16...侯爵と王子
煌びやかな皇宮の大広間では他国の来賓も含め、国内の上級貴族はほぼ全て招かれているらしい。人に酔ってしまいそうなアリエルをスマートにアルはエスコートしている。
ファーストダンスを終え、皇太子殿下への拝謁も済み、大広間の端のソファに二人で腰掛けていると周りの令嬢から熱い眼差しを向けられながら色香を纏った王子然とした風貌の見目麗しい男性が近づいてくる。
「リンドハウル皇子殿下!」
アリエルはすっと立ち上がりアルに目配せをしてから共に挨拶をした。
「なんだかこのような場だと距離を感じてしまうね。
貴方が親友のご夫君かな?」
麗しい微笑に少し寂しさを潜ませリンはアリエルを見つめた後、取ってつけたようにアルへ向き問いかけた。
「初めてお目にかかります。私はロゼアル・スファルティスと申します。」
「貴殿がかの有名なスファルティス侯爵殿ですか。エルスワラでも貴方の評判はよく聞き及んでいる。まさか親友のご夫君とは思わなかったな。」
「良縁に恵まれましたので。」
にこやかな会話が交わされているにも拘らず、何故か空気が凍り付きそうに感じるのはきっとアリエルだけではないだろう。
アルはさりげなくアリエルの腰に手を回し嬉しそうに見つめてくるが、何故か緊張感が漂っていてアリエルは笑みを強張らせる。
(アルはどうしてしまったのかしら?怒っている?訳じゃないわよね??)
「おやおや。仲が良いようで何よりです。水を差すようで申し訳ないが、久方ぶりの親友とのダンスをお許しいただけるかな?
アリエル。私と一曲踊っていただけませんか?」
許しを請うような姿勢だが、アルの微笑みに陰りがさしたことに気づく。伺うようにアルを見上げるアリエルに気づいたアルは、少し間があいた後に「行っておいで。」と微笑んでアリエルを送り出した。
アリエルとリンがダンスの輪に向かう姿を、アルは胸を締め付けられながらも見送るしかなかった。
自分が侯爵の立場として挨拶回りもすべきとわかっていても、アリエルの初めての社交を見守らずにはいられない。
嘆息するアルのすぐそばでクスっと笑う声に気づきそちらを向くと、そこにはエリーザが佇んでいた。
「スファルティス侯爵様。またお目にかかれて光栄ですわ。」
見透かしたように微笑むエリーザは先日アリエルを迎えに行った時に睨みつけていた風貌とは異なり余裕すら感じ取れる。
「レキアラント令嬢。先日は我妻がとても世話になったようで感謝する。」
感情を乗せず淡々と応えるアルに苛立つ。しかし、アリエルが幸せそうにアルとダンスを踊っていた様子で”良い状況”になったのだとエリーザは察すると、リンにアリエルとのダンスを許した器量の大きさは認めてやっても良いかもしれない。少し上から目線で思えたのだった。
「アリエルの事を知ることができたようで何よりですわ。」
「あぁ。きっと貴女の助けが明ければアリエルは私にきっと真実を語ってはくれなかっただろう。」
「わかっていらっしゃるのでしたら良いのです。あの子を一番に見守ってきたのは私。だからアリエルを悲しませるようなことがあれば許しませんわよ。」
「善処する。」
アルは短く返事を返すとリンとダンスを踊るアリエルを見つめ続けるのだった。
くるんくるんと優雅に舞う二人は、初めてとは思えないほどに息があう。
「――リンたらダンスとっても上手だったんだね!」
「ダンスは王族として厳しく教え込まれたkらね。それにアリエルの傍にいるために自然に動けるよう学生の頃から訓練したからね。」
「訓練って。そんなに頑張ってくれていたの?」
「そりゃそうだよ。アリエルに軽快されたくなかったからね!・・俺は結構努力してたんだけど・・侯爵とアリエルのダンスがあまりにも自然で妬けちゃったよ。」
「私とアルは討伐で背中を預け合っていたから息が合うのは当然だよ。」
少し照れながらもアルの事を微笑みながら話す姿に、リンの心臓はじくじくと痛みが強くなる。幸せそうに微笑むアリエルに自分の入り込む余地がないと思えても、”もしかしたら”を願わずにはいられない。
「―アリエル。君が好きなんだ・・侯爵と別れて俺と一緒になってくれない?」
「――リン?」
突然の告白にアリエルは呆然としてリンを見上げる。リンは今にも泣きそうなのに笑顔を作ろうとしてくれているように見えてしまった
「・・本気なの?」
「本気だ。ずっと好きだった。」
「・・・・」
ずっと音信不通だったのに、7年もアリエルを想ってくれていたのかと心が締め付けられるのに。それでもアリエルの心の中に”リンと結ばれる姿”はなかった。
「ごめん。」
視線を逸らすことなどできなかった。いや、してはいけないと思った。国に反対されても想いを告げてくれる彼の気持ちを冗談に済ませたらいけない。でもアリエルが発することができたのは短い言葉だけだった。
リンは黙ったまま二人は踊り続ける。きっと返せない想いを察してくれたのだろう。アリエルは視線を逸らさずダンスの一時を見つめ合い最後まで踊り続けた。
アルの元までリンは紳士としてエスコートしてくれていることにアリエルはほっと安堵し、アルを探すと見つけた先にはエリーザも佇んでいる。リンも気づいたようで二人はエリーザに上品に手を振った。
「二人とも息ぴったりだったわね!久々の再会とは思えない位素敵だったわよ!」
エリーザは初手の挨拶をすっ飛ばし学生の頃のように二人を迎える。
「エリーザも久しぶりだね!元気そうで何よりだよ。」
「私は元気よ!リンも元気そうで安心したわ!
本当はゆっくり談笑したいところなのだけど、ちょっとアリエルを貸していただけるかしら?
さ!アリエルバルコニーで涼んできましょう。」
アルとリンに不敵な笑みを浮かべる。エリーザは答えなど求めていないかのように彼らの返事の前にアリエルの腕に自信の腕を絡みつけてバルコニーへ消えていった。
取り残された二人の男たちは会話に乗ることもできずその場に立ち尽くしたのだった。




