二ヶ月を過ぎた頃から、ジェニーが徐々に家のことをサボるようになった。
いくら何不自由なく生活できるとはいえ、侯爵家の時とは違い、使用人を雇う余裕はない。だからこそ、料理や洗濯、掃除などといった今まで使用人に任せていた仕事をジェニーと母親で分担してやらなければならなくなったのだが、最初は母と協力して頑張っていたジェニーが、目に見えて仕事をサボるようになってきたのだ。
理由を尋ねると、彼女はガサガサになった両手を目の前に突き出し、「こんなに荒れた指、貴族令嬢としておかしいでしょ。学園の中で、こんな指してるの私だけよ。恥ずかしいったらありゃしない」と言って、頬を膨らませた。
「しかし、我が家には使用人がいなくてだな……」
と説明しようとするも、
「だったらお義父様とお母様が頑張ればいいだけの話でしょ! 私は宿題だってあるんだから、そこら辺は親としてちゃんとしてよね!」
と言うだけ言って、部屋に引き篭もってしまった。
男爵夫妻はほとほと困り果て、暫くはなんとか二人で頑張ってみたものの──男爵は外で仕事をしなければならないため、どうしても疎かになる部分が出てくる。最初は掃除の手を抜き、次に食事──となった時、ジェニーの堪忍袋の緒はいとも簡単に切れた。




