解雇
ミディアと男爵子息が愛し合っているだって? そんな筈はない。ミディアが愛しているのは僕だけだ。
そもそも僕はミディアと婚約破棄した覚えがないのに、いつの間に男爵子息なんかと婚約したというんだ?
考えれば考えるほど、マグマのようにドロドロとしたものが、ザガロの胸の内でどす黒くなって渦を巻いていく。
ミディアが男爵子息なんかに愛を告白した? そして馬車の中でお互いの唇が腫れるまで口付けを交わしていただって!?
自分とミディアは何年もの間婚約していたにも拘らず、手を繋いだことしかなかった。なのについ最近──とザガロは思っている──婚約したばかりの二人が、口付けまで交わすだなんてあり得ない。
「まさか、ミディアがそんなふしだらな女だったなんて……。許さないぞ、ミディアアアアア!」
自分がジェニーにしたことは棚に上げ、ザガロは突然人が変わったかのように咆哮し、二人に向かって突進した。
──が、それはすんでのところで、その動きを察知した侍従長によって阻まれる。
「使用人のくせに無礼だぞ! 自分の立場を弁えろ!」
その声に賛同するように周囲の使用人達が迅速に動き、ザガロはカスパルとミディアのところへ到達するよりも早く、地面へと押さえつけられた。しかし、彼は必死になって使用人達を振り払おうと、全力で抵抗する。
「僕は使用人なんかじゃない! 僕はメラニン侯爵家の子息だ! だからここにいるどいつよりも爵位が高くて偉いんだ! お前らこそ無礼だぞ!」
無様に四肢を押さえつけられながらザガロは必死に声を上げたが、それに対し返されたのはカスパルの冷笑と、ミディアからの哀れみの視線だけだった。
「ザガロ……」
いつまで経っても現実を受け入れようとしない彼に、元婚約者であるミディアは心底“可哀想な人”を見る目を向ける。だが、そのことに全く気づかないザガロは、彼女を睨みつけながら言葉を紡ぐ。
「ミディア! 分かっているのか? お前が僕を見捨てたせいで、僕は今こんな場所にいるんだ。お前がそんな男に乗り換えたせいで、高貴な僕がこんな低位の貴族家で働かされ、悲惨な目に遭わされているんだぞ! それなのに、お前は何にも思わないのか?」
悲惨な目──というわりに、ザガロは他の使用人達に比べ、比較的小綺麗な格好をしている。
フットマン見習いのボーイなど、本来ならば衣服が土や埃にまみれて汚れているのが当たり前なのに、彼の纏っている制服には、そのどちらも殆どついていないのだ。そんな状態で悲惨だなどと言われても、返す言葉などあるわけがない。
あるとしたら──「これはもう……駄目なのではないかしら?」という一言だけだった。
「へ? 駄目って……?」
ミディアの口から出た予想外の言葉に、ザガロは目を丸くして聞き返す。
駄目とはなんのことを言っているんだ? まさか自分……? いや、侯爵子息である自分に、駄目なところなどあるわけがない。だったら一体……?
「ミディア、訳の分からないことを言っていないで──」
彼女を嗜めようとした瞬間だった。
「ザガロ君、君、解雇ね」
クロニエ男爵令息に、きっぱりハッキリ、そう告げられた。




