17...貴方となら
「侯爵様とリン。バチバチだったわね。」
美しい月をバルコニーから眺めながらエリーザはアリエルへ向く。先ほどまでのアルとリンのやり取りが面白かったようでクスクスと口に手をあてながら微笑んでいる。
「―そうだった?」
きょとんとしながら返事をするアリエルに、じっとりとした視線を飛ばした後嘆息してから持ってきたワインに口をつけた。
「アリエルは他人の感情に鈍すぎるわよ。侯爵様はよくエルを何年も想い続けてくれたものよね。」
「―そうだね。エルの私なんてガサツというか狂暴な子猿だったから・・初恋って言われても正直未だにピンと来ないよ。」
「―リンにもダンスの時なんか言われたんじゃないの?あの感じなら・・告白された?」
「すごい!!よくわかったね!・・なんでわかったの?」
「―あ――も―――・・アリエルはほんっとうに人の感情に鈍すぎ。ダンスの最中にリンがあんなに切ない表情してたら流石に見てる第三者だって察するわよ!」
エリーザは天を仰ぐようなそぶりをしてから大げさな態度をとりながら嘆息する。
「―でなんて言われてなんて応えたのよ?」
「――――ごめんねって・・・」
「・・・」
アリエルの気まずそうな返答にエリーザは呆然と固まる。
「―はぁぁ・・・リンも可哀想に・・」
「なんて言っても傷つけるって思ったら・・他に何も言えなくって・・」
悲し気に俯くアリーザの腰をポンっと叩くと二人の視線が交わる。
「しょうがないじゃない。全員は幸せになれないのよ。アリエルが侯爵様を選んだんだからリンは諦めるしかない。」
にっこり笑ってアリエルを見つめる
「―うん。」
「リンには後でフォローしておいてあげるから!侯爵様とはちゃんと話せたの?」
「えぇ。ノエルのことも紹介したよ。エルからアリエルにもその場で変わるところ見てもらった。」
「相当驚いたでしょうね♪」
くすくすとまたしても楽しそうにエリーザは笑い出す。
「うん。エルの性格が荒かったから同一人物とは思えなかったみたい。でもちゃんと話せたよ。」
「よかったじゃない。これなら本当の夫婦にもなれそう?」
安堵したように微笑むエリーザに対し、アリエルは突如表情が硬くなった。
「え?なんか問題あったの?」
「・・・・えっと・・実は―――。」
真実を告げてから今夜の夜会に参加したアリエルとアルだったのだが、二人の間には決まづい雰囲気が漂っていた。
夜会の支度が終わり私室に迎えに来たアルは、アリエルをみて語彙力をなくしてしまったらしく、簡単な返答や受け答えしか出来なくなってしまったらしい。
気まずさを感じてアリエルから「夜会服とっても素敵ですね!」と声をかけても「あぁ。」しか返ってこなかったようで、馬車の中ではお互い窓の外をずっと眺めていたらしい。
アリエルは何か自分がしてしまったのだろうか?と悩んでいるようだが、エリーザはそうは思わなかった。
ただ前にも同じようなことがあったらしく、流石にまたスキンシップがなくなって距離感が生まれてしまうのではないか?とアリエルは心配しているようだ。
「アリエルのそのドレス侯爵様がオーダーして送って下さったものでしょう?」
「えぇ。以前デートした時に採寸して、一緒にドレスも決めていただいたわ!」
エリーザはじっとアリエルの風貌を眺める。ドレスは全体的にピンクとライトブルーの透け感の強い生地で幾重にも重ねたふわっとしたフォルムに、ウェスト切り返し部分からは淡黄色の透け感の強い生地でサイドに流れるフリルを作り、美しいプリンセスラインを創り出している。そのウェスト切り返し中央には、同じ淡黄色生地でリボンのワンポイントを彩っている。胸元はハートカットネックで胸がしっかりと強調され、淡いゴールドのショルダーネックレスはアリエルのデコルテを華やかに彩っており、その中心のペンダントトップはエメラルドグリーンの宝石が輝いている。まさに侯爵様の”自分のモノ”の主張の強さを示しているかのよう。髪飾りは花をイメージしたレースと編み込まれた小さな宝石の装飾のラリエットヘアアクセサリーを、ハーフアップに絡めてキラキラと輝かせていた。どう考えても侯爵様のこだわりがたっぷりと詰め込まれ、侯爵様は美しく着飾ったアリエルを見て言葉も出ないほどに見惚れただけだろう。
エリーザからしたら侯爵様とのファーストダンス中も、相思相愛カップルが甘い空気を駄々洩れさせているようにしか見えなかった。恐らく今まで侯爵様が、アリエルに触れられなかったのもどもったのも、拗らせたことが原因なのだろうと察した。
「貴方たちはこれからスキンシップを多くとって慣れていくしかないんでしょうね!プラトニック期間が長かったから拗らせてるだけよ!」
「・・そうだね。これからは私も積極的にスキンシップに励むわ!」
「アリエルは・・・ほどほどにね!エルの時の性格を見てるとやりすぎないか心配だもの」
苦笑しながらフォローしてくれるエリーザはアリエルにとって大切な親友。それはこれからも変わらないだろう。茶化していても絶対に見捨てたりしない彼女の情の深さに、アリエルの胸は熱くこみあげるものを感じた。
(―私は本当に幸せなのだわ。素敵な旦那様に、素晴らしい友人。感謝しかないわ。」
***
バルコニーで涼んでから大広間へ戻ると、エリーザはリンを連れて去っていった。
待たせてあった侯爵家の馬車に乗り込むとまた行きの時のような沈黙が二人を包む。耐えられない空気に寝たふりでもしてしまおうかと逡巡していたアリエルは視線を感じた。
「アル?どうしたの?」
アルがこちらをじっと熱い眼差しで見つめているので、居心地の悪さを感じて思わず聞いてしまった。
「―――アリエルが美しくて・・今もまだ慣れない。」
(アルは私を溶かそうとしているの?!)
アルの視線に戸惑いどんどん頬が紅潮していくのがわかり思わず視線をそらしてしまう。
「ドレス・・すごく似合ってる。最初そのまま屋敷に閉じ込めて自分だけのモノにしたくて頭がいっぱいだった・・。」
「あ・・ありがとう?ございます・・」
「本当はすぐに伝えたかったんだ。だけど言葉が見つからなくなるくらいアリエルの美しさに当てられてしまったようだ・・アリエルには私の態度が悪く見えたんじゃないか?」
「・・・そうですね。」
思っていた通りのことを言われたのでアリエルは苦笑するしかない。
「すまない。どうも君の事になると私は色々駄目になるらしい。」
アルはずっと自分の行いを悔いていたようで、感情の吐露も愛おしく感じてしまった。
「確かに最初は何か私がしてしまったのかなって不安にはなりました。
だけど、ちゃんとアルが話してくれたから、もう大丈夫ですよ!」
頬を朱に染めつつもアルを見つめ返すと、アルの表情もほっとしたようで和らいだように見える。
「ありがとう。夜会にアリエルと参加できて嬉しかった。」
「私もとても楽しかったです!」
「・・その・・それで・・なんだが・・」
「どうしました?」
突然歯切れの悪くなったアルは、顔の表情は変わっていないものの明らかに動揺しているように感じる。
「・・・ないか?」
「え?ごめんなさい!聞き取れなかったんですが・・」
ぼそっとづ部呟くように放ったアルの声音は最後辺りしか聞き取ることができなかった。
「・・・一緒の部屋で寝ないか?」
「!!!」
覚悟を決めたように膝に乗せた拳を強く握りしめながら、アリエルを熱い眼差しで見つめながらはっきりと聞こえる声音で告げた。
「それは・・・夫婦になると・・いうことですか?」
「そうだ。」
じっと見つめるアルの瞳は揺らがぬ意思を感じられた。
(本当に私を求めてくれるの?)
「・・・嫌か?」
返事の返ってこないことに不安になったアルは、心配そうにこちらを見つめてくる。ドキドキと鼓動が高鳴る中、アリエルは首を横に振った。
「アル。貴方となら私は嬉しいです。」
ふわっと花が咲き乱れるように微笑むと、2人の熱い眼差しはしだいに近づき、甘く柔らかい感触に酔いしれていく。
その夜から侯爵夫妻の寝室は、毎日のように仲の良い二人の愛の営みの場となるのだった。
エルを想ったアルは、アリエルと出会い初恋から愛を知りました。男装令嬢は最強の夫を手に入れ、アルとエルの討伐の活躍は帝都のみならず帝国全土に知れ渡ったという。
帝国のスワント家の討伐参加義務を、正式にスファルティス夫人が受け継ぎ、のちにスワント家を継ぐこととなるアリエルの息子は、最強の魔法騎士として活躍することとなるがそれはまた別のお話。
( fin )




