魔塔への初出勤
家に帰って父様に魔塔に行くと告げたところ、その返事をすぐに父は魔塔へ送ったらしい。
どうやら本当はものすごく急かされていたんじゃないかと思う。
その日の内に学校からの転籍手続きはしておくので明後日から魔塔に出勤する様にとの通達がきた。
はやっ。
これでオフェリアは誰にも別れを告げる事なく学校を卒業した事になる。
いいのか、悪いのか。
初日は兄様に連れられて魔塔への出勤だ。
未成年なので、色々と家族の同意手続きが必要らしい。
そもそも未成年の魔塔入りは10年に1度あるかないかのレア度だそうな。
兄様が何枚も契約書にサインされる中、オフェリアは制服を支給されて着替える様に促される。
着替えの魔法が見たいらしい。
「帰りではダメですか」
「何故だ。今見たいのだ」
「着た事がない服ってちょっと難しいのですよ。イメージが沸き難いので」
「ほう。失敗したらどうなる?」
「…半裸…とかですかねぇ…」
「なるほど?全裸でなければ問題なかろう」
「えぇっ」
本気で小娘の裸などどうとも思っていない顔だ。
ドン引きしていると隣で書類のやり取りをしていたエセキアスとアメリオも動きを止めてイノセンシオに物騒なものを見たような視線を向ける。
「ベルク公、その様に無下に扱われるのでしたら妹を魔塔にお預けする事は出来かねます」
「令嬢に対してその様な扱いは見過ごせないぞ、イノセンシオ」
新しいオモチャを早々に取り上げられそうになり、イノセンシオは慌てて頭を下げた。
「すまない、オフェリア嬢。今のは私が無礼だった。許してくれ」
「イノセンシオ様の要望に全て応えられなくても不敬とか言わないで下さいね」
「もちろんだ!魔塔では爵位は関係ないからな。オフェリア嬢も我々に気軽に接してくれ」
「そうなのですか。それはありがたいです。では少し失礼しますね」
そう言ってオフェリアは受け取った制服を目の前で広げた。
お尻くらいまでの長さのケープが付いた黒いワンピースだ。
特に首と腕を通す所を確認して、オフェリアは再び畳む。
「ではイノセンシオ様、やりますよ?」
「何をだ」
「変!身っ!」
シャキーンと左手を下に突き出し、反対の手をクロスする様にしてから円を描く様に手を動かす。
掛け声と共にオフェリアの格好が魔塔の制服に早変わりした。
「はっ!?」
「着替えました」
「だからどうしてお前はBibidi-Babidi-Booを使わないんだ!」
「えっそこですか?せっかく着替えたのに」
「大体、半裸になるからダメだと言っておいてなんなんだ!おい、アメリオ!俺は謝る必要などなかったじゃないか!」
「オフェリアが何をしても不敬にならないとお言葉を頂く事が必要でしたので間違っておりません。それにオフェリアの呪文は毎回テキトウなので諦めて下さい」
肩をすくめるアメリオにイノセンシオがぐぬぬと拳を握りしめつつ、オフェリアにもう一度だ!と訴える。
オフェリアはまたうっかり違うアニメの解除呪文を唱えて怒られた。
4回やってみせたところでめんどくさくなり、ご自身でなさって下さいとやり方を伝授する。
「もしかしてアメリオも出来るのか?」
「王宮の制服と普段着の交換だけですね、私は。すぐにイメージ出来るほど他の服では鏡なんて見ませんから」
「なるほど、それは良いアドバイスだ。しかしどうなってるんだ、お前達の家は?!」
「器用なのはオフェリアだけです。両親は出来ませんよ」
書類も書き終わったので自分の仕事に戻ると言うアメリオにイノセンシオは不服そうだ。
お前も魔塔に来れば良いものをとボヤきながら最後の質問をする。
「オフェリア嬢がBibidi-Babidi-Booを使うのはどんな時だ」
「刺繍とか料理とか生き物でない物に意志を持たせる時ですかね。本来はカボチャから馬車を作る時に使う魔法だそうですが」
「カボチャから馬車だと?」
「あとはご自分で研究してください」
アメリオから情報を貰い、益々イノセンシオの目が輝く。
じゃあまた帰りにね、と余計なことを言ったアメリオは笑って帰って行った。
「刺繍と料理はどちらが得意だ?」
「その前に着替えの魔法は習得されなくて宜しいのですか?」
「あぁ、そうだな。これは忙しくなるぞ」
女子の制服と違って男性はシャツの上に膝下くらいまである上着を羽織っている。
まずはその上着だけを着脱する練習から始めてもらったのだが、まんまと上着が全部脱げて半裸を披露された。
それでも周りを気にする様子もなく練習を続行するイノセンシオにエセキアスは溜息を吐く。
「オフェリア嬢、君の部屋を案内しよう」
「おい、オフェリアを連れて行くな」
「令嬢に対して無礼を働くなと言ったばかりなのに半裸を晒すお前が悪い」
「上半身など騎士達だってよく訓練場で脱いでるじゃないか」
「とにかくお前は少し1人で練習しておけ。料理にせよ、刺繍にせよ、必要なものをオフェリア嬢から聞いて準備させねばならないから丁度良いだろう」
「カボチャも忘れるなよ」
「カボチャの馬車はまだ試した事がありませんよ」
「本来はその為の魔法なのだろう」
「…例えばの話ですよ」
「其方の研究にすれば良い」
ぺいぺいと手を払われて練習の邪魔だから行ってこいと追い払われた。
理不尽だ。
行くなと言ったり、行けと言ったり。
エセキアスに連れられて部屋を出る。
「王宮魔術師は基本的に皆、研究棟の2階に自分の部屋を与えられる。必ず施錠して帰る様に」
「鍵は持って帰ってしまって良いのですか」
「構わない。マスタキーはこちらで管理しているが失くさない様に」
ズラリと並ぶ部屋の間隔は奥に行くにつれ広くなっていく。
広い間隔が安定したところの真ん中あたりで足を止め、ジャラリと鍵がいっぱい付いた束を取り出してその一本を鍵穴に差し込む。
ドアにはしっかりとオフェリア・アングレームの札が掛かっている。
「ここがオフェリアの部屋だ。隣がイノセンシオで、その奥が私の部屋だ。反対隣は今は誰も居ない」
「イノセンシオ様の隣ですか」
「残念ながらイノセンシオの希望だ。入り浸られるか、呼び付けられるかの2択だろうな」
エセキアスが不吉な事を言いながら肩をすくめた。
ドアを開けると生活出来そうな程部屋が広い。
可愛らしいピンクが基調の布を張られた応接セットがあり、衝立の奥に調合道具が並べられた台や水場まである。
その横に執務机や本棚が置かれ、更にその奥に小さなウォークインクローゼットがあった。
「広いですね」
「普通の研究員の部屋には応接セット部分はないのだがな。急がせた手前イノセンシオに調度は一通り揃えさせたが足りないものがあれば言ってくれ」
「えっ?標準装備じゃないという事ですか?!」
「本来は執務机と調合台があるだけだ。あとは業務に必要なものは申請すればある程度配給されるが家具などは大体皆自分で入れる」
そもそも入所が決まった2日後から勤務なんて事は普通ないのだそうだ。
高級そうな応接セットで向かいあって座り、イノセンシオの我儘だから気にするなと部屋の鍵を渡される。
もうイノセンシオの行動にいちいち呆れるのも面倒だとオフェリアも気にしない事にした。
其々自分がやりたいと思う研究を申請して始めるそうだが、オフェリアの場合はとりあえず普段やっている魔法をイノセンシオに伝授するのが仕事になるだろうとのこと。
その合間にカボチャで馬車を作れという事らしい。
その為普段使ってる刺繍や料理の道具やここで一日中過ごすのに必要なものを聞き出される。
「料理は調合台で出来そうか?」
「オーブンがないと難しいものもあります」
「料理は時間を決めて調理室を使用できる様にしておこう。侍女を付けられるが自分で連れてくるか?」
「自分のことは自分で出来ますから必要ないですよ」
「料理も?」
「どれくらいの量を作るかによりますけど、この間のマフィン程度でしたら1人でも大丈夫です」
伯爵家令嬢とは思えない発言にも承知しているようにエセキアスは特に何も言わない。
ただありのままを受け入れて必要なものを紙に書き連ねた。
ヒアリングが終わる頃、バタン!と大きな音がしてドアを振り返ると、イノセンシオが見ろ!と興奮して入ってくる。
応接セットの横で呪文を唱えて上着の着脱だけでなく、制服から普段家で着ているのだろうラフな格好に変えて見せた。
魔法ヲタクなだけあって習得が早い。
頭が柔軟なのだろう。
「流石イノセンシオ様、習得が早いですね」
「オフェリアの魔法のコツが分かってきた気がするぞ。お前の魔法は来週あたりまでで全てマスターするつもりだ」
「そうしたら私は用済みですね」
「オフェリアならもっと新しい魔法が開発出来るだろう」
「15歳の小娘に期待し過ぎです」
「次は何を見せてくれるのだ?」
こうしてオフェリアの魔塔生活はイノセンシオに振り回されながらも、平和に始まったのだった。
そして、テルセロとの仲も休日を中心に以前の様に落ち着きを取り戻したのである。