9...男友達
「アリエル」
振り向くと、そこにはすらっとした体躯の黒髪の美丈夫が、懐かしむような微笑みを浮かべて佇んでいた。
「・・どちら様でしょうか?」
「ー忘れられちゃったのかな?リンだよ。」
にこっと微笑むリンと名乗る男は、少し寂しげにこちらを見つめている。
「リン?・・・・・
まさか・・エルスワラ王国の留学生??」
「思い出してくれたんだ!そうだよ!リンドハウル・エルスワラだよ。」
アリエルの言葉にぱあっと顔を破顔させてリンは微笑む。アリエルはすっかり忘れていた申し訳なさで胸がチクりと痛んだ。
アリエルが学園の2学年の頃、リンは隣国エルスワラ王国からの留学生としてやってきた。彼はエルスワラ王国の第三王子リンドハウル・エルスワラ。アリエルはなるべく目立ちたくなかったので、王族のリンの傍には極力近づかないつもりでいた。
しかし、気づかないうちにリンはアリエルのそばにいて、今までずっと友人で会ったかのように気づいた時には行動をよく共にしていた。
艶のある黒髪に切れ長な煌めくアメジストのような瞳。左目尻の黒子は男らしい顔立ちに色香を纏わせていた。大人びた顔立ちだったため、生徒だけでなく教師たちからも人気があった。
アリエルほどではなかったが、魔法も座学もなかなか優秀で、毎回試験も10位以内に入り込んでいる秀才ぶりだった。
エリーゼも侯爵令嬢としての品格と美麗さで取り巻きも多く、アリエル、リンドハウル、エリーゼが揃うと【高嶺の三薔薇】などと意味の分からない呼び名まであったほどだった。
アリエルとエリーゼは未だに友人として交流はあるが、リンに関しては卒業と共に国に戻ったのと、王族への手紙は気が引けたので音信不通となっていた為、7年ぶりの再会だ。その間に成長して顔立ちや纏う雰囲気などは大分変ったのだし、すぐ思い出せなかったとしても仕方ない・・と思いたい。
「エルスワラに戻ったんじゃなかったの?」
「うん。卒業後戻ったよ。ーーねぇ。せっかくだからどこかでお茶でもしない?」
「私は構わないよ。それじゃカフェにでも入る?」
「やった!入ろ入ろ!!」
「!!-ちょ・・ちょっと??」
リンは満面の笑みでアリエルの腰に手を添えて店に案内した。突然腰に手を添えてグイっと引き寄せられたことにアリエルは驚いたが、普段から遠征で男たちと慣れていたのであまりツッコミはしなかった。
晴れやかな空で空気も気持ちよかったので、カフェのテラス席で向い合って座ると、懐かしい学園生活の頃の思い出話に花を咲かせた。態度は少し引っかかるところはあったが、話すと懐かしい同級生のリンであり、アリエルも気兼ねなく笑い当時のエピソードで盛り上がった。
「それにしても本当にリン位だったよね!男子生徒で私とエリーゼにまともに話しかけてくれた同級生って!」
「俺はアリエルと仲良くなりたかったからね!格好良くてかわいくて苦手なことなんてあるの??って思うくらい万能令嬢な王子様だったからさ!」
「何それ!言い過ぎ!私は万能なんかじゃないって」
リンの世辞に少し照れながらも歯を見せながらアリエルは笑ったが、リンはにこにこしながら否定せず話し続けた。
「いーや。アリエルは俺にとって高嶺の花だったからね!そばにいても周りに文句言われないように勉強も魔術も必死で頑張ってたよ。」
「え?そうなの?そんな話初めて聞いたわ!」
リンの暴露にアリエルはスマートになんでもそつなくこなしていたように見えていたよ。」
「そりゃあ恰好付けたかったから。2人の傍に当たり前のようにいられるように頑張ったのも良い思い出だったな~。」
初耳のことにアリエルは驚きを隠せなかったが、昔の様に話してくれるリンが懐かしき友人としてとても嬉しく思えた。
「それじゃ今は何故レイガダルド帝国にいるの?仕事?」
「そうだね。仕事・・かな。一応俺も王子だからね!10日後に皇宮でやかいがあるだろ?皇太子殿下の生誕祭。俺来賓として呼ばれているんだよね!」
「そうなの?!私も夫と参加する予定だよ!」
「-夫?」
にこにこ話をしていたリンは、アリエルの言葉に固まってしまった。
「そうだよ!実は今年結婚したんだよね!」
「それは知らなかったよ。どこに嫁いだの?」
「スファルティス侯爵家だよ。侯爵のロゼアル・スファルティス。帝国だと有名なんだけどわかる?」
「・・・ロゼアル・スファルティスだって?-それって帝国一の美貌の?」
「ふふ。もしかしてエルスワラでも噂になってた?」
「そりゃスファルティス侯爵の話は有名だよ!誰と結婚するのかって皇太子並みに話題になっていたからね!・・・でもまさかアリエルと結婚するなんて・・思いもしなかったな。」
「そうだよね!私もまさか求婚されるなんて思いもしなかったよ!」
アリエルはリンの表情が先ほどより少しこわばっていることには気づいたが、それはアルと自分が釣り合わないと思っての表情だと感じていた。アリエルも同感だったので気にすることもなく笑いながら話しをしていく。
「一体いつ知り合ったの?俺はアリエルが自由奔放とか我儘言って周りを困らせて社交界にあまり出てこなくなったって聞いてたよ?」
「え?!私の話がそっちにまで届いちゃってたの?!1年は経っていないんだけど、半年以上前に突然求婚されたんだよね。彼が兄と親しくてそのつながりで・・ね。」
「-まぁ・・俺はアリエルとエリーザのことを国に戻ってからも気にしていたからね!だからそんなとんでもなく有名な侯爵と結婚だなんて想像もできなかったよ。しかも出会って1年も経ってないの?!」
「気にしてくれてたなんてありがと♪・・そうだよ!私も未だになんで私に求婚してくれたのか理解できないし、侯爵夫人になったって信じられないよ。」
リンはかなり驚いていたが、アリエルがあっけらかんと笑い話のように話をするのでがどんどん顔の表情が消えていく。
「侯爵とは・・仲が良いの?」
「今はお互いを知っていこうって歩み寄っているよ!最近までは夫婦らしさはなかったけどね!」
「え?それってどうゆう事?」
アリエルの言葉にリンの纏う空気はどんどん重さを増してくが、アリエルは大事とは気づかずエリーゼに話すように話し続ける。
「不思議なんだけど兄がロゼアル様に、私に良い人がいたら紹介してってお願いしてくれちゃって、そしたらロゼアル様自身が、義理で私を迎え入れてくれたんだよね!だから最初は兄の話しかしなかったし、1か月前くらいまではお互いに興味も持ってなかったんだよね。夫婦っぽくないよね!」
「それは・・夫婦ならすることもしてなかったってこと・・じゃないよね?」
「あー・・・してない。」
遠慮がちに質問してくるリンに舌をぺろっと出しながら笑い話の様に【白い結婚】であることを伝えた。
「・・・・・・・そうなんだ。それは今も?」
「今も・・だね。」
「そっか・・なんか大変な話聞いちゃったかな。ごめんね?」
アリエルは何故そんなににこにこしながら【白い結婚】を堂々と話せるのかリンには理解できなかったが、その事実に再び微笑みが戻っていたことにアリエルは気が付かなかった。
気づけばかなり時間が経過してしまっていて、店の外で待機していた侍女がアリエルに戻る時間であることを告げに来る。
「リン。今日は久しぶりに沢山話ができて良かったよ!ありがとう。私も皇太子殿下の生誕祭の夜会には参加するから、また会えることを楽しみにしてるよ♪」
「俺もアリエルに再会できて本当に良かった。可能なら夜会の前にまたお茶とかできたら良いのだけど。連絡取れる?」
「そうだね!まだわからないけど連絡するよ!」
「よかった!会えるなら嬉しい。日程確認してすぐ連絡するよ!」
「わかった。私も予定確認しておくね」
リンはアリエルの言葉に破顔し顔を綻ばせた。
アリエルは旧友に再会できた喜びで、リンにまた会えることを学生の頃のように素直に喜んだ。ただ、自身が夫人であるということは頭から抜け落ちていた。侍女が傍らで二人の会話を黙視していたことがのちに大事に至るなど、その時のアリエルには想像もつかなかったのだった。
侍女に連れられてアリエルが馬車に乗って去るのをリンはずっと見つめていた。